旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第四章:孤独な鏡

孤独な鏡 1

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 図書室での一件から、二週間程が経過した、木曜の放課後。

 あれ以降は特別これといった怪異に見舞われることもなく、平穏な時間が旧校舎の中に流れていた。

 図書室にあった『今の貴方と歩く未来みち』は、流空いりあの手によって無事その日のうちに豊さんへ届けられ、今は本来あるべき場所へ納まった状態だと言えるだろう。

 本を持ち出したことは誰にも告げてはいないが、今のところはばれる気配もなさそうなので、このままあたしたちが卒業するまで穏便に済んでくれることを祈っている。

 とまぁ、とりあえず周囲のごたごたは片付いて、本格的に部活動へ取り組める態勢になったわけであるが、ある意味でこちらの方が幽霊絡みのあれこれより大変ではないかと、あたしはこの一週間頭を悩まされ続けていた。

 シンプルに言えば、やれることが決まらない。

 やるべきこと、ではなく、やれること。

 別に活動内容に制限があるわけではない――校則は守らなきゃいけないけど――ため、難しく考えず思いついたことをすれば良いのだけれど、いざやりましょうとなるとなかなかどうして、これだといったアイディアは生まれてきてくれない。

 流空は、まずは簡単な物を一つ作ってみましょうか、と軽い感じに言ってくれたけれど、やはり自由創作倶楽部の記念すべき第一作を適当な物では飾りたくないという思いもあるのだ。

「鈴は、ちょっと難しく考え過ぎなのよ。あれこれ考え過ぎて、身動きが取れなくなるタイプなのかも」

 そんなあたしを見て、微笑ましそうに流空が言ってきたのを聞き、あたしは返す言葉がないなと項垂《うなだ》れた。

「見に覚えがありすぎるかも。間違いなく、周りより行動が遅れること多いもん。てかさ、皆はよくあんな風にぽんぽん物事決断して先に進めるよね。こうなったらどうしようとか、もっと良いやり方があるかもとか、迷ったりってしないもの?」

 拗ねたように口を尖らせてあたしがぼやくと、流空はゆったりと笑み

「鈴は頭が良いのよ」

 と、おかしなことを告げてきた。

「はぁ? ないない、あたし頭悪いよ。勉強好きじゃないし、中学のときだって成績は人に教えられるような順位じゃなかったし」

 即座に否定してあたしは首を振るが、流空はそれで納得することもなく。

「勉強ができるだけのことで、本当の頭の良さは図れないものよ。鈴は他の人より思慮深いところがあるようだから、他人が普段思っていること以上の思考を展開しているはず。それは立派な個性だし、才能だわ」

「は、はぁ……」

 何かすごい褒められてるなと、若干受け止め方に戸惑いつつあたしは頷く。

「……ゆ、優柔不断なだけだとは思うけどね」

 どうにか、照れ隠しの言葉を捻り出したあたしはそろりと流空から視線を逸らして床へと落とす。

 急に褒められたりするのって、やっぱり恥ずかしいものだななんて考えながら、流空の言葉を待っていると、遊び回っていたマロンちゃんが壁の中から飛び出してきた。

「おねぇちゃんたちはきょうもおはなし?」

 滑る氷のようにスーっと近づいてきたマロンちゃんは、あたしの横までくると無邪気な顔で見上げてくる。

「うん。作りたい物を考えてるんだけど、なかなかうまくいかなくてねぇ。マロンちゃん、粘土に顔ボンってしてみたい?」

「え?」

 以前、よーみの足でスタンプを作ろうかと考えたのを思いだし、マロンちゃんの顔でお面でも作ろうかと閃き訊ねてみると、すごく不思議そうな表情で首を傾げられてしまった。
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