付け届けの花嫁※返品不可

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クルガ編

ろく

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 おれの家に用意したアルザの部屋は半分納戸だ。諸々の嫌がらせではなく、占い師の仕事としても必要なものを集めるとこうなるのだ。元の家から集めた書物に、針のように尖った磁石、石のように硬い枝、数多の獣の骨、冬の間に狩りまくって剥ぎ取った毛皮も貯めている。
 おれの布団の代わりとして、その毛皮の束をもらうことにした。毛皮は壁や床に広げておくと温かい。他の連中にはウミに快適に過ごしてもらうためと言い訳しやすいための選択である。
 この氏族は裏事情を知らないからというのもあるが、ウミの嫁入りは大体快く受け入れられている。運んできてくれた食糧の力は偉大だった。ウミへの気遣いという名目に文句が出ないのは楽でいい。

「なんで布団?クルガは嫁いるじゃん。昨日から」
「いい加減、族長をからかうことを自制するつもりないのか」
「飽きるまでは我慢しとくんだね。みんなお前のこと心配してたから。あと飢えの危機感がすり替わってはっちゃけてる。考えたねぇ、あちらさんも。こっちの氏族の性格をよくわかってる。実際に、断れなかったしね」
「断ろうと思ったらあいつが逃げたんだ!」
「んで、どんな曰くがついてんの?ってか昨日、共寝したの?」
「してない。それについてもお前には話しておこうと思っていた」

 アルザは、占い師として族長の助言役という立場にある。それ以前にもこの氏族の連中とは一線を画する存在であって、おれとは一蓮托生だ。のけものにするつもりははじめからなかった。昨日も今日の昼間までも話をしなかったのは、おれ自身の整理をつけるためと、単に自然に話す機会がなかったからだ。今日は早めに仕事を切り上げたので、膳はまだ整っていない。今のうちだった――が。

「ん」
「なんだ」

 家の端にある納戸にまでも響いてきた声に、顔を見合わせた。この辺りは厨房から離れているのであまり人が立ち寄らない。アルザが敏感に反応して納戸から顔を出してきょろきょろしているので、続いて外に出た。

「今の、叫び声だったよな?悲鳴?」
「どっちからかわかるか」
「あっち。厨房とは別かな。……んーざわざわするなあ。ちょっと怪我したとかそういうのじゃないよ」
「行くぞ」

 なんとなくウミのことが思い浮かんで、気づけば足を踏み出していた。本人はやる気が全くないと申告していたが、セリカから揉め事を起こせと命じられたという。そしてアルザが「ざわざわする」と言った。超感覚は持っていないが、なにやら嫌な予感がする。
 横に並んだアルザが、進む廊下の先ではなく分かれ道でもないところを見てはふいっと視線をそむけている。こういう時は注意力散漫になっているので、腕を引っ張って柱との激突を回避させた。

「あれ、こっちみたいだ。クルガの……」
「いた!クルガ兄!アルーも!」

 ミルカが角から飛び出してきて、軟弱なアルザがふっ飛ばされかけた。ミルカは反応よく、転がりかけたアルザを横からひっしと抱きしめている。呆れればいいのか感謝すればいいのか傷つけばいいのか微妙な顔のアルザを見もせず、おれの腕もがっしり掴んできた。滅多になく爛々と光った目が鋭くおれを見つめる。

「ウミちゃんが大変そうなの!早く来て!」

 叫び声の主はウミだったらしい。ミルカはたまたまおれの部屋の近くを通っていて、唐突の苦悶の声にぎょっとしたそうだ。だがおれの命令とあって踏み込むわけにもいかず、集まってきた人々に様子見を任せて、おれか、次点で医師兼業のアルザを探しに来たと。
 慌ただしく説明を聞き終えたときには、おれの部屋の前だった。
 戸に指を引っかけながら、心配して集まってきた面々を目だけで振り返る。

「アルザは入れ。ミルカ、お前は氏族の連中の様子を見て来い。他のやつらは、一人――ネラ、お前はここで待機しろ。他のやつで湯おけと膳と、おれたちの替えの衣となるべく清潔な布を、用意ができ次第持ってこい。それ以外はいつも通りの仕事をしていてくれ」

 はじめ、指一本分の隙間を空けて中を見る。その後、一人分戸を広げてアルザを押し込み、命令への返事と駆け出していく足音を聞きながらおれも入って、後ろ手に閉めた。しん、と異様な静寂。アルザとおれ以外の気配は、もう一つしかない。アルザが部屋の灯りを点した。
 薄明るくなった室内を見れば、蹴飛ばしたのか、上掛けが遠くに跳ね除けられ、ウミがその場で蹲っていた。長い髪で顔が見えないが、全身がガタガタと震えているのがわかる。悲鳴は止んでいたが、ウミを襲う脅威は鳴りを潜めてはいないようだ。

「おい、どうした」

 肩に手をかけて無理やり仰向かせると、ウミは唇を噛み切っていた。血を口端から滴らせている。顔は病的なまでに青ざめていて、おれの顔を見て瞬くと、ぽろ、と目から雫が落ちた。

「何があった!」
「っ、あ、く、クル、さま、あ」

 数本の髪がついた震える唇がうわ言のように声にもならない音を出した。溺れかけた子どもが必死に喘ぐように、浅く荒く呼吸を繰り返す。今朝までの淡々とした無表情は、どこに行ったのか。一人で引きこもると、嬉しげに寝倒すと言っていたのは何だったのか。すがりつくような表情に呑まれかけ、落ち着けと自分に言い聞かせた。

「ゆっくり息をしろ。何があった。怪我か?血は出ていないが、どこが痛む」
「あ、あし、が」
「足?」

 ウミはボロボロ泣きながら、隙を見るとまた蹲ろうとしていた。上体をおれの方に引き寄せてそれを防ぎながら、言われた方を見る。夜着がはだけて足に絡みついており、ウミの両手は膝の辺りを押さえている。やはり血は出ていない。
 周囲を見ても、火鉢を倒して鉄鍋がぶつかったというわけではなさそうだ。とにかく足の様子を見るために夜着の裾をつまんで捲り上げた。

「――何だ、これは!」
「うっわあ」

 思わず上げた声とアルザの声が重なった。アルザはウミの足元にしゃがみこんで、まじまじとあらわになった両の脛の様子を見ていた。

 ウミの足を、蔦がいくつも絡みつくように、膝から足の爪先まで、黒い模様がびっしりと埋め尽くしていた。
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