旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第三章:夢霞む恋文

夢霞む恋文 15

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「それじゃあ、今からこの住所まで行ってみましょう。名前の人へ手紙を見せて、それで何かしら伝わればこの人も納得するかもしれないわ」

「あ、やっぱりすぐですか……」

 さすがに学んだので覚悟はしていたが、やはりこういう慣れていないことをいざやろうとなると、怖じ気づきそうになる。

「時間をおいたら、気持ちがだれてしまうかもしれないでしょう? 幸い、学校の制服を着ていればこちらの素性はすぐ理解してもらえるはずだから、そういった意味でも都合が良いわ」

 開いていた名簿を閉じて立ち上がると、流空は迷いなく部室から出ていこうと歩きだす。

「言うことはわかるよ。わかるけどさ……その妥協を感じさせない行動力には脅威を感じるわ」

 ぼやくように、流空の背中へ声をぶつけて。

 未だに未練そうにあたしを見上げるマロンちゃんへ、「行ってくるね。お利口にお留守番しててね」と笑って告げ、あたしもため息を飲み込みながら部室を出ると、流空の横へ並び歩きだした。

               ◆◇◆◇◆◇◆

 校舎を抜け出し、だらだらと話をしながら歩くこと約二十分。

「……普通にあったね、家」

「ええ。表札の名前も、手紙に書かれていたものと一致しているから、どうやら良い方向に事が動いてくれたみたいね」

 流空の言葉につられるように、あたしも目の前に建つ家の玄関に取り付けられた表札を確かめる。

 黒い文字で谷川と書かれているのを視認して、そして家の外観と周囲の様子から空き家でないことも見定め、あたしは二階建てである谷川家の屋根を見上げながら呟いた。

「……ホントに声かけるの? 大丈夫かな? 変な悪戯とかだって勘違いされて、学校と親に連絡されたらどうしよう」

 土壇場にきて不安が頭に積もりだすのは、人間なら当たり前。

 今は流空のポケットにある封筒についてきた幽霊を一度横目で視てから、あたしは中途半端な緊張のせいでコクッと小さく喉を鳴らしてしまう。

 さすがに警察を呼ばれたりはしないだろうけど、怒られるくらいは普通にありそうだし。

「ここまで来て悩んでいても、今更よ。別に取って食われるわけでもないんだし、礼儀さえわきまえていれば問題なんてないわ」

「あ……」

 まごつくあたしの見ている前で、流空は腕を伸ばしてあっさりとインターホンを鳴らしてしまった。

 もう逃げられない。留守であってくれたら楽になるのに。

 そんな一縷の望みを抱きながら玄関の扉を見つめていると、それほどの間も空けることなくインターホンを通じて中から返事が聞こえてきた。

「はい、どちら様でしょうか?」

 中年と思われる、女性の声だった。

「突然お伺いしてしまい申し訳ありません。私、柿根沢高校に通う生徒なのですが、こちらは谷川豊さんのご自宅で間違いありませんでしょうか?」

 返された流空の声が予想外だったのか、インターホンの奥で戸惑うような空気が生まれたのが気配で伝わってきた。

「ええ、豊は確かにうちの者ですけど……どういったご用件でしょう?」

 無理もないだろう。

 旧校舎が使われなくなって、既に二十六年。

 当時卒業した生徒は、若くてももう四十才を超えた年齢だ。

 そんな年代の人の元へ、女子高生が訪ねてきたとなっては、大抵少しくらいは不審に感じるのは当然だろう。

「私、足達流空と申します。私は今、部活のために旧校舎を利用しているのですが、その旧校舎にある図書室で豊さんが学校へ通っていた頃の物だと思われる忘れ物を見つけまして」

 こちらを若干警戒している風でもある相手の声音に一切怯むこともなく、流空はぽんぽんと言葉を連ねていく。

「見たところ、大切な思い出の品かと判断しましたもので、誠に勝手ながら名簿の方で住所を調べさせていただいて、お届けに伺わせていただきました」
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