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小話
側近Bの受難①
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えー、どうも。
私の名前はハロルド。
ハロルド・ディアマンテ。
気軽にハルって呼んでください。
ええ?嫌だ?初対面なのに愛称でなんて呼べるわけないだろう?そんな悲しいこと言わないでくださいよ。初対面じゃないっすよ、ひどいなぁ。
愛称は、まあ、あれです。別に家とは絶縁状態だし、友だちもみんないなくなったし、唯一信頼できる上司はお前呼ばわりが常で、なおかつあの人、愛称の存在忘れてるみたいなので寂しいなーとか思っちゃったりした訳じゃないんですよ。ほんとですよ。ただ、使わないとせっかくあるのにもったいないでしょ?
え?泣いてないか?ははっ、よくわかったね。まあこんなぼっちな私なので、ぜひとも呼んで…………あっそうですか。わかりましたよ、くすん。
気を取り直して、ここでは私の半生について話していきまーす。モブだけどその中でも一番中枢に近いところにいるんだからね。
興味ないとかひどいこと言わないでよ。そもそもお前は誰だ?ちゃんと説明しますから。
でもつまらなかったら読み飛ばして構いません。行きますー。
☆☆☆
元々私は中位貴族の長男でした。王都の郊外に猫の額ほどの領地を持っています。権力闘争が苦手で郊外に逃げてきたクチなので、まあ城勤めをする一族の人はあまりいませんでしたね。私は行きましたが。……行かざるを得なかったんですよ!興味本位で学園に行ってしまったばかりに!陛下(当時は殿下)たちに出会ってしまったばっかりに!!
……ふう。落ち着け私。もう過ぎたことだ。別に、些細なことがきっかけで同じく学園にいたアルビオン姉弟と縁を持つことになったから、リーナさまに執着していた陛下に目をつけられたとか、家系的な文官気質が災いして、陛下とアルビオン姉弟とその他の性格が大変よろしい方々の面倒……じゃない、尻拭いでもない、えっと、雑務を取り計らったこととかはもう過ぎたことなので全然気にしてません。ええ、本当ですよ。
え?根に持ってる?はは、何をそんな当たり前のこと……いえ、持ってませんよ! ほんとですよ!密告しないでくださいね!?
まあ学生時代はそんなこんなで、よくも悪くも充実してました。
陛下が卒業するってなったときに、ああ、ようやく静かな日々が訪れるのかなぁなんて喜んでたんですが。
ここで初めてベリオルさまと出会ったんですよ。それが私の将来を決定的にしましたね。ベリオルさま、自分が先に学園を卒業しちゃって陛下のことが心配だったらしくて。でも私が尻拭いじゃなくて事後処理とか雑務とかやってたのでそれについてお礼を言われてしまいました。
この当時は、陛下の周囲には社会から注目されてる方たちばかりが集まっていました。「修羅の一族」の姉弟しかり、そのお目付け役のはずだったアルブス家嫡男しかり、軍と政務を行ったり来たりしていたベリオルさましかり。最近、辺境伯爵とご成婚されたエルサさまだって、辣腕で知られていましたし。
他にも次代の側近枠で注目されてた公爵位の方や、成り上がりの侯爵家の子息、王都で一代で財を成した大商人などなど……。
やはりその中でも突出して噂に出たのは、王城で着々と次代への地盤を固めていたベリオルさまでした。
お礼なんて、って断りましたよ、ちゃんと。中位貴族の政争嫌いの一族の子どもからすればまさに雲の上の人なんですから。でも次にとんでもないこと言ったんですよあの方。
「お前の能力は活かさないともったいない。ってか逃してたまるか!貴重な戦力だ!」
一言一句違いません。目がぎらってしてました。肩をがっしり掴まれて、
「リーナ嬢やネフィル相手に萎縮せず殿下にもまともに口を利く!振り回されても耐えうる柔軟性があって、我を見失うことがない。暴走しても尻拭いは完璧!こんな人材を待っていた!!」
え、つまりそれって、これからも振り回されろってことですか?私にもう平穏な日々は戻ってこないんですか?というか暴走知ってたのなら止めてくださいよ!
