付け届けの花嫁※返品不可

文字の大きさ
上 下
21 / 23
クルガ編

にじう

しおりを挟む
 外のざわめきがやっと頭の中にまで入ってきた。働く人々の掛け合う声、廊下や土を踏む足音、風が木の葉を揺らす音……。一番すぐ近くにウミの呼吸音がするのは相変わらずだが。

「……お前さあ」

 ただの一言で籠の扉を蹴っ飛ばしておきながら、ウミの呼吸は全然乱れていない。警戒も緊張も、一切していないということ。
 だったら、いやに都合よく(誰にとってかは言わないが!)黙り込んでいたのは何だったのか。ぐりぐりと首にうずめるように額を押し付けると、戸惑った声が耳をくすぐった。

「あの、この態勢は辛くないですか」
「お前さあ!」

 ウミの肩と手がびくっとしたので、しまったと思った。起き上がって、ずり落ちていた手でウミの頬を撫でた。

「悪い。今のはお前に怒ったんじゃない。お前とは言ったがそういうもんではなく、ただ色々あったというか、えーと、そうだ、疲れてやけっぱちになってたんだ」
「……やけっぱちですか」
「追及するな。人間疲れ過ぎたら理屈なんて言ってられなくなる」
「それもそうですね。ではいくらでもどうぞ」
「……」

 三度目の「お前さあ」は意地でも飲み込んだ。その代わりに、またウミの肩に頭を預けた。……おれの手で遊ぶの再開しやがったこいつ。

「でもやっぱり、腰とか辛くなりませんか」
「お前が小さいからな。歳の割に。お前、ミルカに歳上だって言ってないだろ。一回り近い歳の差なのによ、お前、ほとんど歳下みたいに思われてるぞ」
「……ミルカさまはおいくつで?」
「おれの五つ下」
「八歳差……」

 途方に暮れた顔が目に浮かぶような声だった。やっと笑う気力が出てきて、ついでに腰より先に首が悲鳴を上げ始めたので、のしっと頭でウミの肩を押した。片手は腰に回し、遊ばれる手で両手をしっかり掴み、布団にゆっくり倒していく。額をウミの隣に付けて力を抜いた。

「クルガさま、重いです」
「そうか」

 子作りは嫌だとか言ってたくせに、男に組み敷かれてる現状に気づいてないのは何なのか。小一時間くらい問い詰めたくなったが我慢した。それで籠から逃げ出されたら困る。

「……やっと歳下だと思えるようになってきました」

 ウミがなにか呟いた。うまく聞き取れず、聞き返そうとしたら、握っていた手が引き抜かれた。

「……なんで撫でる」
「歳上ですから。とは言っても、私は引きこもりですし、その前に居候ですし、大したことはできません。ですけど、クルガさまがお疲れなら、膝を貸したりするくらいはできます」
「……それは」
「いわば姉の立場にあると心得ています」

 大したことができないと言ったわりに、偉そうな一言であった。

「……じゃあ、撫でてるのはなんだ」
「撫でるのも年長っぽいと思いました」
「ああそうかい」
「疲れは取れそうですか」
「取れてる取れてる」
「もしかして、夜も撫でたらお眠りになりますか?」
「一人の深夜徘徊は止めとけ」
「ですが、私に付き合ってくれていたんでしょう。日中もお忙しい様子なのに」
「息抜きだからいいんだよ」

 ごろんとウミの横に転がって、天井を見た。やけっぱち上等だ。態勢を変えても、撫でる場所を変えて頭に触れてくる手を掴んで目元に当てた。この間の膝枕のときもやったのでウミは素直に手を貸してくれた。それどころか「枕はいりますか」とのことなので、素直に差し出された膝に乗り上げた。

(おれが同じ布団にいること、気づいてもないんだろうな)

 瞼に当てた手からじわりと熱が伝ってくるのが心地よく、文句を言う気も失せた。

「……ここは、いい氏族ですね」
「引きこもりがなに言ってる」
「クルガさまと、ミルカさまと……占い師さましか知りませんけど、でも、そう思います。自分たちだけならまだしも、ぽっと出の私にもよくしてくださる」
「ぽっと出もなにも、お前はおれの嫁だ」

 アルザを呼ぶまでの間が気になったが、そこには突っ込まなかった。名目だけですけどね、とウミが訂正してくる。

「ミルカさまも占い師さまも、あなたが好きだから、あなたが私に配慮してくださるように、私を扱ってくれます。きっと他の人たちもそうなんでしょう。……私は出ていきますが、あなたがそれについていく必要はないんです」
「……お前一人追い出したら、今度こそミルカに刺されそうだ」

 ウミのもう片方の手が、おれの頬をぺちんと叩いた。全然痛くないが、少しだけ驚いた。

「あなたが出ていくと、みんなが怒ります。私が恨まれます。勘弁してください」

 それでもウミは出ていく。諦念をこっそりたくし込みながら、安住を捨てても、それでも。
 たった一人の旅路の先になにを求めているのか、想像ならついている。

「あなたの労苦を私はほとんど知りません。肩代わりなんて到底無理です。ですけど、あなたが疲れてるなら、こうして安らぐ手伝いならできます」
「姉ってそういう……」
「族長でなくなれば、止むのでしょう?」

 背負った重荷はおれの誇りだ。だが、それだけではないのだろうと、ウミは両手でおれの頬を挟んで、顔を覗き込んでくる。おれも下から顔を見上げながら、足りないなと思った。

「あなたの言った通り、ミルカさまが立たれるまで、旅立つのは待ちます。ですから、クルガさまもそれで満足してください」

 ――それじゃあ全然足りない。

「姉さん女房も、悪くないと思うんだがな」

 手のひらを拾って唇に当てる。これくらいは許されるはずだと見上げると、ウミはきゅっと口を引き絞っていた。あとなんか赤い気がする。影になってはっきりはわからないが。

「お前、変な顔になってるぞ」
「クルガさまのせいですけど……っ」

 絞り出したような声に、思わず笑った。ここまで動揺させられたら勝ちでいいだろう。鈍いわけじゃなく、躱していただけらしい。

「……っ、クルガさま、離してください。もうどいてください。休憩終わりです」
「休む手伝いをしてくれるんだろ?もぞもぞされると寝にくい」
「じゃあ布団を貸してあげますから」
「枕がない」

 真顔で言うとまたぺちんとやられた。相変わらず痛くない。堪えようもなく笑えて仕方がなかった。

「猶予はもらえたようだし、それまでに真剣に口説いてみるか」
「つ、連れていきませんよ!」
「そいつはどうかな」
「絶対です!」
「そうかい、頑張ってくれ」

 おれとは別に、今のところ伏兵としてミルカが備えているが、ウミが気づくのはいつ頃になるのやら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?

イチモンジ・ルル
恋愛
「ふしだら」と汚名を着せられた母。 その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。 裏切りと憎悪が支配する世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を取り戻そうとするノンナ。 ――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語―― 旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません 他サイトにも投稿。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...