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第二章:宿直の先生
宿直の先生 1
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全開にした窓から仄かに冷たい空気が入り込み、室内を満たしていく。
その風に髪を揺らされながら、あたしと流空は向かい合わせるように机をくっ付け、対面するかたちで座っていた。
使わない机と椅子と、何故か窓際に飾られることとなった石膏像以外、まだ何も無いに等しい自由創作部の部室。
唯一あるのは、くっ付けた机の上に置かれたよーみ人形――流空が命名した――くらい。
マロンちゃんはあたしたちの周りを意味もなくグルグルと駆け回り、よーみは黒猫になりながら積み上げた机の上で呑気そうに欠伸をしている。
あたしと流空の間には、ほぼ会話らしい会話もなく。
学校の授業が終わり、既に一時間。
ずっと、こんな状態が続いていた。
三日以内に部室に使う教室の掃除を終わらせれば、部活の創設を正式に認める。
そう交わした学校との約束は、昨日の放課後見事に果たされた。
残りの作業も滞りなく終了し、湯々織先生からもオーケーの判断をもらい――部室にいるのか嫌でほとんどやっつけ点検してたけど――、校長先生と教頭先生からも許可を得たことを証明する判子を申請書に押してもらえた。
そうして、いよいよあたしと流空二人による『自由創作部』が動きだした――のだけれど。
予想していた通り、いきなり難問に突き当たってしまっていた。
自由創作部。
その名の通り、学校のルールや一般的なモラルに反しない範囲で、各々が――またはお互いが協力し合い――好きな創作を楽しむという内容の部活なのであるが、実際活動が開始されてみるとあまりに自由過ぎて何を創れば良いのか、具体的な案が思いつかない。
小学生の夏休みにやらされていた自由研究みたいなことをすれば、取りあえずそれっぽいかたちになりそうではあるけれど、あたしがやってきたことは朝顔の観察や山の川で捕まえた沢蟹の飼育とか、そんなことばかりで何かを創るという行為はしていない。
流空は最初、箱庭でも創ろうかしらと呟いていたが、材料の調達が難しいかもしれないとすぐに考えをリセットしてしまった様子だ。
お金をかけずに、あるものを持ちあって創るというのも一つの手だし、むしろ健全な感じがするけれど、それならそれで具体的に何を揃えれば良いのかもわからない。
手詰まり、とまではまだギリギリ行かないが、そうなりかけてしまっている。
「……中学の頃にさ、文化祭やったでしょ。あんな感じで考えてみるのはどうかな。壁いっぱいのボリュームで大きな絵を完成させてみるとか。それをそのまま部室に飾れば、ここの見栄え的なものも良くならない?」
特に深く考えもせず、苦肉の策みたいな感覚であたしが告げると、流空は乗り気ではなさそうに首を傾げて返してきた。
「方向性は悪くないかもしれないけれど、私たちそれほど絵を描くことには興味がないでしょう? 好きなことをするっていう、自由性には合わないわ。たぶん、始めても長続きせずにだれるでしょうね」
「あー、確かにそっか」
流空の言葉で、今日は面倒だからみたいな理由で何もしなくなってる自分をリアルに想像できてしまい、あたしは即座に同意を示して頷いた。
「どうせ、大会があるわけでもなければ、誰かに作品を見せるわけでもない小さな部なんだし、もっとマイナーで楽しめることがしたいわね」
「うーん……。その辺を自由気ままにできるのは強みだけど、マイナーかぁ。あ、マロンちゃんとよーみに協力してもらってさ、湯々織先生ドッキリダイアリーとか創ろっか? ひたすらマロンちゃんたちに追いかけ回されたりしてる姿を撮りまくって、アルバムみたいにするの。先生が転勤するか、あたしたちが卒業するときにでも渡したら、良い思い出の品にもなるよ?」
よーみに遊んでもらい始めたマロンちゃん――初めて知ったことだけど、マロンちゃんとよーみはお互いに触れるらしい――を横目に、あたしはそこそこ面白いと思えるアイディアを閃いた。
