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第四章:孤独な鏡
孤独な鏡 19
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「――ち、ちょっと!」
会話ができるなら、打開策は見つかる。
この幽霊がどうして急に旧校舎へ現れるようになったのか、いったいどんな未練を抱きこの世に留まっているのか。
どうして、あたしやマロンちゃんを鏡の世界へ引きずり込まなくてはいけないのか、その目的は。
それらのことをはっきりとさせられれば、お互いに救われる手段が示されるかもしれない。
「待って待って、ねぇ、ちゃんと話をしよう? こっちの言ってる言葉わかるんだよね? あなたの名前は? あたしは久瀬鈴音っていうの。自己紹介って大切だと思うんだよね」
慌てながら、必死に言葉を吐き出し相手の感心を誘うあたしの目を見つめたまま、そして引っ張る力を緩めることもしないまま、少女の幽霊は
“名前なんて、ない。わたしは、誰でもない……”
と、どこか寂しさを滲ませた響きで、意味のわからない言葉を返してきた。
「名前がないって、生きてた頃の名前だよ? 皆に何て呼ばれてたの? 思いだせないとか?」
いじめを受けていたのだろうか。
それで、このトイレで自殺をしたとか?
それならば、何かしらの噂とかが校内や町内に広まったりしていてもよさそうな気がするが、生憎この学校敷地内でそんな悲しい過去があったなんて話を耳にしたことはない。
名前のない女子高生。どう解釈すれば、この意味がわかるのか。
“わたしは、わたしを見る皆を見てるだけだった。だけど……誰もいなくなって、一人になった”
あたしがあれこれ考えている間に、幽霊がまた言葉を伝えてくる。
「見てるだけ? ……え、それって――」
頭に響いたその訴えに、あたしの脳が閃きを伴い反応を示した。
自分を見る皆を、見てるだけ。
謎々みたいな言い方だけれど、今の状況を鑑《かんが》みながら考えれば、答えは一つだ。
鏡。
鏡は自分を映して、その自分と見つめ合う。
その関係の中においては、会話はできず触れ合うことも不可能。
つまりは――。
「まさか、あなたは……」
真相がなんとなくわかった。この幽霊の正体は、ずっと昔にこの校舎を巣立った女子生徒たちの、鏡へ向けていた意識の念が塊になったようなものだ。
だとすれば、名前がないことも納得がいく。
ただ、どうしてその念が今になって存在を形作ってしまったのか。
そこにも、何かきっかけがあるはず。
もう少しで真相が掴めそうな手応えを得たところまできたが、あたしの思考はそこまでが限界だった。
肩を掴む幽霊の力が一気に強さを増し、あたしの身体を全て引き込もうと仕掛けてきた。
「――っ!」
抵抗する手段もなく、あたしは自分の身体が全て鏡の世界へ移動してしまうことに焦りを覚えたが、そこでまた新たな感触があたしの足に刺激を与えてきた。
今度は何事かと振り向けば、スーツを着た大人の腕が、がっしりとあたしの足首を掴んでいるのが目に映った。
「あ……先生」
その腕を視線で辿り、自分を掴む正体を確かめたあたしは、正に救世主を目の当たりにした気持ちで目を見開いた。
あたしの足を掴んでいたのは、高宮先生で。いつの間に現れていたのか、険しい表情を浮かべながら真っ直ぐにこちらの方を睨んでいる。
正確に言えば、あたしではなくあたしの先にいる少女の幽霊を睨んでいるのだが、その様相は初めて高宮先生と遭遇したときを思い起こさせるくらい迫力のあるものだった。
つまりは、確実に怒っている。
自分がどうこうされるわけではないはずなのに、その威圧感で声を出せずにいると、あたしの身体が一気に引き戻され鏡の外――元の世界へと飛び出していく。
それにくっ付くようにして、少女の幽霊も引きずり出され、即座に高宮先生の手に掴まれてしまった。
ほんの数秒で、形勢逆転。
あたしの陥っていたピンチは脱して、逆に相手の方が窮地に立たされてしまった状況に変わる。
「きみは、ここで何をしている?」
低く重い高宮先生の声が、腕を掴まれ困惑した様子をみせる少女の顔へと落とされた。
「その気配、我が校に通っていた生徒とは似て非なる感じがするが、何者なのだね?」
“離して。わたしはこの子が欲しいだけ”
しかし、少女は高宮先生の威圧には屈する気配もなく、マイペースな声音でまたあたしの方へと顔の向きを戻してきた。
会話ができるなら、打開策は見つかる。
この幽霊がどうして急に旧校舎へ現れるようになったのか、いったいどんな未練を抱きこの世に留まっているのか。
どうして、あたしやマロンちゃんを鏡の世界へ引きずり込まなくてはいけないのか、その目的は。
それらのことをはっきりとさせられれば、お互いに救われる手段が示されるかもしれない。
「待って待って、ねぇ、ちゃんと話をしよう? こっちの言ってる言葉わかるんだよね? あなたの名前は? あたしは久瀬鈴音っていうの。自己紹介って大切だと思うんだよね」
慌てながら、必死に言葉を吐き出し相手の感心を誘うあたしの目を見つめたまま、そして引っ張る力を緩めることもしないまま、少女の幽霊は
“名前なんて、ない。わたしは、誰でもない……”
と、どこか寂しさを滲ませた響きで、意味のわからない言葉を返してきた。
「名前がないって、生きてた頃の名前だよ? 皆に何て呼ばれてたの? 思いだせないとか?」
いじめを受けていたのだろうか。
それで、このトイレで自殺をしたとか?
