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第一章:幸福の記憶
幸福の記憶 16
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「ああ……なるほどね」
わかりやすいのは良いことだなと、的外れな感想を脳裏に浮かべながら、あたしは改めて黒猫を凝視してみる。
まず敵意は全く向けてきていない。それはわかる。
かと言って、こちらを警戒し逃げようとする気配もない。
ただただ悠然と、棚の上に座ってあたしと流空を観察しているだけに思える。
「流空、これはどうすれば良いのかな?」
適切な対応が思いつかず、あたしは困った声を友人へとこぼした。
「そうね、取りあえず害はなさそうだし、マロンちゃんと仲良くしているところから考えても、元々飼い猫だったのかもしれないわ。どこから来たのかは不明だけれど、もしこのまま居座るようならここで飼ってみるのも良いんじゃないかしら?」
「いやいや、飼うってそんな……」
幽霊のペットなんて前代未聞だ。
マロンちゃんは喜ぶだろうけど、あたしとしてはどう世話をすれば良いのかわからない。
それに、マロンちゃんだけでもあんな状態だった湯々織先生が、これ以上幽霊が増えてしまって正常でいられるだろうか。
「そんなに難しく考えることなんてないわよ。生きてるわけじゃないんだし、餌やトイレのお世話も不要。むしろ、毎日マロンちゃんと遊んでいてくれるなら、私たちも部活動に専念しやすくもなるわ」
たじろぐあたしへ諭すように告げて、流空はマロンちゃんと視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「ねぇマロンちゃん。マロンちゃんはよーちゃんとずっとお友達でいたい?」
「うん! いたい!」
「そう。それなら、今日からよーちゃんもここで好きなだけ一緒に遊んでいて良いわよ。そのかわり、他の人たちには見つからないようにね」
「うん! やったぁ!」
流空のお許しに飛び跳ねながら喜んで、マロンちゃんは黒猫の元へと駆け戻っていく。
そして、ぴょんと飛びつくようにして黒猫に抱きつこうとしたのだが、黒猫はそれよりもほんの一瞬だけ早く棚から跳躍し、あたしと流空の目の前へと着地した。
空のような水色の瞳が、ジッとあたしたち二人を見上げる。
そのまま数秒間お互いに見つめ合い、あたしがどう反応すれば良いのか迷い始めた頃。
唐突に、よーみという名前らしいその黒猫は、それが当たり前ででもあるかのように人の言葉を話しだしてきた。
「――あなたたち二人は、わたしのご主人様ではなかったみたい。ひょっとしたらと思って出てきたけど、勘違いだったわ」
「はぁ?」
いきなり喋りだしたこともその内容も、全てにおいて意味がわからず、あたしはつい変な声を漏らしてしまった。
「ごめんなさい。昨日の夕方、二人の気配がここから感じ取れたから、てっきりご主人様が迎えに来てくれたのかと思ったの。三十年も時間が流れると、ご主人様の気も曖昧な記憶になってしまって」
「いや……ごめん、言ってることがわかんない」
ご主人様とか三十年とか勘違いとか、自分だけが理解できるワードを並べられても困ってしまうし、そもそも何で喋れるのかも説明がほしい。
いくら幽霊であっても、人語を操る獣霊は出会ったことがないのだが。
「そもそも、ご主人様って言うのは?」
言うのは? も何もこの猫を飼っていた飼い主のことではあろうが、どうしてこんな場所へ探しに来ているのか。
この旧校舎が現役で使われていた頃の生徒が、飼い主だったのだろうか。
「わたしのご主人様は、三十年前にここからいなくなってそれっきり。本当なら、十年前には迎えに来てくれるって約束をしていたのに、まだ来てくれなくて。あなたたち二人の気はご主人様にどこか似てる。当時のご主人様と同じくらいの年齢だからかもしれないけれど」
確か、先生から聞いた話ではこの旧校舎が使われなくなってから今年で二十六年が経過するらしい。
となると、この猫の飼い主はその僅か数年前に卒業していったということになる。
だが、十年前に迎えに来る約束だったとはいったい何なんだろう。
卒業から数えて二十年後。飼っていた猫に会いに来るには、あまりにも不自然過ぎる間隔ではないか。
