遠い空のデネブ

雪鳴月彦

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第二章:懊悩の足枷

懊悩の足枷 5

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「あ、そうだ。昨日の夜に緑新社のサイトで見たんだけどさ、近々キャラ文芸の新しいレーベルを作るみたいなお知らせ発表されてたよ。ひょっとしたら、来年くらいに関連する小説賞が開催されるかもね」

 ふと思い出したというように、妃夏は天井へ向けていた顔を俺へとスライドさせ嬉しそうに笑いかけてくる。

「キャラ文芸? 次はホラー系書いてみようと思ってたから、ひとまず様子見になるかな。さすがに同時進行は無理だし、ネタがない」

 お手上げとばかりに両手の平を天井へ向け、俺は肩を竦めつつ首を振る。

「弱気男子だなぁ。ネタがなくとも、突き進むくらいの意気込みがないと」

「そこまで無謀になれないし、しっかりプロット作らなきゃいけないのが現実だろ」

「プロット無しで書き始める作家もいるって聞いたことありますけど?」

「そこは個人の才能とかだろ。俺にはないぞ、そんな器用な技は」

 タンッ……という固い音が室内から響き、俺は妃夏たちと会話を続けながら何気なくそちらへ目を向ける。

 ノートパソコンと向き合っていた九条先輩が、執筆を終えたのかパソコンを閉じ小脇に抱え立ち上がる姿が視界へと映り込んだ。

「……?」

 一瞬だけ、九条先輩は何かを言いたげにこちらへ目線を寄越してきたが、特に口を開くこともないまま荷物を手に取るとそのまま部室を出て行ってしまった。

 今日はもう、きりの良い所まで書き終えたのか、それとも何か用事でもあるのか。

 若干、九条先輩の行動に違和感を覚えたが、基本的に活字愛好倶楽部は自由な時間に参加して自由な時間に帰宅できる場であるため、特に帰宅を不審に思う必要もないのだが――。

 ――先輩、何か言いたそうな顔してたよな。

 それも、あまり好意的ではない何かを。

「あのぉ……先輩、話聞いてます?」

「ん? あ、ごめん、全然聞いてない」

 九条先輩に気を取られていた俺は、泉の呼びかけで我に返るとすぐにとぼけた調子でリアクションを返す。

「もう、何ですかそれ」

 そんな俺の態度に笑いながらむくれた表情を浮かべる泉は、九条先輩の違和感には気がついてはいなかったらしく、何事もなかったように談笑を続けてくる。

 ここで考えても答えが得られるわけではないかと、九条先輩に対して心の隅にわだかまりのような異物感を残したまま、俺はその後も暫く妃夏と泉の三人で他愛のない会話を続けた。
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