旧校舎のマロンちゃん

雪鳴月彦

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第二章:宿直の先生

宿直の先生 8

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「……流空、それ本気で言ってるの?」

 湯々織先生を職員室へ帰し、暫らくして。

 あたしは、流空が言いだした提案に対し、乗り気ではない返事をした。

 マロンちゃんへお叱りの言葉をかけた老年の先生。

 だけど、湯々織先生の言うことを信じるのならば、そんな先生はこの学校に存在していないという事実が立ち塞がる。

 仮に教師という仕事の真似をしたくて――あくまで例えばだけど――、夜中にセキュリティのない旧校舎へ不法侵入しているおかしな人がいるのではと考えても、鍵は全て施錠しているためそんな人物が出入りできる場所もどこにもない。

 この条件を受け入れた上で、真相を突き止めるにはどうしたら良いのか。

 それに対する流空の回答は、

「明日の夜に、学校へ忍び込んでみましょう。当然、先生には秘密で。そうすれば、マロンちゃんが出会った、いるはずのない先生の手掛かりが何か手に入るかもしれないわ」

 というもので、その言葉に対するあたしの返答が最初の言葉になる。

「本気も何も、それ以外に方法なんてないでしょう? 監視カメラでもセットできれば楽だけれど、そんなお金はある?」

「いや、お金はないけど……。だからって忍び込むのはまずいでしょ。ばれたら停学とか謹慎になるんじゃないの?」

 いくらなんでも、真面目な流空が学校へ侵入しようと提案してくるとは思い至らなかった。

「そもそもさ、仮に来たとして校舎の中には入れないでしょ。鍵だって返しておかないとばれちゃうし」

「それならたぶん大丈夫。マロンちゃんが出会った正体不明の先生だって、中に入れたんだもの。私たちにも方法があるはずだわ」

「いや、あるはずだわって、そんな……」

 気楽に構えているだけなのか、それとも本当は何か策を講じているのか。

 澄ました表情の流空からは、その胸中を窺い知ることができない。

「まぁ、最悪の場合は一か八かの強行策にでるつもりだから、どのみち中には入れると思うわ。もしそれでも駄目だったら、そのときは潔く諦めましょう」

「強行策……? 窓割る、とか?」

 バットを窓に叩きつける流空の姿を想像し、即座に似合わないなと結論をだす。

「窓なんて割らないわよ。そんなことをしたら、それこそ勝手に忍び込んだのがばれてしまうでしょう。確実に警察沙汰にもなるし」

 効率が悪いわ。

 不安をたっぷりと含ませて訊ねたあたしの言葉にそう言い切って、流空はいつも通りの澄ました顔で自分の席へと座った。

「取りあえず、鈴は今夜何か予定はある? あ、その前に……マロンちゃん。マロンちゃんがその先生に怒られたのは何時くらいだったか覚えてる?」

 まだ突っ立っているあたしを見上げ、それからカーテンに隠れるようにして遊んでいたマロンちゃんへと、流空は顔の角度を変える。

「んー、わかんない。ずっとよるだった」

 問いかけられた内容に、マロンちゃんは困った面持ちで首を傾げると、解釈のしづらい返答を述べてきた。

 たぶん、ずっとというのは日が暮れてそれなりの時間が経過していた、みたいなニュアンスをマロンちゃんなりに表現したのだと思われるが、残念ながら参考にはなりそうにない。

「夜ってことは、とりあえず真っ暗になった後だろうけど、何時くらいなのかなぁ……って、そうだ。よーみ、昨日の夜にマロンちゃんが来たの何時だったか覚えてない?」

 謎の先生とマロンちゃん。その他にもう一匹、現場に居合わせたはずの存在を思いだし、あたしは上向かせていた瞳をよーみへと下ろした。

「さぁ。わたしには時間なんて関係ないし。この建物、時計もないからどのみち確認もできないじゃない」

「あ、はい……」

 ゴーイングマイウェイ。ひたすら自分のペースを崩さないよーみの返答に、あたしは気勢を削がれたような気分になってつい素で返事をしてしまった。

「だけど、何となくでもわからないかしら? 私たちが帰ってからどれくらい時間が過ぎたかとか、感覚的にでも良いんだけれど」

「……放課後、二人がここで遊んでる時間よりは長かったと思う」

 あたしの代わりに今度は流空が口を開き、それに漠然とした回答をよーみは返す。

「それは、私たちがここへ集まって解散するまでの時間よりも、更に長い時間が経過してからマロンちゃんを叱った先生が現れたという解釈で良い?」

「ええ。たぶんね」
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