あまりのことに呆然としているうちに、当時の陛下にも伝わって勝手に次代の側近候補リストに名前が載りました。ふざけんなってやつです。親からの手紙で知りましたもん。せめて本人に言ってよ。
ちなみに学園で私が専攻していたのは政治学。城に勤める気はなく興味本位だったのですが、都合がいいとのことで、課題が増やされることはなかったですが側近候補同士の闘争に巻き込まれたり、なにもないと思ったら城から監視されたり、城から勝手に試されていました。
ここでキレて、何もかも放り投げればよかったんでしょうけど……どうやら私はディアマンテ家の異端児だったらしいです。難なく全ての試練を勝ち抜き、学園をあっさりと卒業しました。気づけば勉学だけでは覚束なかった駆け引きや個人のツテも手に入れて、久々に実家に戻ると居心地が悪くなってました。家族から、まるで奇妙なものを見るような目で見られるようになったのです。
凡人から逸脱したのだと実感したのはその時でした。
しかし、もう戻れませんでした。……いいえ、戻りませんでした。
「遅かったな」
「よくここまで来てくれた」
城に登って、久々に陛下とベリオルさまと見えた時……私は、仕方がないなぁと、思ってしまったのです。膝をつき、頭を垂れ。
『流されない』と言われた通り。私ははじめから、自分の意志で突き進んできました。それが、巻き込まれてしまう私なりの最大限の矜持だったのです。
……茨の道を選んだのは、自分自身でした。
『――君は甘いんだね。一度受け入れるともはや突き放さない。投げ捨てるなど欠片も考えない。……息子たちが強引に、すまなかったね。これからより苦労するだろうけど、私は、君が息子の傍にいてくれて、とても嬉しい』
私はなんだかんだ言って自分にとても甘いのだと思います。これまで振り回されたりすることがあっても、自分を酷使してまで結果を求めたことはありませんでした。それが崩れたのは、数年後。
私に同情的によくしてくれた当時の陛下が亡くなり、今上の陛下が即位されたあと。
――王妃となられたリーナさまの死後のことでした。
いやもう最悪でしたよ。主にアルビオン家。あの時のごたごたの中心はあの家です。正確には、あの一族が何もかにも放り出して城から逃げ出したことが諸悪の根源です。
あの人たち、葬儀も呆然自失のまま執り行ったんですよ。リーナさまの人望を甘く見てたわけじゃないですけど、あれはひどすぎました。そのあとほんとに一言もなく一斉に退官しましたし。陛下が全く動かなくて、しわ寄せ全部側近たちが被ったんですから。国の機能が四割停止しました。
それでてんやわんやしてたら成り上がりの侯爵家が非常識にも新王妃の具申するでしょ。まだリーナさまの喪が明けてないのに!
でもそれで側近内部で分裂が起きました。
一方はベリオルさまと私の、現状維持です。もう一方はお分かりでしょう、ルシェルについたんです。そりゃアルビオン家が抜けた穴を埋めるのには当時絶大な財産を築いていたルシェル家はうってつけでしたよ。財力だけですけど。人材は成り上がりなだけあって急成長に心が追い付かず、財力に振り回されるか、貴族(特に古参)に対しやっかみと偏見を持ってる連中ばかり。
うまく行くわけないって、あまりに忙しすぎるベリオルさまの不在の中で開かれた側近会議で主張しました。するとこうですよ。連日連夜働きづめで隈ができてげっそりしていた私の顔を見て、鼻でふんって笑って。
「所詮はベリオルさまの腰巾着だろう。公爵たる私に対する口の利き方がなっていないな」
……ちょっとした騒動が起きて会議は流れ、押しきられました。
同じ側近候補として鎬を削ってた仲間たちはみんな、本心ではそう思ってたのでしょうか……。
もはや屈辱以外の何物でもありませんでした。ちょっと城下町の裏通りに行って刺客でも雇おうかと真剣に考えました。無駄だからやめましたけど。彼らも私利私欲だけで選択した訳じゃないのは知ってましたし。
「王たる国」を守るには方法がたくさんあって、彼らは私たちとは違うものを選んだってだけの話です。……尻拭いもできないくせに(ボソッ)。まあ十数年後には失墜しましたけどね、みんな。賄賂もらってたとかで。ざまあ。
穴だらけですよ、ほんと。無責任なアルビオン家の血をひき、しかも生まれたばかりの王女さまじゃ世継には不安があったし、陛下もまだ若い。だから嫁がせようっていうのはわかりますよ?ただ、ほんとに世継ができたあとは?ルシェル家が公爵家と対等になりますけど?遺された王女さまだって立場が完全に苦しくなるんですよ?