「悪くはないけれど……それだと湯々織先生の身が持たないんじゃないかしら? 三年間ずっと驚かせ続けるつもり?」
「もちろん」
全開にした窓から仄かに冷たい空気が入り込み、室内を満たしていく。
その風に髪を揺らされながら、あたしと流空は向かい合わせるように机をくっ付け、対面するかたちで座っていた。
使わない机と椅子と、何故か窓際に飾られることとなった石膏像以外、まだ何も無いに等しい自由創作部の部室。
唯一あるのは、くっ付けた机の上に置かれたよーみ人形――流空が命名した――くらい。
マロンちゃんはあたしたちの周りを意味もなくグルグルと駆け回り、よーみは黒猫になりながら積み上げた机の上で呑気そうに欠伸をしている。
あたしと流空の間には、ほぼ会話らしい会話もなく。
学校の授業が終わり、既に一時間。
ずっと、こんな状態が続いていた。
三日以内に部室に使う教室の掃除を終わらせれば、部活の創設を正式に認める。
そう交わした学校との約束は、昨日の放課後見事に果たされた。
残りの作業も滞りなく終了し、湯々織先生からもオーケーの判断をもらい――部室にいるのか嫌でほとんどやっつけ点検してたけど――、校長先生と教頭先生からも許可を得たことを証明する判子を申請書に押してもらえた。
そうして、いよいよあたしと流空二人による『自由創作部』が動きだした――のだけれど。
予想していた通り、いきなり難問に突き当たってしまっていた。
自由創作部。
その名の通り、学校のルールや一般的なモラルに反しない範囲で、各々が――またはお互いが協力し合い――好きな創作を楽しむという内容の部活なのであるが、実際活動が開始されてみるとあまりに自由過ぎて何を創れば良いのか、具体的な案が思いつかない。
小学生の夏休みにやらされていた自由研究みたいなことをすれば、取りあえずそれっぽいかたちになりそうではあるけれど、あたしがやってきたことは朝顔の観察や山の川で捕まえた沢蟹の飼育とか、そんなことばかりで何かを創るという行為はしていない。
流空は最初、箱庭でも創ろうかしらと呟いていたが、材料の調達が難しいかもしれないとすぐに考えをリセットしてしまった様子だ。
お金をかけずに、あるものを持ちあって創るというのも一つの手だし、むしろ健全な感じがするけれど、それならそれで具体的に何を揃えれば良いのかもわからない。
手詰まり、とまではまだギリギリ行かないが、そうなりかけてしまっている。
「……中学の頃にさ、文化祭やったでしょ。あんな感じで考えてみるのはどうかな。壁いっぱいのボリュームで大きな絵を完成させてみるとか。それをそのまま部室に飾れば、ここの見栄え的なものも良くならない?」
特に深く考えもせず、苦肉の策みたいな感覚であたしが告げると、流空は乗り気ではなさそうに首を傾げて返してきた。
「方向性は悪くないかもしれないけれど、私たちそれほど絵を描くことには興味がないでしょう? 好きなことをするっていう、自由性には合わないわ。たぶん、始めても長続きせずにだれるでしょうね」
「あー、確かにそっか」
流空の言葉で、今日は面倒だからみたいな理由で何もしなくなってる自分をリアルに想像できてしまい、あたしは即座に同意を示して頷いた。
「どうせ、大会があるわけでもなければ、誰かに作品を見せるわけでもない小さな部なんだし、もっとマイナーで楽しめることがしたいわね」
「うーん……。その辺を自由気ままにできるのは強みだけど、マイナーかぁ。あ、マロンちゃんとよーみに協力してもらってさ、湯々織先生ドッキリダイアリーとか創ろっか? ひたすらマロンちゃんたちに追いかけ回されたりしてる姿を撮りまくって、アルバムみたいにするの。先生が転勤するか、あたしたちが卒業するときにでも渡したら、良い思い出の品にもなるよ?」
よーみに遊んでもらい始めたマロンちゃん――初めて知ったことだけど、マロンちゃんとよーみはお互いに触れるらしい――を横目に、あたしはそこそこ面白いと思えるアイディアを閃いた。
「悪くはないけれど……それだと湯々織先生の身が持たないんじゃないかしら? 三年間ずっと驚かせ続けるつもり?」
「もちろん」
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