旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第四章:孤独な鏡

孤独な鏡 15

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「不思議なこと?」

 倣うように自分の席へ腰を落ち着けた流空は、目の前に座るよーみへ笑いかけて挨拶をし、すぐにあたしへ向き直った。

「うん。何でなのかはあたしもわからないんだけど……五、六分前かな。あたしが旧校舎に入ろうとしたくらいのタイミングで、トイレからマロンちゃんの気配を感じたの。それも、ほんの一瞬だけ。よーみも気づいたみたいで、今その話をしてたんだ」

「マロンちゃんの……?」

「うん。絶対に勘違いとかじゃないよ」

 微かに眉をしかめた流空へ、あたしはなるべく丁寧に――と言っても、語れることなどほとんどなかったけど――遭遇した出来事を説明する。

「…………ふぅん。となると、よーみの言うとおり、マロンちゃんはまだ助けられない状況に追い込まれているわけではないのかもしれないわね」

 話を聞き終え、流空は呟くような声を自らの机にこぼし、細い指を顎へと添える。

「でも、普段はこうして気配がないんだから、何て言うか……物理的に近い場所にいるわけでもない……よね?」

「そうね。近くて遠い場所。トイレから気配を感じたのが本当なら、やっぱりあの鏡に何かしらの秘密が隠されているんだと思うわ。鏡の中は、この世界とは反転した別の空間なのかもしれないし、その世界を自由にできる幽霊や妖怪であれば、自身の霊気を隠すことだって難しくはないのかも」

「昨日言ってた、雲外鏡ってやつ?」

 そう言えば、昨日家で調べるのを忘れていたなと気がつきながら、あたしは流空の顔を見つめる。

「どうかしら。そこまではまだわからないけれど、もしそうならよーみの仲間ってことになるのかもしれないわね」

「え?」

 あたしの言葉に答えてちらっとよーみへ目線を向けた流空は、そのまま窓の方へ顔を向け独り言のような口調で話を続けてきた。

「昨日少しだけ調べてみたんだけれど、雲外鏡は古くなった鏡の付喪神と言われているみたいなの。もしそうなら、よーみもお人形の付喪神だから似た存在になるのかなって思って」

「……そうなんだ。よーみ、知ってた?」

 付喪神って案外身近にたくさんいるものなのだろうか。そんな疑惑をジワリと胸中に膨らませつつよーみへ確認をしてみるも、

「さぁ、知らないわ。特にわたしには仲間意識もないし」

 という冷めた返事を渡されてしまうだけだった。

「あくまで仮説の一つだけれどね。私の考えが当たっている保証なんて一切ないわよ」

 補足をするようにそう言葉を付け足し、流空は静かに落ち着けたばかりの腰を上げた。

「ひとまず、マロンちゃんの霊気を感じ取れたというのなら、一度トイレの様子を確認しておきましょう。ひょっとしたら何かしらの痕跡くらい残っているかもしれないし」

「え? 大丈夫かな?」

 マロンちゃんの気配を察知したということは、謎の相手もセットでいるかもしれないということ。

 無計画に接近し攻撃をされてしまったら、どうなるかなんてわからない。

「大丈夫かどうかはわからないけれど、行動しなくちゃ事態は解決には近づかないでしょう?」

 優しい微笑と共にそう告げて、流空は躊躇のない足取りで廊下へと向かっていく。

 恐いとか、そういう不安はないのだろうか。

 その背中を見つめながら、尊敬と委縮が混じり合ったような心地を味わっていると、よーみもピョンッと机から飛び降りて流空を追い越し、壁を擦り抜け廊下へ消える。

 遅れては嫌だとあたしも立ち上がり、すぐに一人と一匹を追って廊下へ出たが、その瞬間に何だかよくわからない嫌な感覚が胸の中にざわめきを作りだしてきた。

 理由はよくわからないけど、嫌な予感がする。

 普段生活をしていて、稀に襲ってくるあの曖昧な気分。

 それが唐突にあたしの中で蠢きだした。

「どうしたの鈴?」

 足音が途絶えたことを不審に感じたか、流空がこちらを振り返る。

「う、ううん。何でもないよ」

 うまく説明ができないし、根拠のない勝手な感覚のために流空まで不安にさせるのは避けたい。

 そう思い、無理矢理笑みを浮かべて首を振ると、あたしはすぐに歩みを再開させた。

 一分とかからずトイレの前まで辿り着き、流空が躊躇いなくドアを開ける。

 中は、普段見るのと変わらない普通の状態。ただ、こんな早い時間帯に旧校舎へ来ることがこれまではなかったため、光の加減と言うのか少しだけいつもと違う印象は受けた。

 だけど、言い換えればそれだけのことで、他には何も変哲がなく幽霊の気配も感じ取れない。
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