彼ら、結局金魚のふんよろしくルシェル家にまとわりついてましたよ。制御する話はどうなりました?所詮は成り上がりの侯爵家って言ってたのどこの誰でしたっけ、若き公爵さま?子爵ごときが口出すなってせせら笑ったくせに、何してくれてやがるんでしょうねぇ。あの時もっと殴ってやればよかったなぁ。
当時はもう流れが止めきれませんでした。城内部もルシェル一派に染まり始め、ディアマンテ家からも政治闘争に関わりたくないから帰ってこいとか言われました。面倒だったので絶縁状叩き返しておきました。返事はないですがまあ弟いるし、家督の心配はありません。
そして奔流のように城に流れ込むルシェル一派のせめてもの制御と、新王妃が現れる前にリーナさまの忘れ形見のリエン王女さまの安全を確保しようとして……。ものの見事に失敗しました。
ベリオルさまは建て直しで忙しいから、私が直接動くしかなかったんですが。まあ最悪です。陛下は壊れてて、まともに会話もできないくらい悲嘆していて直訴なんてなしのつぶてでしたし、後見たるアルビオン家に手紙を十通くらい送っても返信なし。いっそ殴り込みを仕掛けましたが、門前払いを食らいました。
ルシェル家が本当に城中枢に食い込む前に救わなければ、リエン王女さまはまっとうに生きることはできなくなります。アルビオン家が復活しさえすればルシェル家は止められる。もしくは陛下が正気を取り戻して、流れをせき止めさえできれば……。リエンさまの生も自由も守れたのは、その二者だけ。それ以外は誰が手を差しのべようと、他人である以上、利用することにしかならない。
救うのが遅れる分だけ、リエン王女さまが政治利用される未来が見えてきます。
ルシェル派に与することは絶対になく、反対派に担ぎ出されるかもしれません。しかし、それもいつかは二者が復活するならばの話。
でなければ……いい噂を聞かないあの新王妃候補が、何をするでしょうか。想像するだにおぞましい。
……でも、誰も応えてくれなくて。
そうこうしていたらベリオルさまがとうとう倒れました。側近内部は瓦解、まともに動けるのは筆頭たるベリオルさまと、もう私しか、いなかったのに。
もうやけくそで最後通牒としてアルビオン家に手紙を出したら、ネフィルさまたちがすっ飛んできました。殴りたくなりましたが、一度別の人で失敗しましたし、文鎮より重いものは持ったことがないくらいひ弱なので、復活したベリオルさまに任せることにして、鈍器になりそうな花瓶やら書類の束や文鎮を枕元に置いておきました。有効活用していただけたようで何よりです。
……そうして、頼みの綱が戻ってきてくれましたが、やっぱり王女さまのことは手遅れでした。
ベリオルさまは手出しできないと察するや否や切り捨てていましたが、……私はまだそこまで達観できませんでした。陛下も壊れて、その娘すら守れないなら、なんのための側近なのでしょう。
ネフィルさまたち、復活したとはいっても、新王妃が懐妊するまではまるで脱け殻のように空っぽでした。アルビオン家の血に光明を見いだすまで、王女さまのことをいくら言っても馬耳東風。
しまいには「忘れてた」とか抜かしたんですよ?
