旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

文字の大きさ
上 下
84 / 91
第四章:孤独な鏡

孤独な鏡 21

しおりを挟む
「一人でトイレに来たマロンちゃんに声をかけて、鏡の中に引き込んだのね? そしてそのまま監禁状態にしてしまったと」

 色々事情が見えてきたというように、流空は冷めた声音を静かに放る。

“いなくなったら、嫌だから。鏡の中にさえいれば、ずっと一緒になれる”

 人恋しい。その想いだけに縛られた少女は、またあたしを引っ張ろうと掴む両腕に力を込めてきたが、その行為は高宮先生によってあっさりと無力化されるに終わってしまう。

「いい加減にしなさい。きみの事情はおおむね理解できたが、だからと言って許されるような行為ではない。今すぐにマロンちゃんをこちら側に戻し、この子たちにもきちんと謝罪をしなさい。そして今後、今回のような悪事は一切しないと約束してくれるのなら、この件はひとまず水に流そう」

 責めるような口調の中に慈悲を滲ませるようにして語りかけながら、高宮先生は半ば強引にあたしを掴んでいた少女の腕を片方ずつ引き剥がしていく。

“――嫌っ!”

 刹那、少女の拒絶を告げる言葉と共に、トイレ内の壁がバシバシとラップ音を鳴らした。

 抵抗し、高宮先生の腕から逃れようとする少女の手があたしから離れると、まるで巻き戻されるメジャーのように、霊体であるあたしの身体は流空が抱いている生身の肉体へと戻っていく。

「鈴……?」

 魂が肉体へと入った瞬間、混濁するみたいに意識が乱れたが、すぐにあたしの瞼は光を求め静かに開いていった。

 心配するように顔を覗き込む流空へ、薄っすらと笑みを浮かべて返しながら、そっと身体に力を込めて立ち上がることを試みる。

 幽体離脱に近い状態だったのか、それとも一時的とは言え心肺停止で死んでいたのかはわからないけれど、あたしの身体は特に異常なく動いてくれるようで、痛みや倦怠感を感じることなく自らの足で体重を支えることができた。

 そのことにまずは安堵し、それからすぐに鏡の方へ意識を戻す。

 また、天井付近からバシンッと大きな音が響いた。

 どうやらこのラップ音は少女の霊気によってもたらされているようで、彼女が感情をたかぶらせると――攻撃的になるとと言っても良いかもしれない――、本人の意思に関係なく霊気が周囲へ放出されているのが感覚で把握できる。

 もしもあの霊気が自分にぶつかれば、鬱のようになったり身体を壊したりする等、何かしらの霊障を受けてしまう恐れもあるのではないか。

 テレビやネットの番組で、霊能力者がここは危険だと騒ぐ場面がたまにあるけれど、今のこの場所が正にそれと同様のシチュエーションになってきている。

「流空、ここにいたら危ないかも。高宮先生にここは任せて、一度廊下に避難した方が良くないかな?」

 あたしがわかっているのだから、流空だってこのトイレで起きている現象を把握できているはず。

 そう思い逃げることを提案したが、流空が返事をしてくるより先に少女の方があたしの声に反応を示してきた。

“行かないで!! あなたもわたしの側にいるの!!”

 逃げられてしまうと気づいた少女の目が大きく開かれ、決死の形相ぎょうそうであたしの方へ首を伸ばすように上体を反らしてくるのを見て、つい恐怖心で半歩ほど後退してしまった。

 身体の反り具合が、完全に生きた人間では不可能な角度まで及んでいる。

 その光景に怖気づくあたしを守るように、スッと流空が前に出て少女の視線を遮った。

「流空……?」

 まさかの行動にポカンとなるあたしへ背を向けたまま、流空は異形の姿を晒す少女へ毅然きぜんとした態度で言葉を放った。

「申し訳ないけれど、鈴は私の大切な親友なの。貴女に渡すわけにはいかないわ」

 恐れも何もない、はっきりとしたその発音に、あたしの意識が吸い込まれる。

「ずっと孤独だった貴女の気持ちもわかるけれど、だからと言って誰かを巻き込んで我が儘を通して良い理由にはならない。まして、魂を鏡の中へ連れていくなんて、私の親友を殺すということでしょう? 絶対に許容できない話だわ」

“それなら、あなたもこっちに来れば良い! 皆がこっちに来れば、ずっと離れずにいられる。誰も悲しいことにならない!”

 異を唱える流空に反発し、少女が嬉々とした声で叫ぶ。

“皆が来れば、誰も困らないし誰もいなくならない。わたしは寂しい思いをしない。ずっと離れないで――”

「――馬鹿者が!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。 表紙イラスト aki様

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」 そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。 明日は来る 誰もが、そう思っていた。 ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。 風は時の流れに身を任せていた。 時は風の音の中に流れていた。 空は青く、どこまでも広かった。 それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで 世界が滅ぶのは、運命だった。 それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。 未来。 ——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。 けれども、その「時間」は来なかった。 秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。 明日へと流れる「空」を、越えて。 あの日から、決して止むことがない雨が降った。 隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。 その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。 明けることのない夜を、もたらしたのだ。 もう、空を飛ぶ鳥はいない。 翼を広げられる場所はない。 「未来」は、手の届かないところまで消え去った。 ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。 …けれども「今日」は、まだ残されていた。 それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。 1995年、——1月。 世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

転校先は着ぐるみ美少女学級? 楽しい全寮制高校生活ダイアリー

ジャン・幸田
キャラ文芸
 いじめられ引きこもりになっていた高校生・安野徹治。誰かよくわからない教育カウンセラーの勧めで全寮制の高校に転校した。しかし、そこの生徒はみんなコスプレをしていた?  徹治は卒業まで一般生徒でいられるのか? それにしてもなんで普通のかっこうしないのだろう、みんな!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

処理中です...