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第四章:孤独な鏡
孤独な鏡 7
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一階の女子トイレは、部室を出てせいぜい二十秒もあれば嫌でも到達してしまう距離にある。
個室は三つで、便器は和式。
臭いがきついなどの問題は特にないけれど、長年放置されていた旧校舎の中にあるせいで、汚れだけはあちらこちらに目立つ。
さすがにあたしや流空もトイレまで掃除をしようとはしなかったせいもあり、今でも床には埃が積もって――最低限として洗面台だけは拭き掃除をした――いる状態のままだ。
そのトイレの中へ足を踏み入れ、それほど暗くないのを確認したうえで電気を点ける。
「何もいない……よね?」
当然だが、トイレの中は静寂に包まれ、人の気配と霊の気配、共に一切感じない。
「そうね。よーみ、マロンちゃんが消えたのは、間違いなくここのトイレにある鏡なのね?」
真っ先にトイレへ入り、奥にある個室を全て覗いて歩いてから、流空はよーみへと振り返って壁に取り付けられた鏡を指さした。
「ええ、ここの鏡よ。マロンちゃんがその鏡面に入っていくのを、一瞬だけ確認したわ。そのときに感知した霊気も一瞬。それ以降は一切何もなし。間違いなく、何かはいるはずなんだけれど……」
思案するように青い目を細め、よーみは鏡を見つめる。
あたしも一緒になってその綺麗とは言えない鏡面を眺めてみるけれど、特におかしな箇所や不気味な雰囲気といったものは伝わってこない。
と言うか、このトイレはほぼ毎日使っているし、鏡だってその都度手を洗った後に何気なく視界へ入れている。
若干曇ったように汚れた鏡面の奥に、見慣れた自分を毎回映していた鏡。
これがおかしなことを引き起こすなんて、想像もできなかった。
「鏡の中に住む妖怪、とかいたりする? それがこの旧校舎に棲みついたとか。鏡の中にいるから、気配を感じないっていうなら、理屈は通りそうだよね?」
「鏡の幽霊、または妖怪と言うなら……雲外鏡が有名かしら? でも、そんな妖怪が旧校舎のトイレに現れるなんて、ちょっとピンとこないわね。何かもっと別のモノである可能性もある気がするけれど……」
「え? あ、ちょっと流空?」
思いつきで話すあたしの言葉に、真剣な表情で返答をした流空は、またこちらへ戻ってくるとそのまま鏡の正面に立ち、慎重な動作でその鏡面へ右手を触れさせた。
いきなり引きずり込まれたりはしないかと、背中をヒヤリとさせながら止めようとしたあたしだったが、そんな不安は杞憂に終わり、流空の指先が鏡面の汚れを微かに掬うだけに終わる。
「……触れてみても、特に何もわからないわね」
汚れの付いた指先を擦るようにしながら側に戻ってきた流空と鏡を見比べ、あたしはほっとため息を漏らす。
「変なことして流空までいなくなられたら、あたし一人じゃ何もできないからね」
「よーみと高宮先生がいるじゃない。それに湯々織先生も。皆で力を合わせれば、案外何とかなるかもしれないわよ」
「やめてよ、縁起でもないフラグ立ちそうになること言うの。でも、鏡に異変がないなら、鏡そのものが悪霊とかになってるわけじゃないってことだよね?」
不吉なことを澄ました顔で言ってくる流空へ、不満を訴える意味で唇を尖らせたあたしは、そのまま話題を鏡へと戻す。
「そうね。よーみ、あなたから見て、この鏡は付喪神だと思う?」
一階の女子トイレは、部室を出てせいぜい二十秒もあれば嫌でも到達してしまう距離にある。
個室は三つで、便器は和式。
臭いがきついなどの問題は特にないけれど、長年放置されていた旧校舎の中にあるせいで、汚れだけはあちらこちらに目立つ。
さすがにあたしや流空もトイレまで掃除をしようとはしなかったせいもあり、今でも床には埃が積もって――最低限として洗面台だけは拭き掃除をした――いる状態のままだ。
そのトイレの中へ足を踏み入れ、それほど暗くないのを確認したうえで電気を点ける。
「何もいない……よね?」
当然だが、トイレの中は静寂に包まれ、人の気配と霊の気配、共に一切感じない。
「そうね。よーみ、マロンちゃんが消えたのは、間違いなくここのトイレにある鏡なのね?」
真っ先にトイレへ入り、奥にある個室を全て覗いて歩いてから、流空はよーみへと振り返って壁に取り付けられた鏡を指さした。
「ええ、ここの鏡よ。マロンちゃんがその鏡面に入っていくのを、一瞬だけ確認したわ。そのときに感知した霊気も一瞬。それ以降は一切何もなし。間違いなく、何かはいるはずなんだけれど……」
思案するように青い目を細め、よーみは鏡を見つめる。
あたしも一緒になってその綺麗とは言えない鏡面を眺めてみるけれど、特におかしな箇所や不気味な雰囲気といったものは伝わってこない。
と言うか、このトイレはほぼ毎日使っているし、鏡だってその都度手を洗った後に何気なく視界へ入れている。
若干曇ったように汚れた鏡面の奥に、見慣れた自分を毎回映していた鏡。
これがおかしなことを引き起こすなんて、想像もできなかった。
「鏡の中に住む妖怪、とかいたりする? それがこの旧校舎に棲みついたとか。鏡の中にいるから、気配を感じないっていうなら、理屈は通りそうだよね?」
「鏡の幽霊、または妖怪と言うなら……雲外鏡が有名かしら? でも、そんな妖怪が旧校舎のトイレに現れるなんて、ちょっとピンとこないわね。何かもっと別のモノである可能性もある気がするけれど……」
「え? あ、ちょっと流空?」
思いつきで話すあたしの言葉に、真剣な表情で返答をした流空は、またこちらへ戻ってくるとそのまま鏡の正面に立ち、慎重な動作でその鏡面へ右手を触れさせた。
いきなり引きずり込まれたりはしないかと、背中をヒヤリとさせながら止めようとしたあたしだったが、そんな不安は杞憂に終わり、流空の指先が鏡面の汚れを微かに掬うだけに終わる。
「……触れてみても、特に何もわからないわね」
汚れの付いた指先を擦るようにしながら側に戻ってきた流空と鏡を見比べ、あたしはほっとため息を漏らす。
「変なことして流空までいなくなられたら、あたし一人じゃ何もできないからね」
「よーみと高宮先生がいるじゃない。それに湯々織先生も。皆で力を合わせれば、案外何とかなるかもしれないわよ」
「やめてよ、縁起でもないフラグ立ちそうになること言うの。でも、鏡に異変がないなら、鏡そのものが悪霊とかになってるわけじゃないってことだよね?」
不吉なことを澄ました顔で言ってくる流空へ、不満を訴える意味で唇を尖らせたあたしは、そのまま話題を鏡へと戻す。
「そうね。よーみ、あなたから見て、この鏡は付喪神だと思う?」
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