なんだかもう……絶交したくなるくらいには最悪最低な人間ですね、あれ。
数年後、ベリオルさまのおつかいで内務棟に書類を持っていったとき、その方と出会いました。目が合うと、あどけなく可愛らしい微笑みを向けられ、ぺこりと会釈されました。まるで麦穂のような眩い金髪が馬の尻尾のように背中で揺れていました。
最初は呆然と見送りました。しかし、徐々に、……淡い、希望が芽生えてきました。
(まさか。今の、子どもは……)
確証がとれないのでとりあえずベリオルさまを呼びました。すると廊下を爆走し始めたから驚きです。一時期、本当に危ういところまで追い詰められていたベリオルさまは、アルビオン家にあてがわれた「役目」に心底ほっとしていたようでした。元気を取り戻していて……って、ちょっと!追いつけないでしょうが!待ってくださいよ!
その子どもは、まだその場にいました。いや、歩いてたらしいんですが、やっぱり歩幅の問題で。
「ちょ、待ってくださいよベリオルさま。そんな慌てて先行くことないじゃないですかー」
「うっさい。お前の伝え方が悪いんだ。何が『あの一族の色彩を持ち、幼児とは思えないほど洗練された身のこなしで歩き去っていくどこぞの子息』だ。こんな場所にいて、要らんちょっかいをかけるやつが出てくる前に保護するのが当たり前だろうが」
「だからといって廊下を爆走する必要まではなかったように思いますけど」
なんとか追いついて、振り向いていたその方を見て。
その緑の……命の色を映す瞳の、なんと汚れなきこと。
生きていてくれた、とほっとしてしまいました。
きょとりと見上げてくるその方に、ふにゃりと、久々に……本当に久しぶりに、笑うことができたのでした。
私の名前はハロルド。
ハロルド・ディアマンテ。
気軽にハルって呼んでください。
ええ?嫌だ?初対面なのに愛称でなんて呼べるわけないだろう?そんな悲しいこと言わないでくださいよ。初対面じゃないっすよ、ひどいなぁ。
愛称は、まあ、あれです。別に家とは絶縁状態だし、友だちもみんないなくなったし、唯一信頼できる上司はお前呼ばわりが常で、なおかつあの人、愛称の存在忘れてるみたいなので寂しいなーとか思っちゃったりした訳じゃないんですよ。ほんとですよ。ただ、使わないとせっかくあるのにもったいないでしょ?
え?泣いてないか?ははっ、よくわかったね。まあこんなぼっちな私なので、ぜひとも呼んで…………あっそうですか。わかりましたよ、くすん。
気を取り直して、ここでは私の半生について話していきまーす。モブだけどその中でも一番中枢に近いところにいるんだからね。
興味ないとかひどいこと言わないでよ。そもそもお前は誰だ?ちゃんと説明しますから。
でもつまらなかったら読み飛ばして構いません。行きますー。
☆☆☆
元々私は中位貴族の長男でした。王都の郊外に猫の額ほどの領地を持っています。権力闘争が苦手で郊外に逃げてきたクチなので、まあ城勤めをする一族の人はあまりいませんでしたね。私は行きましたが。……行かざるを得なかったんですよ!興味本位で学園に行ってしまったばかりに!陛下(当時は殿下)たちに出会ってしまったばっかりに!!
……ふう。落ち着け私。もう過ぎたことだ。別に、些細なことがきっかけで同じく学園にいたアルビオン姉弟と縁を持つことになったから、リーナさまに執着していた陛下に目をつけられたとか、家系的な文官気質が災いして、陛下とアルビオン姉弟とその他の性格が大変よろしい方々の面倒……じゃない、尻拭いでもない、えっと、雑務を取り計らったこととかはもう過ぎたことなので全然気にしてません。ええ、本当ですよ。
え?根に持ってる?はは、何をそんな当たり前のこと……いえ、持ってませんよ! ほんとですよ!密告しないでくださいね!?
