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第一章:俺たちの日常
俺たちの日常 7
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因みに、俺の一日に書ける文字数はせいぜい三千から四千文字。それも、調子の良い時であり、大抵は二千文字くらいで止めてしまう。
同じ人間、同じ世代でこんなに差があるのかと現実を思い知らせてくれたという意味では、さすがは先輩と言った感謝もあるが、それでもやはり情けないという自己嫌悪してしまう気持ちの方が大きいのが本音ではある。
「九条先輩の書く話って、何て言うか……文章が綺麗ですよね。わたし、小説は門外漢ですけど、何度か読ませてもらったときにそう感じたんですよ。純文学とか似合いそうだなとか、勝手なことも考えたりしましたけど。表現に詩的なものが多い印象なんですよね」
そう言って無垢な笑みを先輩へ向けたのは泉だった。
彼女は小説ではなく詩を好むタイプで、普段から読むのはほとんど詩集。書くのも小説は一切触れずに、詩一本で楽しんでいる。
将来の夢は自分の詩集を一冊、世に出すこと。
詩人になりたいんじゃないのかと訊いたら、フルフルと首を横に振り、そこまでは目指すつもりはないですと答えてきた。
人生の記念に、好きな詩集を自分で出してみたい。その後は、優しい人と結婚して二人くらい子供を育てたいというのが、泉結衣の追いかける夢なのだそうだ。
「読む人が読みやすいように、物語の中の風景をイメージしやすいように、その辺りのことを意識して書いているから。文体で作品を綺麗に見せたいっていうこだわりがあるの」
キーボードに載せていた手を一旦離し、九条先輩は短く息をつきながら椅子にもたれかかる。
「そう言えば、九条さんは以前に小説も一つの芸術作品だって言ってたわね。一年生のときだったかしら」
「ええ。絵画を見て美しいと思うように、小説にもそういう風に感じてもらえる可能性ってあると思っていますから」
有野先生の言葉に感情を浮かべない顔のまま応じ、九条先輩はスルリと目線を妃夏の方へとスライドさせる。
「ところで星咲さん。今回最終選考に残った作品って、去年の暮れくらいからここで書き進めていたあの小説?」
「え? はい、そうですけど」
いきなりの問いかけにきょとんとなりつつ、妃夏は頷く。
「……そう。あれが残ったのね。少しだけ読ませてもらったのを覚えているけれど、冒頭から引き込まれるシーンがあって面白かった印象を受けたわ。星咲さんは才能があるんでしょうね」
「いえいえ、そんなことありませんよ。九条先輩の方が文章構成もキャラクターに魅力を持たせるのも上ですし、あたしは今回たまたま運が良かっただけです」
「謙遜しなくてもいいわ。仮に運だとしても、それもまた実力よ」
薄い笑みを口元へ浮かべてそう言うと、九条先輩は短い休憩を終えたように再びノートパソコンを叩き始める。
「……私も夢を諦めたくはないし、もっと頑張らなくちゃね」
最後に、まるで独り言のようにこぼしたその先輩の呟きは、どこか自虐的でいて冷めているような含みを感じ、俺たちにどうリアクションを返せば良いのかを躊躇わせた。
「……?」
少しばかり盛り下がった空気に包まれた部室内を何気なく見回すと、何かを言いたげな硬い表情で九条先輩を見つめる有野先生の顔が目に止まる。
何だろうと胸に引っ掻かかるものを感じたけれど、問いかけるのも憚られてしまい、俺はこの場ではもう口を開くことはしなかった。
同じ人間、同じ世代でこんなに差があるのかと現実を思い知らせてくれたという意味では、さすがは先輩と言った感謝もあるが、それでもやはり情けないという自己嫌悪してしまう気持ちの方が大きいのが本音ではある。
「九条先輩の書く話って、何て言うか……文章が綺麗ですよね。わたし、小説は門外漢ですけど、何度か読ませてもらったときにそう感じたんですよ。純文学とか似合いそうだなとか、勝手なことも考えたりしましたけど。表現に詩的なものが多い印象なんですよね」
そう言って無垢な笑みを先輩へ向けたのは泉だった。
彼女は小説ではなく詩を好むタイプで、普段から読むのはほとんど詩集。書くのも小説は一切触れずに、詩一本で楽しんでいる。
将来の夢は自分の詩集を一冊、世に出すこと。
詩人になりたいんじゃないのかと訊いたら、フルフルと首を横に振り、そこまでは目指すつもりはないですと答えてきた。
人生の記念に、好きな詩集を自分で出してみたい。その後は、優しい人と結婚して二人くらい子供を育てたいというのが、泉結衣の追いかける夢なのだそうだ。
「読む人が読みやすいように、物語の中の風景をイメージしやすいように、その辺りのことを意識して書いているから。文体で作品を綺麗に見せたいっていうこだわりがあるの」
キーボードに載せていた手を一旦離し、九条先輩は短く息をつきながら椅子にもたれかかる。
「そう言えば、九条さんは以前に小説も一つの芸術作品だって言ってたわね。一年生のときだったかしら」
「ええ。絵画を見て美しいと思うように、小説にもそういう風に感じてもらえる可能性ってあると思っていますから」
有野先生の言葉に感情を浮かべない顔のまま応じ、九条先輩はスルリと目線を妃夏の方へとスライドさせる。
「ところで星咲さん。今回最終選考に残った作品って、去年の暮れくらいからここで書き進めていたあの小説?」
「え? はい、そうですけど」
いきなりの問いかけにきょとんとなりつつ、妃夏は頷く。
「……そう。あれが残ったのね。少しだけ読ませてもらったのを覚えているけれど、冒頭から引き込まれるシーンがあって面白かった印象を受けたわ。星咲さんは才能があるんでしょうね」
「いえいえ、そんなことありませんよ。九条先輩の方が文章構成もキャラクターに魅力を持たせるのも上ですし、あたしは今回たまたま運が良かっただけです」
「謙遜しなくてもいいわ。仮に運だとしても、それもまた実力よ」
薄い笑みを口元へ浮かべてそう言うと、九条先輩は短い休憩を終えたように再びノートパソコンを叩き始める。
「……私も夢を諦めたくはないし、もっと頑張らなくちゃね」
最後に、まるで独り言のようにこぼしたその先輩の呟きは、どこか自虐的でいて冷めているような含みを感じ、俺たちにどうリアクションを返せば良いのかを躊躇わせた。
「……?」
少しばかり盛り下がった空気に包まれた部室内を何気なく見回すと、何かを言いたげな硬い表情で九条先輩を見つめる有野先生の顔が目に止まる。
何だろうと胸に引っ掻かかるものを感じたけれど、問いかけるのも憚られてしまい、俺はこの場ではもう口を開くことはしなかった。
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