旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第二章:宿直の先生

宿直の先生 10

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 流空と学校潜入の約束を交わした翌日。

 学校が終わり、部活も一応終わり、家に帰って夕食を食べ終えたあたしは、時計の針が八時を示したのを確認すると、友達の家に行くと嘘をつき玄関へ向かった。

 正直、何時に帰ってこられるかわからないけれど、遅くなりそうなときには何か適当に連絡しておけばたぶん大丈夫だろう。

 外へ出ると、まだ冷たさの残る空気が服の中へと浸透してきて、あたしはつい肩を震わせる。

 自転車にまたがり大きく息を一つ吐いて、あたしはよしという掛け声を漏らしてペダルを漕ぎだした。

 ここから学校まで、スムーズにいけば十五分もかからない。

 暗い路地裏などとは違い、終始人の気配が漂う住宅街であるため、それほど深刻に治安を気にする必要がないのはこの通学路のメリットと言えるだろう。

 朝や夕方とは違い、さすがに車や歩行者の数はまばらで、途中にあるコンビニでは夕食が入っていると推測できるビニール袋を手にしたサラリーマンらしき男の人が、無表情に車へと乗り込む姿が見えた。

 どこの誰かもわからないその男の人へ、胸中でお疲れ様ですと呟きながら左折する。

 そのまま一気に加速し、ずっと昔に潰れてしまった個人商店の前まで来て、あたしは一旦自転車を止めた。

 団欒だんらんの明かりがそこかしこから漏れている住宅地。

 その明かりに挟まれた道路の隅っこを、見知った姿がちょこちょこと揺れながら動いているのを発見し、あたしは目を凝らすようにして見つめた。

 もはや見慣れた赤いスカート。恐らく前面には可愛い猫の顔がプリントされているはずの、黄色い服。

 そして屋内でも常に履いているピンクの小さな靴と、綺麗に切り揃えられたおかっぱに近い髪。

 間違いない。マロンちゃんだ。

 何をしているのか、とは考えなかった。

 あの背中が向かっている方向にあるのは学校。

 それだけで解は得られる。

「……来るつもりか」

 あたしたちが夜に集まる予定でいることを、マロンちゃんも側で聞いていた。

 となれば、自分も行きたい! となるのはほぼ必然。

 とは言え、まさか叱られたばかりでこうもあっさり同じ場所へ近づこうとするとは、さすがは無邪気な年頃と言ったところだろうか。

 おかしな部分で関心しつつ、あたしはまたペダルを漕ぎだしマロンちゃんの横まで一気に走る。

「今晩は、マロンちゃん」

 突然隣に現れ声をかけてきたあたしを、一瞬驚いたように見上げたマロンちゃんだったが、こちらの正体に気がつくとすぐに破顔して「こんばんは」と挨拶を返してきた。

「マロンちゃん、ひょっとして学校に行くつもりなの?」

 遠回しに訊ねても仕方がないと――学校に到着するまでの時間もあまりない――思い、単刀直入に話かけてみる。

「うん。おねぇちゃんたちもいくんでしょ?」

 さも当然という風に頷き、マロンちゃんがあたしを見上げ何かを期待するように笑う。

 たぶん、遊び感覚で行動しているのかもしれない。

 小さい頃は、夜に出かけたり親戚が集まったりしただけで無意味にワクワクしていた記憶があたしにもあるし、今のマロンちゃんもきっとそんな感じになっているのだろう。

「行くけど、あたしたちは一昨日マロンちゃんを叱った先生を見つけに行くだけだよ? 恐くないの?」

 怒鳴られたせいであれだけしょげていたのだから、いくら子供とはいえ平気なわけがないはず。

 そう思うからこそ問いかけたのに、マロンちゃんはけろりとした様子で「だいじょうぶ!」と断言してきた。

「だってきょうは、おねぇちゃんたちといっしょだからへいきだもん」

「え? ああ……」

 大人と一緒だから心強いの心理か。

 生憎、あたしも流空もまだ未成年なのだけど、マロンちゃんからすれば、すごく大人に見えているのだろう。

 小学生に入学した頃なんて、六年生が恐いくらい大人の人に映った記憶もあるし。

 でも、所詮はまだあたしたちも高校一年。

 大人たちから見れば、子供と扱われる年齢だ。

 それに、もし本当に万が一、旧校舎に現れた先生がただの不審者だったりしたら……。

 あたしたちだって、逃げることしかできないだろう。

 某映画のように、家へ侵入してきた泥棒たちを、色んな仕掛けを駆使して追い払う少年みたいなことなんて絶対にできないし。
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