まあ学生時代はそんなこんなで、よくも悪くも充実してました。
陛下が卒業するってなったときに、ああ、ようやく静かな日々が訪れるのかなぁなんて喜んでたんですが。
ここで初めてベリオルさまと出会ったんですよ。それが私の将来を決定的にしましたね。ベリオルさま、自分が先に学園を卒業しちゃって陛下のことが心配だったらしくて。でも私が尻拭いじゃなくて事後処理とか雑務とかやってたのでそれについてお礼を言われてしまいました。
この当時は、陛下の周囲には社会から注目されてる方たちばかりが集まっていました。「修羅の一族」の姉弟しかり、そのお目付け役のはずだったアルブス家嫡男しかり、軍と政務を行ったり来たりしていたベリオルさましかり。最近、辺境伯爵とご成婚されたエルサさまだって、辣腕で知られていましたし。
他にも次代の側近枠で注目されてた公爵位の方や、成り上がりの侯爵家の子息、王都で一代で財を成した大商人などなど……。
やはりその中でも突出して噂に出たのは、王城で着々と次代への地盤を固めていたベリオルさまでした。
お礼なんて、って断りましたよ、ちゃんと。中位貴族の政争嫌いの一族の子どもからすればまさに雲の上の人なんですから。でも次にとんでもないこと言ったんですよあの方。
「お前の能力は活かさないともったいない。ってか逃してたまるか!貴重な戦力だ!」
一言一句違いません。目がぎらってしてました。肩をがっしり掴まれて、
「リーナ嬢やネフィル相手に萎縮せず殿下にもまともに口を利く!振り回されても耐えうる柔軟性があって、我を見失うことがない。暴走しても尻拭いは完璧!こんな人材を待っていた!!」
え、つまりそれって、これからも振り回されろってことですか?私にもう平穏な日々は戻ってこないんですか?というか暴走知ってたのなら止めてくださいよ!
あまりのことに呆然としているうちに、当時の陛下にも伝わって勝手に次代の側近候補リストに名前が載りました。ふざけんなってやつです。親からの手紙で知りましたもん。せめて本人に言ってよ。
ちなみに学園で私が専攻していたのは政治学。城に勤める気はなく興味本位だったのですが、都合がいいとのことで、課題が増やされることはなかったですが側近候補同士の闘争に巻き込まれたり、なにもないと思ったら城から監視されたり、城から勝手に試されていました。
ここでキレて、何もかも放り投げればよかったんでしょうけど……どうやら私はディアマンテ家の異端児だったらしいです。難なく全ての試練を勝ち抜き、学園をあっさりと卒業しました。気づけば勉学だけでは覚束なかった駆け引きや個人のツテも手に入れて、久々に実家に戻ると居心地が悪くなってました。家族から、まるで奇妙なものを見るような目で見られるようになったのです。
凡人から逸脱したのだと実感したのはその時でした。
しかし、もう戻れませんでした。……いいえ、戻りませんでした。
「遅かったな」
「よくここまで来てくれた」
城に登って、久々に陛下とベリオルさまと見えた時……私は、仕方がないなぁと、思ってしまったのです。膝をつき、頭を垂れ。
『流されない』と言われた通り。私ははじめから、自分の意志で突き進んできました。それが、巻き込まれてしまう私なりの最大限の矜持だったのです。
……茨の道を選んだのは、自分自身でした。
『――君は甘いんだね。一度受け入れるともはや突き放さない。投げ捨てるなど欠片も考えない。……息子たちが強引に、すまなかったね。これからより苦労するだろうけど、私は、君が息子の傍にいてくれて、とても嬉しい』
私はなんだかんだ言って自分にとても甘いのだと思います。これまで振り回されたりすることがあっても、自分を酷使してまで結果を求めたことはありませんでした。それが崩れたのは、数年後。
私に同情的によくしてくれた当時の陛下が亡くなり、今上の陛下が即位されたあと。
――王妃となられたリーナさまの死後のことでした。
いやもう最悪でしたよ。主にアルビオン家。あの時のごたごたの中心はあの家です。正確には、あの一族が何もかにも放り出して城から逃げ出したことが諸悪の根源です。
あの人たち、葬儀も呆然自失のまま執り行ったんですよ。リーナさまの人望を甘く見てたわけじゃないですけど、あれはひどすぎました。そのあとほんとに一言もなく一斉に退官しましたし。陛下が全く動かなくて、しわ寄せ全部側近たちが被ったんですから。国の機能が四割停止しました。
それでてんやわんやしてたら成り上がりの侯爵家が非常識にも新王妃の具申するでしょ。まだリーナさまの喪が明けてないのに!