猫の寿命を考えれば、そんなことを言い残すとは思えないし、初めからもう二度と会うつもりがなくて適当な言葉を残していったとでもいうのか。
わかりやすいのは良いことだなと、的外れな感想を脳裏に浮かべながら、あたしは改めて黒猫を凝視してみる。
まず敵意は全く向けてきていない。それはわかる。
かと言って、こちらを警戒し逃げようとする気配もない。
ただただ悠然と、棚の上に座ってあたしと流空を観察しているだけに思える。
「流空、これはどうすれば良いのかな?」
適切な対応が思いつかず、あたしは困った声を友人へとこぼした。
「そうね、取りあえず害はなさそうだし、マロンちゃんと仲良くしているところから考えても、元々飼い猫だったのかもしれないわ。どこから来たのかは不明だけれど、もしこのまま居座るようならここで飼ってみるのも良いんじゃないかしら?」
「いやいや、飼うってそんな……」
幽霊のペットなんて前代未聞だ。
マロンちゃんは喜ぶだろうけど、あたしとしてはどう世話をすれば良いのかわからない。
それに、マロンちゃんだけでもあんな状態だった湯々織先生が、これ以上幽霊が増えてしまって正常でいられるだろうか。
「そんなに難しく考えることなんてないわよ。生きてるわけじゃないんだし、餌やトイレのお世話も不要。むしろ、毎日マロンちゃんと遊んでいてくれるなら、私たちも部活動に専念しやすくもなるわ」
たじろぐあたしへ諭すように告げて、流空はマロンちゃんと視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「ねぇマロンちゃん。マロンちゃんはよーちゃんとずっとお友達でいたい?」
「うん! いたい!」
「そう。それなら、今日からよーちゃんもここで好きなだけ一緒に遊んでいて良いわよ。そのかわり、他の人たちには見つからないようにね」
「うん! やったぁ!」
流空のお許しに飛び跳ねながら喜んで、マロンちゃんは黒猫の元へと駆け戻っていく。
そして、ぴょんと飛びつくようにして黒猫に抱きつこうとしたのだが、黒猫はそれよりもほんの一瞬だけ早く棚から跳躍し、あたしと流空の目の前へと着地した。
空のような水色の瞳が、ジッとあたしたち二人を見上げる。
そのまま数秒間お互いに見つめ合い、あたしがどう反応すれば良いのか迷い始めた頃。
唐突に、よーみという名前らしいその黒猫は、それが当たり前ででもあるかのように人の言葉を話しだしてきた。
「――あなたたち二人は、わたしのご主人様ではなかったみたい。ひょっとしたらと思って出てきたけど、勘違いだったわ」
「はぁ?」
いきなり喋りだしたこともその内容も、全てにおいて意味がわからず、あたしはつい変な声を漏らしてしまった。
「ごめんなさい。昨日の夕方、二人の気配がここから感じ取れたから、てっきりご主人様が迎えに来てくれたのかと思ったの。三十年も時間が流れると、ご主人様の気も曖昧な記憶になってしまって」
「いや……ごめん、言ってることがわかんない」
ご主人様とか三十年とか勘違いとか、自分だけが理解できるワードを並べられても困ってしまうし、そもそも何で喋れるのかも説明がほしい。
いくら幽霊であっても、人語を操る獣霊は出会ったことがないのだが。
「そもそも、ご主人様って言うのは?」
言うのは? も何もこの猫を飼っていた飼い主のことではあろうが、どうしてこんな場所へ探しに来ているのか。
この旧校舎が現役で使われていた頃の生徒が、飼い主だったのだろうか。
「わたしのご主人様は、三十年前にここからいなくなってそれっきり。本当なら、十年前には迎えに来てくれるって約束をしていたのに、まだ来てくれなくて。あなたたち二人の気はご主人様にどこか似てる。当時のご主人様と同じくらいの年齢だからかもしれないけれど」
確か、先生から聞いた話ではこの旧校舎が使われなくなってから今年で二十六年が経過するらしい。
となると、この猫の飼い主はその僅か数年前に卒業していったということになる。
だが、十年前に迎えに来る約束だったとはいったい何なんだろう。
卒業から数えて二十年後。飼っていた猫に会いに来るには、あまりにも不自然過ぎる間隔ではないか。
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