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第三章:夢霞む恋文
夢霞む恋文 16
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「豊の……?」
まだ固い口調ではあるものの、やはりこちらが女子高生であるためか、どことなく警戒の気配が薄れ始める。
「はい。恐らくは間違いないかと。ご本人はいらっしゃいませんか?」
「豊でしたら、そろそろ起きる頃だと思いますけど……ちょっとお待ちくださいね」
そこで一度、通話が途切れた。
「そろそろ起きるって……もう夕方なのに」
「たぶん、夜のお仕事をされているか、たまたま夜勤をしているタイミングで訪問してしまったのかもしれないわね」
一瞬、仕事をしていない人なのではと疑いそうになったあたしだったけど、流空はあっさりと現実的な予測を返してきた。
「あ、そっか。そういう生活をしてる人だっているんだよね。夜勤とかって、楽しいのかな?」
まだ労働をしたことがないから、実感も湧かないけれど。
皆が寝る時間に働くという感覚はどのようなものなのか。仄かにではあるが興味はある。
「私の親戚に夜勤をやっている人がいるけど、なかなか大変だって言っていたわ。始めた最初のうちは楽しく感じたりはしたらしいけれどね」
「ふぅん……そういうもんなのかな」
皆が寝ている時間に起きている、というだけで少しテンションが上がりそうになる気もするけど。
そのまま、とりとめのない会話を五分ほど続けていると、突然「はい?」という低い声と共に玄関が開いた。
てっきりインターホン越しに返事をされると油断していたため、あたしはあからさまにビクリと肩を跳ねさせてしまった。
出てきた男性――豊さんだろう――は、細身で眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の人だった。
寝起きだからだろう、髪が若干乱れていて、薄らと髭が生えているのも見てわかる。
だけど、元が良いせいかそれでだらしないとかみすぼらしいといった印象は全く受けず、逆にそんな姿も様になっている風ですらあった。
若かったらイケメンと囃し立てられていたタイプだと、直感でわかってしまうくらいには、全体的に整っている。
それが、谷川豊という男性への素直な感想だった。
「あ、どうもはじめまして。貴方が谷川豊さんで間違いないで――」
あたしとは違い、冷静さを保ったままでいた流空が、出てきた豊さんへ頭を下げようとしたその刹那。
側に立っているだけだった幽霊が、豊さんの正面に――鼻と鼻が触れ合いそうになるほど密着する距離まで近づき、何かを確かめようとでもするかのように、じっくりと豊さんの顔を凝視し始めた。
と言っても、鬼気迫るとか憎しみを宿したというような表情はなく、何と言うのか、大切な懐かしい人物に再会し、その存在を必死に確かめようとするみたいな、そんな風に映る。
「……あの、何か?」
突然声を止めて驚いた様子を浮かべたあたしと流空を、豊さんが怪訝そうに見つめてくる。
どうやら豊さんには眼前にいる幽霊が視えていないようで、真っ直ぐにこちらへ焦点を合わせている様子だった。
そっと、繊細なガラス細工に触れようとするかのように、幽霊の両手が豊さんの頬を包む。
「……谷川豊さんご本人で、お間違いありませんか?」
幽霊の行動を注視しながら、流空が念のためにと本人確認を口にする。
「はい、そうですけど……」
慎重に頷く豊さんへ、流空はポケットから図書室で見つけた封筒を出すと、「こちらをお届けに来ました」と言って差し出した。
「……手紙ですか?」
小首を傾げながら暫し封筒を眺めて、豊さんはそれを受け取る。
「旧校舎の図書室で、偶然見つけたんです。勝手ながら中を読ませていただいたら、豊さんのお名前が書かれていたもので、手紙の内容も考慮するとお届けした方が良いかもしれないと思いまして」
「図書室……」
まだ固い口調ではあるものの、やはりこちらが女子高生であるためか、どことなく警戒の気配が薄れ始める。
「はい。恐らくは間違いないかと。ご本人はいらっしゃいませんか?」
「豊でしたら、そろそろ起きる頃だと思いますけど……ちょっとお待ちくださいね」
そこで一度、通話が途切れた。
「そろそろ起きるって……もう夕方なのに」
「たぶん、夜のお仕事をされているか、たまたま夜勤をしているタイミングで訪問してしまったのかもしれないわね」
一瞬、仕事をしていない人なのではと疑いそうになったあたしだったけど、流空はあっさりと現実的な予測を返してきた。
「あ、そっか。そういう生活をしてる人だっているんだよね。夜勤とかって、楽しいのかな?」
まだ労働をしたことがないから、実感も湧かないけれど。
皆が寝る時間に働くという感覚はどのようなものなのか。仄かにではあるが興味はある。
「私の親戚に夜勤をやっている人がいるけど、なかなか大変だって言っていたわ。始めた最初のうちは楽しく感じたりはしたらしいけれどね」
「ふぅん……そういうもんなのかな」
皆が寝ている時間に起きている、というだけで少しテンションが上がりそうになる気もするけど。
そのまま、とりとめのない会話を五分ほど続けていると、突然「はい?」という低い声と共に玄関が開いた。
てっきりインターホン越しに返事をされると油断していたため、あたしはあからさまにビクリと肩を跳ねさせてしまった。
出てきた男性――豊さんだろう――は、細身で眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の人だった。
寝起きだからだろう、髪が若干乱れていて、薄らと髭が生えているのも見てわかる。
だけど、元が良いせいかそれでだらしないとかみすぼらしいといった印象は全く受けず、逆にそんな姿も様になっている風ですらあった。
若かったらイケメンと囃し立てられていたタイプだと、直感でわかってしまうくらいには、全体的に整っている。
それが、谷川豊という男性への素直な感想だった。
「あ、どうもはじめまして。貴方が谷川豊さんで間違いないで――」
あたしとは違い、冷静さを保ったままでいた流空が、出てきた豊さんへ頭を下げようとしたその刹那。
側に立っているだけだった幽霊が、豊さんの正面に――鼻と鼻が触れ合いそうになるほど密着する距離まで近づき、何かを確かめようとでもするかのように、じっくりと豊さんの顔を凝視し始めた。
と言っても、鬼気迫るとか憎しみを宿したというような表情はなく、何と言うのか、大切な懐かしい人物に再会し、その存在を必死に確かめようとするみたいな、そんな風に映る。
「……あの、何か?」
突然声を止めて驚いた様子を浮かべたあたしと流空を、豊さんが怪訝そうに見つめてくる。
どうやら豊さんには眼前にいる幽霊が視えていないようで、真っ直ぐにこちらへ焦点を合わせている様子だった。
そっと、繊細なガラス細工に触れようとするかのように、幽霊の両手が豊さんの頬を包む。
「……谷川豊さんご本人で、お間違いありませんか?」
幽霊の行動を注視しながら、流空が念のためにと本人確認を口にする。
「はい、そうですけど……」
慎重に頷く豊さんへ、流空はポケットから図書室で見つけた封筒を出すと、「こちらをお届けに来ました」と言って差し出した。
「……手紙ですか?」
小首を傾げながら暫し封筒を眺めて、豊さんはそれを受け取る。
「旧校舎の図書室で、偶然見つけたんです。勝手ながら中を読ませていただいたら、豊さんのお名前が書かれていたもので、手紙の内容も考慮するとお届けした方が良いかもしれないと思いまして」
「図書室……」
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