でもそれで側近内部で分裂が起きました。
一方はベリオルさまと私の、現状維持です。もう一方はお分かりでしょう、ルシェルについたんです。そりゃアルビオン家が抜けた穴を埋めるのには当時絶大な財産を築いていたルシェル家はうってつけでしたよ。財力だけですけど。人材は成り上がりなだけあって急成長に心が追い付かず、財力に振り回されるか、貴族(特に古参)に対しやっかみと偏見を持ってる連中ばかり。
うまく行くわけないって、あまりに忙しすぎるベリオルさまの不在の中で開かれた側近会議で主張しました。するとこうですよ。連日連夜働きづめで隈ができてげっそりしていた私の顔を見て、鼻でふんって笑って。
「所詮はベリオルさまの腰巾着だろう。公爵たる私に対する口の利き方がなっていないな」
……ちょっとした騒動が起きて会議は流れ、押しきられました。
同じ側近候補として鎬を削ってた仲間たちはみんな、本心ではそう思ってたのでしょうか……。
もはや屈辱以外の何物でもありませんでした。ちょっと城下町の裏通りに行って刺客でも雇おうかと真剣に考えました。無駄だからやめましたけど。彼らも私利私欲だけで選択した訳じゃないのは知ってましたし。
「王たる国」を守るには方法がたくさんあって、彼らは私たちとは違うものを選んだってだけの話です。……尻拭いもできないくせに(ボソッ)。まあ十数年後には失墜しましたけどね、みんな。賄賂もらってたとかで。ざまあ。
穴だらけですよ、ほんと。無責任なアルビオン家の血をひき、しかも生まれたばかりの王女さまじゃ世継には不安があったし、陛下もまだ若い。だから嫁がせようっていうのはわかりますよ?ただ、ほんとに世継ができたあとは?ルシェル家が公爵家と対等になりますけど?遺された王女さまだって立場が完全に苦しくなるんですよ?
