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押せるだけ押してみた

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「うっっっわ、やられた!!」

 城と学園の双方で騒動が起きた翌日の昼頃。
 王城の内宮、その最も奥まった部屋に、そんな声がこだました。

 たまたま出向いていたリーシャン妃は、あーあという顔を隠せず、頭を抱える夫の眼前に広げられた書類を見下ろした。

「してやられましたわね、陛下」
「グランセスさまが一枚上手でしたな」
「お前もそっち側だろ、ドルフ!!なんでこいつら同じタイミングでこんなん出してくるんだよ!絶対お前が手引きしたんだろ!」
「私は何もしておりませんし、セシル殿が商会と侯爵別邸と情報のやり取りをしていたのは、商会員を使ってのことで、我が家の者も一切関与はありません。いやはや、会頭が世話になっているからと代理の秘書殿には珍しい砂糖菓子を頂いてしまいましてな。チャールズ殿と一緒に平らげてしまいました」
「それを懐柔されてるって言うんだよ!一晩まとめて泊めたのはそっちが目的か!」

 セシルはバルメルク家に着いたその日の夕方から、侯爵別邸に戻ったシドと商会のアレンと綿密に情報のやり取りを行っていた。受け渡しはヒューズたち信頼できる傭兵に任せたので、安心安全である。
 翌朝、早くなりすぎない礼儀にそったぎりぎりの時間に別邸に届いた書状も滞りなく公爵邸のセシルの手元に渡り、他の書類も昼前までにはすべて揃った。それでもって、今度は王城へ宛てて書簡を送りつけてきたわけだ。
 正確には、国王アイザック宛て、だが。

「ナタリー・レーウェンディアに対する減刑の嘆願書が、被害者の数丸々揃っていますものね。加えて、それぞれの家とも既に連絡を終えているなんて」

 ヒルダ監修のもと、アデルとファリーナは、ナタリーの侍女エマに勝手に名前を使われた被害者であるシェルファと、その父ブランシュ侯爵に向けて嘆願書を書いた。同時にセシルを説得して、「スートライト侯爵家はアデライト・スートライトの希望に従う」との証文を用意してもらった(セシルは嬉々として説得された)。
 翌朝、また逃げ出そうとしたウィンスターを強引に実家へ連れ帰ったフェルトリタ伯爵は、折り合いの悪い息子にどう応じたのかは知らないが、昼前にはセシルの元に「フェルトリタ伯爵家は長男を害した男へのみ厳罰を望む。それ以外、侯爵家の意向に異議はなし」・「ウィンスター・フェルトリタは家の意向に従う」とする書状を届けてきた。 
 シェルファとブランシェ家は、アデルたちと全く同じものを、早朝にシドの元に送ってきた。いわく「シェルファ・ブランシェはスートライト侯爵家に、ナタリー・レーウェンディアの減刑を願う」・「ブランシェ侯爵家は我が最愛の娘シェルファ・ブランシェの意向になによりも優先して従う」。

 ファリーナとアデルだけではない。シェルファも、断ち切りたくないと希った絆をどのように守るべきか、悩んで、考えて、信じて、行動したのだ。

 アイザックの目の前にあるのが、その集大成だった。両侯爵家の名前で、写しがまとめて送られてきたのだ。
 少なくともアイザックはこれらの嘆願書を無視できない。アイザックの立場は代理の執行人に過ぎない。今回は加害者も被害者も最高位が侯爵というだけあって、これを看過することはできないとして、委任を受けずとも国王が裁定をする――そういう筋書きである。
 国王の持つ強権で裁くとはいえ、同時に両者の意見をむやみに軽んじることはありえない。ましてや被害者――一番意向が優先される立場の連中が、揃いも揃って、全く同じ内容の嘆願書を書いているわけだ。無視できないどころか、これを上回る「のっぴきならない事情」をつけないと、ナタリーを従来の処罰にかけることはできなくなる。
 アイザック自身がそんなにナタリーの処罰に拘っているわけではないが、決まりきっていると思っていた事柄をこんな風に丸っと覆されては、悔しい!と叫んでも仕方あるまい。

「今回の敗因は、スートライト兄妹の成長に気づかなかったことですな」
「白々しい!」
「私にも予想外でしたけど。特に兄の方。妹を害されてなお許そうとするなんて、少し前なら考えられませんでしたわ。無事だったから、ほぼ無関係だったから、なんてわきまえは存在しなかったでしょうに」
「だろ?リサもそう思うだろ?」
「ですが、いい傾向ですわね。これからの時代に必要不可欠な人材が、人間性を蓄えてくださるのですから」
「……まあ、そりゃそうなんだが。くそー、絶対兄上、『まだまだ甘いな、フッフッフッ』とかやってるぞ。セシルのやつも堂々と乗っかりやがって」

