旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第三章:夢霞む恋文

夢霞む恋文 7

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 あたしとは対照的な態度で余裕の微笑みを浮かべると、流空は顔を前へ戻して部室の鍵を開ける。

「善は急げという言葉もあるし、荷物を置いたら早速二階へ行ってみましょう」

「へ? すぐ?」

 部室へ入り込んですぐに鞄を机の上へ置き、再びあたしを見る流空に、ついすっとんきょうな声をあげてしまった。

 話をすれば確実に行くであろうことはわかっていたけれど、何と言うかもうちょっと気持ちを作る時間を取ってもらえるものだと思っていたのだが。

「ゆっくりしていても、事態が進むことはそうないでしょう? 鍵が手に入って、図書室にいる幽霊の正体もぼんやりとわかることができたのだから、次は直接現場へ行かなきゃ」

「いや……まぁ、はい。そうだけど……」

 この決断力と行動力。さすが我らが自由創作部を立ち上げただけのことはある。

「それじゃあ、行きましょうか。申し訳ないけれど、マロンちゃんとよーみも一緒にきてもらって良いかしら?」

「うん!」

「別に構わないけど」

 流空に声をけけられ、嬉しそうに頷くマロンちゃんとどうでも良さそうに返事をするよーみを連れて、あたしたちはくぐったばかりの入口から廊下へと戻る。

「それじゃあ、行きましょう」

 すぐ近くの階段から二階へと上がり、相変わらず埃の絨毯ができている廊下を歩く。

 図書室は中央よりやや右側――昇降口から見れば奥側とも言えるか――にあり、掠れた字で『図書室』と表記されたプレートが入口の上に取り付けられていた。

 ここまで来てもまだ、中にいる気配については特に感じ取れるものは何もない。

「……開けるわね」

 横目であたしを一瞥して、流空が手にしていた鍵を目の前の鍵穴へとさし込んだ。

 錆びついてでもいるのか、若干もたつくような素振りでガチャガチャと音を鳴らしていた流空の手が、やがてガチャンという音と共に回転した。

 ゆっくりとドアが横にスライドされ、カーテンの閉めきられた薄暗い室内が見えてくる。

 何年間、放置状態にあったのだろう。

 廊下と同じくらい埃の積もった床は、一面が薄い灰色に染まっていた。

 教室と同じ程度のスペースしかないため、それほど本棚の数は多くはない。

 前半分が読書をするスペースで、後ろ半分が本棚が並ぶスペース。

 ざっと見渡す限り、壁際に置かれたものも含めると本棚の数は七つくらいか。

 古い本特有の臭いとかびと埃と。

 置き去りにされた空間が作りだす空気を浅く肺へと取り込みながら、あたしは恐る恐る図書室の中へ足を踏み入れていく。

 下に積もる埃には、当然ながら誰かの足跡は残されていない。

 生きた人間は、誰も出入りしていない場所であることの証明であり、本当にここに何かの気配があればそれは間違いなく幽霊ということの証明でもある。

 だが、こうして室内へ足を踏み入れてみてもなお、何かが潜んでいる気配はどこからも伝わってはこない。

 薄暗い不気味さはあるが、まだ外は明るいため心には余裕があるし、カーテンの隙間から差し込む僅かな明りが、意外と中を照らす役割をしてくれているので、頭で考えていたほどの不気味さはなく、落ち着いて集中することができているのだけれど、それでも、幽霊の気配は捉えられない。

「マロンちゃん、泣いてるお姉ちゃんって今どこにいるのかわかる?」

 ただ室内を見回していてもキリがないため、あたしは横に立つマロンちゃんへ問いかけた。

「こっちにいるよ」

 居場所を把握しているらしいマロンちゃんは、あっさりと本棚が並ぶスペースの真ん中付近を指で示した。

 だけど、やっぱりあたしには何も見えない。

「案内してもらっても良いかしら?」

 流空もあたしと同様にいまいち把握ができていないらしく、少しだけ困った面持ちで正面を向いたまま呟いた。

「うん! こっち!」

 頼りにされたことが嬉しいのか、マロンちゃんは得意そうに返事をすると、駆けるようにして本棚に挟まれたスペースへ入り込む。

「ここにいるよ」

 そうして再び指差した場所には、やはり何もない――。

「……ん?」

 と、思ったのも一瞬。

 マロンちゃんが本棚に挟まれた、大人二人がどうにか背中合わせに立てる程度の僅かなスペースへ立ち止まった途端、そこにもう一人、見知らぬ女子高生の姿――というか輪郭みたいなものか――が浮かび上がってきたことに気づいた。
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