彼ら、結局金魚のふんよろしくルシェル家にまとわりついてましたよ。制御する話はどうなりました?所詮は成り上がりの侯爵家って言ってたのどこの誰でしたっけ、若き公爵さま?子爵ごときが口出すなってせせら笑ったくせに、何してくれてやがるんでしょうねぇ。あの時もっと殴ってやればよかったなぁ。
当時はもう流れが止めきれませんでした。城内部もルシェル一派に染まり始め、ディアマンテ家からも政治闘争に関わりたくないから帰ってこいとか言われました。面倒だったので絶縁状叩き返しておきました。返事はないですがまあ弟いるし、家督の心配はありません。
そして奔流のように城に流れ込むルシェル一派のせめてもの制御と、新王妃が現れる前にリーナさまの忘れ形見のリエン王女さまの安全を確保しようとして……。ものの見事に失敗しました。
ベリオルさまは建て直しで忙しいから、私が直接動くしかなかったんですが。まあ最悪です。陛下は壊れてて、まともに会話もできないくらい悲嘆していて直訴なんてなしのつぶてでしたし、後見たるアルビオン家に手紙を十通くらい送っても返信なし。いっそ殴り込みを仕掛けましたが、門前払いを食らいました。
ルシェル家が本当に城中枢に食い込む前に救わなければ、リエン王女さまはまっとうに生きることはできなくなります。アルビオン家が復活しさえすればルシェル家は止められる。もしくは陛下が正気を取り戻して、流れをせき止めさえできれば……。リエンさまの生も自由も守れたのは、その二者だけ。それ以外は誰が手を差しのべようと、他人である以上、利用することにしかならない。
救うのが遅れる分だけ、リエン王女さまが政治利用される未来が見えてきます。
ルシェル派に与することは絶対になく、反対派に担ぎ出されるかもしれません。しかし、それもいつかは二者が復活するならばの話。
でなければ……いい噂を聞かないあの新王妃候補が、何をするでしょうか。想像するだにおぞましい。
……でも、誰も応えてくれなくて。
そうこうしていたらベリオルさまがとうとう倒れました。側近内部は瓦解、まともに動けるのは筆頭たるベリオルさまと、もう私しか、いなかったのに。
もうやけくそで最後通牒としてアルビオン家に手紙を出したら、ネフィルさまたちがすっ飛んできました。殴りたくなりましたが、一度別の人で失敗しましたし、文鎮より重いものは持ったことがないくらいひ弱なので、復活したベリオルさまに任せることにして、鈍器になりそうな花瓶やら書類の束や文鎮を枕元に置いておきました。有効活用していただけたようで何よりです。
……そうして、頼みの綱が戻ってきてくれましたが、やっぱり王女さまのことは手遅れでした。
ベリオルさまは手出しできないと察するや否や切り捨てていましたが、……私はまだそこまで達観できませんでした。陛下も壊れて、その娘すら守れないなら、なんのための側近なのでしょう。
ネフィルさまたち、復活したとはいっても、新王妃が懐妊するまではまるで脱け殻のように空っぽでした。アルビオン家の血に光明を見いだすまで、王女さまのことをいくら言っても馬耳東風。
しまいには「忘れてた」とか抜かしたんですよ?
なんだかもう……絶交したくなるくらいには最悪最低な人間ですね、あれ。
数年後、ベリオルさまのおつかいで内務棟に書類を持っていったとき、その方と出会いました。目が合うと、あどけなく可愛らしい微笑みを向けられ、ぺこりと会釈されました。まるで麦穂のような眩い金髪が馬の尻尾のように背中で揺れていました。
最初は呆然と見送りました。しかし、徐々に、……淡い、希望が芽生えてきました。
(まさか。今の、子どもは……)
確証がとれないのでとりあえずベリオルさまを呼びました。すると廊下を爆走し始めたから驚きです。一時期、本当に危ういところまで追い詰められていたベリオルさまは、アルビオン家にあてがわれた「役目」に心底ほっとしていたようでした。元気を取り戻していて……って、ちょっと!追いつけないでしょうが!待ってくださいよ!
その子どもは、まだその場にいました。いや、歩いてたらしいんですが、やっぱり歩幅の問題で。
「ちょ、待ってくださいよベリオルさま。そんな慌てて先行くことないじゃないですかー」
「うっさい。お前の伝え方が悪いんだ。何が『あの一族の色彩を持ち、幼児とは思えないほど洗練された身のこなしで歩き去っていくどこぞの子息』だ。こんな場所にいて、要らんちょっかいをかけるやつが出てくる前に保護するのが当たり前だろうが」
「だからといって廊下を爆走する必要まではなかったように思いますけど」
なんとか追いついて、振り向いていたその方を見て。
その緑の……命の色を映す瞳の、なんと汚れなきこと。
生きていてくれた、とほっとしてしまいました。
きょとりと見上げてくるその方に、ふにゃりと、久々に……本当に久しぶりに、笑うことができたのでした。
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