旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第四章:孤独な鏡

孤独な鏡 21

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「一人でトイレに来たマロンちゃんに声をかけて、鏡の中に引き込んだのね? そしてそのまま監禁状態にしてしまったと」

 色々事情が見えてきたというように、流空は冷めた声音を静かに放る。

“いなくなったら、嫌だから。鏡の中にさえいれば、ずっと一緒になれる”

 人恋しい。その想いだけに縛られた少女は、またあたしを引っ張ろうと掴む両腕に力を込めてきたが、その行為は高宮先生によってあっさりと無力化されるに終わってしまう。

「いい加減にしなさい。きみの事情はおおむね理解できたが、だからと言って許されるような行為ではない。今すぐにマロンちゃんをこちら側に戻し、この子たちにもきちんと謝罪をしなさい。そして今後、今回のような悪事は一切しないと約束してくれるのなら、この件はひとまず水に流そう」

 責めるような口調の中に慈悲を滲ませるようにして語りかけながら、高宮先生は半ば強引にあたしを掴んでいた少女の腕を片方ずつ引き剥がしていく。

“――嫌っ!”

 刹那、少女の拒絶を告げる言葉と共に、トイレ内の壁がバシバシとラップ音を鳴らした。

 抵抗し、高宮先生の腕から逃れようとする少女の手があたしから離れると、まるで巻き戻されるメジャーのように、霊体であるあたしの身体は流空が抱いている生身の肉体へと戻っていく。

「鈴……?」

 魂が肉体へと入った瞬間、混濁するみたいに意識が乱れたが、すぐにあたしの瞼は光を求め静かに開いていった。

 心配するように顔を覗き込む流空へ、薄っすらと笑みを浮かべて返しながら、そっと身体に力を込めて立ち上がることを試みる。

 幽体離脱に近い状態だったのか、それとも一時的とは言え心肺停止で死んでいたのかはわからないけれど、あたしの身体は特に異常なく動いてくれるようで、痛みや倦怠感を感じることなく自らの足で体重を支えることができた。

 そのことにまずは安堵し、それからすぐに鏡の方へ意識を戻す。

 また、天井付近からバシンッと大きな音が響いた。

 どうやらこのラップ音は少女の霊気によってもたらされているようで、彼女が感情をたかぶらせると――攻撃的になるとと言っても良いかもしれない――、本人の意思に関係なく霊気が周囲へ放出されているのが感覚で把握できる。

 もしもあの霊気が自分にぶつかれば、鬱のようになったり身体を壊したりする等、何かしらの霊障を受けてしまう恐れもあるのではないか。

 テレビやネットの番組で、霊能力者がここは危険だと騒ぐ場面がたまにあるけれど、今のこの場所が正にそれと同様のシチュエーションになってきている。

「流空、ここにいたら危ないかも。高宮先生にここは任せて、一度廊下に避難した方が良くないかな?」

 あたしがわかっているのだから、流空だってこのトイレで起きている現象を把握できているはず。

 そう思い逃げることを提案したが、流空が返事をしてくるより先に少女の方があたしの声に反応を示してきた。

“行かないで!! あなたもわたしの側にいるの!!”

 逃げられてしまうと気づいた少女の目が大きく開かれ、決死の形相ぎょうそうであたしの方へ首を伸ばすように上体を反らしてくるのを見て、つい恐怖心で半歩ほど後退してしまった。

 身体の反り具合が、完全に生きた人間では不可能な角度まで及んでいる。

 その光景に怖気づくあたしを守るように、スッと流空が前に出て少女の視線を遮った。

「流空……?」

 まさかの行動にポカンとなるあたしへ背を向けたまま、流空は異形の姿を晒す少女へ毅然きぜんとした態度で言葉を放った。

「申し訳ないけれど、鈴は私の大切な親友なの。貴女に渡すわけにはいかないわ」

 恐れも何もない、はっきりとしたその発音に、あたしの意識が吸い込まれる。

「ずっと孤独だった貴女の気持ちもわかるけれど、だからと言って誰かを巻き込んで我が儘を通して良い理由にはならない。まして、魂を鏡の中へ連れていくなんて、私の親友を殺すということでしょう? 絶対に許容できない話だわ」

“それなら、あなたもこっちに来れば良い! 皆がこっちに来れば、ずっと離れずにいられる。誰も悲しいことにならない!”

 異を唱える流空に反発し、少女が嬉々とした声で叫ぶ。

“皆が来れば、誰も困らないし誰もいなくならない。わたしは寂しい思いをしない。ずっと離れないで――”

「――馬鹿者が!!」
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