旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第三章:夢霞む恋文

夢霞む恋文 3

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「え? 図書室の鍵を借りたいって……そんなのどうするんだ?」

 時刻は夕方の六時半。

 下校時刻を迎え部活を切り上げる準備をしていた――案の定、具体的な創作内容は決まらなかった――あたしたちの元へ湯々織先生が姿を見せ、流空は早速図書室へ入るための許可を申し出た。

「どうするって、図書室に入る理由なんて本を探すため以外にはありませんよ? 旧校舎に残されている書籍はどれも古い年代のものだと思いますし、創作のヒントになるものや、純粋に学びに役立てるものがあるかもしれません。校舎から持ち出さないことを条件に、中を利用させてもらえたらありがたいのですけれど」

 湯々織先生相手に本当のことを話しても、どうせまた恐がってお終いだ。

 部活の最中、流空と意見を交わし湯々織先生には高宮先生のことも含め、幽霊絡みの話は秘密にしておくことにしようと、口裏を合わせる段取りを決めていた。

「うーん……鍵はあるだろうけど。普段使ってない場所だからなぁ、下手に出入りして良いのかもちょっとわかんないし、明日中に確認は取ってみるよ。それで大丈夫そうなら、鍵の持ち出しも自由にできるよう頼んではみるけど」

 腕を組んで難しい表情をしながらも、湯々織先生はあっさりと前向きな返答を返してきてくれた。

「ありがとうございます。助かります」

 流空が丁寧にお礼を言い、あたしもその横でペコリと頭を下げる。

 小心者の湯々織先生ではあるが、こういうときの行動の早さは素直に尊敬できる先生だなと、内心で呟く。

「ひとまず、今日はもう無理だから、帰る準備ができたならすぐ帰るようにな」

 視線だけをきょろきょろと周囲に這わせ口早に告げると、湯々織先生はそのまま踵を返して部室を後にしてしまう。

「……思いっきり、マロンちゃんたちのこと警戒してたね」

 現在マロンちゃんとよーみは別の教室へ入り込んで遊んでいるはずだ。

 戻ってくる前に退散したかったのだろうが、無害なのはわかっているのだから、そろそろ慣れてあげればいいのに。

 そんな思いと共に苦笑していると、突然昇降口の辺りから「せんせいこんにちはー!」というマロンちゃんの元気な声が聞こえ、ほぼ同時に湯々織先生の悲鳴と外へと駆け出ていく足音が、尾を引くように響きながら遠ざかっていった。

「……それじゃあ、私たちは帰りましょうか」

 耳に残る残響が消えるのを待ったようなタイミングで、流空はこちらへ顔を向ける。

「うん。あんまり遅くまで居残りして、高宮先生に叱られちゃったら大変だしね」

 同意して、あたしは自分の荷物を肩にかけ廊下へと向かう。

 流空が出てくるのを待ちながら、ふと二階へ意識を強く集中させてみたが、図書室にいるという何かの気配は薄っらとすら感じとれなかった。

 夜になれば少しくらいは気配が強まるかと思ったが、そういう性質でもないらしい。

 もっとも、夜間の見回りをしてくれている高宮先生が気がつかないでいたくらいなら、視認できるレベルの霊かすらもかなり怪しい気がするが。

「ひとまず、明日は湯々織先生が鍵を持ってきてくれるかどうかで、活動の流れは決まるわね。鍵が入手できたなら図書室を調べてみて、駄目だった場合は大人しく部活に集中しておきましょう」

「うん。それで良いけど、またよーみに協力してもらえばいつでも中には入れるんじゃないの?」

 この間旧校舎へ忍び込んだみたいに、よーみの力を拝借すれば簡単なドアや窓は開けられる。

 実は図書室の鍵だけ特殊な仕様になっているとかでなければ、別段難しいことではないと思うのだが。

 そんなことを頭に浮かべてあたしが問うと、流空は「まぁ、そうね」とあっさりと頷き、それからすぐに「だけど……」と言葉を続けてきた。

「この間は、一階の窓から侵入して部室へ入り込んだだけだったけれど、今回は二階にある部屋が問題の現場になるわけでしょう? 一階は普段から私たちが使用しているから違和感がないけれど、何十年も手入れをされていない部屋へ勝手に入り込んでしまったら、足跡とか何かしら不自然な痕跡を残してしまうわ。それを万が一、先生に気づかれるようなことになったら、言い訳も面倒よ」

 それなら素直に鍵を借りた方が無難でしょう?

「なるほど」

 軽く首を傾けて告げてくる流空へ、あたしは一理はあるかなと首肯をしてみせる。

 初めから鍵が開いてましたととぼけてもギリギリ通じそうな気がするけれど、安全な手段を選ぶのなら、流空が言う内容の方が正しいかもしれない。
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