それならば、何かしらの噂とかが校内や町内に広まったりしていてもよさそうな気がするが、生憎この学校敷地内でそんな悲しい過去があったなんて話を耳にしたことはない。
名前のない女子高生。どう解釈すれば、この意味がわかるのか。
“わたしは、わたしを見る皆を見てるだけだった。だけど……誰もいなくなって、一人になった”
あたしがあれこれ考えている間に、幽霊がまた言葉を伝えてくる。
「見てるだけ? ……え、それって――」
頭に響いたその訴えに、あたしの脳が閃きを伴い反応を示した。
自分を見る皆を、見てるだけ。
謎々みたいな言い方だけれど、今の状況を鑑《かんが》みながら考えれば、答えは一つだ。
鏡。
鏡は自分を映して、その自分と見つめ合う。
その関係の中においては、会話はできず触れ合うことも不可能。
つまりは――。
「まさか、あなたは……」
真相がなんとなくわかった。この幽霊の正体は、ずっと昔にこの校舎を巣立った女子生徒たちの、鏡へ向けていた意識の念が塊になったようなものだ。
だとすれば、名前がないことも納得がいく。
ただ、どうしてその念が今になって存在を形作ってしまったのか。
そこにも、何かきっかけがあるはず。
もう少しで真相が掴めそうな手応えを得たところまできたが、あたしの思考はそこまでが限界だった。
肩を掴む幽霊の力が一気に強さを増し、あたしの身体を全て引き込もうと仕掛けてきた。
「――っ!」
抵抗する手段もなく、あたしは自分の身体が全て鏡の世界へ移動してしまうことに焦りを覚えたが、そこでまた新たな感触があたしの足に刺激を与えてきた。
今度は何事かと振り向けば、スーツを着た大人の腕が、がっしりとあたしの足首を掴んでいるのが目に映った。
「あ……先生」
その腕を視線で辿り、自分を掴む正体を確かめたあたしは、正に救世主を目の当たりにした気持ちで目を見開いた。
あたしの足を掴んでいたのは、高宮先生で。いつの間に現れていたのか、険しい表情を浮かべながら真っ直ぐにこちらの方を睨んでいる。
正確に言えば、あたしではなくあたしの先にいる少女の幽霊を睨んでいるのだが、その様相は初めて高宮先生と遭遇したときを思い起こさせるくらい迫力のあるものだった。
つまりは、確実に怒っている。
自分がどうこうされるわけではないはずなのに、その威圧感で声を出せずにいると、あたしの身体が一気に引き戻され鏡の外――元の世界へと飛び出していく。
それにくっ付くようにして、少女の幽霊も引きずり出され、即座に高宮先生の手に掴まれてしまった。
ほんの数秒で、形勢逆転。
あたしの陥っていたピンチは脱して、逆に相手の方が窮地に立たされてしまった状況に変わる。
「きみは、ここで何をしている?」
低く重い高宮先生の声が、腕を掴まれ困惑した様子をみせる少女の顔へと落とされた。
「その気配、我が校に通っていた生徒とは似て非なる感じがするが、何者なのだね?」
“離して。わたしはこの子が欲しいだけ”
しかし、少女は高宮先生の威圧には屈する気配もなく、マイペースな声音でまたあたしの方へと顔の向きを戻してきた。
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