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【第4章】 三日月峠の戦い
86 決して揺るがなかった正義④
しおりを挟む「出来ません」
「なんだと?」
その瞬間、マリアンヌの傍らにいたカーナの目がぎろりと鈍く光る
そして手は素早く懐に忍ばせていたナイフへ
マリアンヌは目でそれを察知すると、カーナの行動を断ち切るように2人の間に手を伸ばして視線を遮った。
「カーナ、やめろ。指示をするまで動くな、これは命令だ」
「……」
「カーナ、返事は?」
マリアンヌの尖った声による問い掛け
カーナはゆっくりと、静かに首を縦に振った。
「はい。我が神、マリアンヌ様のお心のままに」
「ふぅ~まったく、血気盛んな人間の扱いというのは本当に困る。 それでムンガル卿、理由を聞いてもいいかな? 我の勅命を断わるだけの理由を」
その声に怒りは無い、それどころかマリアンヌは不気味に微笑んでみせた
それはまるで、予想通りと言わんばかりに
ムンガルはマリアンヌから発せられる圧迫感に負けじと言った
「私は騎士です、殺人者ではありません!敗者に鞭打つような真似はこのムンガルの騎士道に反します!」
マリアンヌは腕を組むと「なるほど、なるほど」と、わざとらしく口に出して頷いた。
「お前の考えはよ~く分かったよ。まさかお前がその程度の覚悟でこの戦いに参加していたとは驚いたよ」
「いえ、このムンガル、覚悟に不足など!」
「ではお前が大事にしている物は所詮その程度の物だったということか?」
深いため息をつき、肩から流れ落ちる銀線の髪をクルクルと指先で遊ばせながら大きく首を左右に振る。
「我今回の戦いで皇族としての全てを賭けているといっても過言ではなかった。しかしお前はというと、その恩に報いもせず蔑ろにするとは…」
「恩は感じております!しかし、これは―」
言い訳の言葉尻を断ち切るようにマリアンヌは口を挟む
「しかし何だ?自分は殺人者ではない?何を今さら誤魔化している?今回の戦いでお前は何人殺した?武勲と称して殺した数は何人だ?1人や2人ではあるまい?何十か?それとも何百いったか? それだけ殺しておいて自分は殺人者ではないではないだろ。 我から見たら今回の戦いに参加した全員人殺しでしかない。過程やそこに存在する気持ちの持ちようは重要じゃない、重要なのは結果だよ、ムンガル、いい加減現実から目を背けるのをやめろ」
「決して、そのような…つもりは」
いつの間にか小さくなるムンガルの声
そしてその巨体はまるで自分の影を針と糸で縫われた様に動きを止めた
呪術的とも思える言の葉は止まらない
「いつかの夜、お前にこう言ったな、『大切な物を見誤るな』と、お前にとって大事な物とはなんだ? 共に戦場を駆けた仲間か? それとも騎士道か?」
その澄み切るほど真っ直ぐな瞳は見開いたまま、ムンガルの瞳を見据えて離さない
心の奥底に直接問うように更に続けるマリアンヌ
「そろそろ選択のときだよムンガル卿、二と追う者は一兎も得られない。 今選べ、本当に大切な物は”人”か、”生き様”か」
逃げ場所を奪い取るような問い掛けにムンガルは押し黙る
そんなムンガルを見たマリアンヌ、気遣うように大げさに被りを振る
「ああ、すまない。今まで我がプルートの為に心骨を捧げて尽くしてくれた貴公に対して意地の悪い言い方だったな」
そしてムンガルの肩にそっと手を置くと、次に口にした言葉は今までで一番優しく言った。
「お前はどちらを裏切る? 『自分自身』か、それとも『我』か …さぁ好きなほうを”裏切れ”」
その残酷なまでの言葉はまるで動物が餌を貪るように、ムンガルから逃げ道という名の選択肢を喰い尽した
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