遠い空のデネブ

雪鳴月彦

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第三章:不鮮明な苦悩

不鮮明な苦悩 4

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 授業に集中することが、難しいと感じた。

 学校にいる時間すら無駄なのではないかという焦りがあるせいなのかもしれないけれど、こんなことは生まれて初めての経験だった。

 授業中に指名されなかったことは幸いだったものの、今日一日で学んだ内容が一切頭に入っていないことは問題かもしれない。

 ぼんやりと授業をやり過ごし、休み時間はずっと自作の小説について考えにふけっていたら、あっという間に放課後になってしまっていた。

 何とも無意味な一日を過ごしたと内心で溜息をつき、部活へ顔を出すべきかどうかを窓の外へ顔を向けながら逡巡する。

 慣れた場所での執筆は捗るけれど、今は星咲さんの声を聞くだけでも神経を逆撫でされるような不快感が込み上げ、感情を平静に保てなくなる。

 自分の中に芽生えたこの愚かしい気持ちが落ち着くまでの間は、部室へ顔を出すことは控えた方が無難だろうか。

 万が一、本当に万が一何かがきっかけで私のタガが外れてしまい、それが原因で後輩たちに嫌な気分を味わわせてしまったりなんかしたら、それこそもう目も当てられない状況に陥ってしまうだろうし。

 ――大人しく帰る方が良いわよね。

 たっぷりと時間をかけてそう結論を出し、私は鞄を手にして廊下へと歩きだす。

 帰ったら執筆の続きをして、既に書き終えた作品の見直しも並行して始めよう。

 あれこれとこの後のスケジュールを思案し、廊下を半分ほどまで進んだタイミングで、

「九条先輩」

 突然背後から声をかけられ、私は僅かに驚きながら振り向いた。

「あ……星咲さん。どうしてこんな所に? 悪いけど、私今日から暫く部活には顔を出さない予定だから」

 今一番避けておきたい人物が、目の前に立っていた。

「執筆のためですか?」

「ええ。ちょっと、本気で集中しないと締め切りに間に合わないかもしれない状況なの。だから最低でもそれが全部終わるまでは、部活の方はみんなに任せようかなって」

 嘘はついていないため、自分の発言に罪悪感は生まれない。

 正確に伝えるのなら、星咲さんに会いたくないということも白状すべきだけれど、流石にそんなことを口に出してしまうほどはまだ追い詰められていない。

「昨日、先輩が帰った後に有野先生から聞きましたよ。三作同時に執筆してるんですよね? 結衣ちゃんと才樹も、心配してました。いくら速筆の先輩でも、スケジュール詰め込み過ぎじゃないかって。寝不足とか、身体に負担が大きいですから。先輩、無理してないですか?」

「平気よ。ちゃんと最低限の睡眠時間は確保しているし、食事だって抜いたりしてない。心配しなくても、自己管理くらいできるから」

 昨日の有野先生と交わしたやり取りを思い出し、内心で溜息を漏らす。

 口が軽かった私も悪いとは言え、有野先生もあまり個人の問題を人に話さないでもらいたい。

「そうですか? それなら良いんですけど。……先輩、今何か悩み事とか、抱えてたりしています?」

「え?」

 こちらのリアクションを窺うように、星咲さんは真面目な表情でジッと私を見つめている。
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