 ぐちぐちと文句を垂れるアイザックなどまともに相手をしないに限る。リーシャンもドルフも国王を放置して嘆願書を見つめ、控えめにファリーナ・グレイ個人の名前がアデルの下に書き込まれているのに気づいて、苦笑した。子爵家の彼女が伯爵家のナタリーをどうこうする権利は全くありえないはずだが、わかっていても書いたのは、本当に「被害者全員」の総意だと示すためだろう。彼女に関してはグレイ家の後押しがないが、いずれにせよ子爵家なので上位者には従うしかないところ。だめ押しもいいところだ。

「ああ、そうそう。忘れるところでした。陛下、私から、キルデア侯爵家に対して厳罰を要求します」
「はっ?」
「バルメルク公?」

 驚く夫婦をよそに、ドルフは勿体ぶって懐から上質紙を取り出し、勝手にペンを借りてさらさらと文字を書いていった。読みやすく、美しい字だ。最後に、常に持ち歩いているバルメルク家当主印をペタンと捺せば、嘆願書の完成である。
 アイザックはとうとう言葉も出せず、口をぱくぱくとさせた。リーシャンも、まあ……と口許を扇で隠している。

「だめ押しのだめ押しですわね……。そんなに、あからさまな暴言が?」
「いやはや、私も昨晩に報告書を読んで驚いた次第です。まさか侯爵家の子息に、我が家が『位が高いだけの日和見の一族』と評されているとは」

 またも夫婦揃って絶句である。暴言というにもあまりにも酷い。王太子派と王兄・王子派がせめぎ合いつつも均衡を保っているのは、目の前の公爵の功績がほとんどだというのに。日和見どころか、国政に最も深く携わっているといっても過言ではない。昨晩は砂糖菓子の他に、この文言をチャールズとの酒の肴にしたドルフである。
 証言は紙にまとめられた上、アデライト・スートライトとウィンスター・フェルトリタの連名で、またドルフが懐から出してきた。後出しにもほどがある。

「……も、もう、これ以上はないよな?」
「私からはございませんな」
「含むな!あーもう裁定とっとと済ませないとまずいぞ」
「またどんな横やりが入るかわかりませんものね」
「しかもほとんど罪状考え直しか……」
「ナタリー・レーウェンディア嬢にかかずらう時間はございませんな?」
「うるさいぞドルフ」
「これは失礼を。では私もそろそろ仕事に戻ります」

 もう用はないとばかりに、ドルフはさっさと部屋を後にした。
 控えの者を除けば国王夫妻二人きりになった室内で深々と嘆息したリーシャンは、夫に対し、こう断じた。

「詰めが甘い」
「……はい」








☆☆☆









自分は養父にも養母にも愛されていないのだと、幼い頃から、ナタリーにははっきりとわかっていた。
 特に養母にとっては自分が当主の子を生めなかったからという認識が先立つ。よそから連れてこられたナタリーに対して穏やかならぬ思いを抱いていたことだろう。
 養父の関心は薄かった。自ら養子にと選んだはずなのに、ナタリーを見る目はたいそう無機質だった。
 ナタリーは、色んな人に、お前は幸運なのだ、傍系の身分を弁えよ、思い上がるなと言い聞かせられて育った。ナタリーも納得していた。実際、引き取ってもらえただけ、運が良かったのだ。せめて自分は、助けてくれた当主夫妻の顔を汚さぬよう、レーウェンディアの家名に恥じぬよう、精進しよう。そう決めて物事に励んだ。

 五年後、当主夫妻待望の第一子が生まれても、ナタリーは特に揺るがなかった。ちょっとだけほっとしたのは、次期領主の妻となることを重荷に感じていたからだろう。やれ、よかった。これで肩の荷が降りた。義妹の誕生を心から祝った。
 主家が望めば傍系の者が家を継ぐこともあるとはいえ、優先されるのは直系だ。レーウェンディア伯爵邸では、暗黙のうちにナタリーの立場に赤ん坊がすげ変わった。

 健康に生まれたヘレナがすくすくと育ち、おしゃまな三歳児となった頃には、屋敷はナタリーという存在をもて余していた。
 ナタリーが屋敷で暮らす意味はとうに潰えていた。仕える者も、ナタリーの浮いた足場に乗ろうという無謀は志さず、むしろヘレナに取り入ろうとあくせくしていた。
 伯爵夫人は、あからさまにナタリーを疎んじるようになった。
 伯爵は、ナタリーを養女として受け入れた過去の自分の迂闊さを呪っていた。
 ヘレナはそんな空気の中でもナタリーを慕ってくれた。

「伯爵さま」

 ナタリーはヘレナが生まれたその時から、養父をこのように呼んだ。養母は奥さまと。二人がそれに気づいているかは、ナタリーにも知りようがないことだ。

「わたくしを、王都の学園に入学させていただけないでしょうか?」

 ヘレナの王子との婚約が決まる直前のことだ。伯爵にとっては渡りに舟の提案なので、喜び勇んでナタリーを王都に放り出した。王都の別邸も、ナタリーが遠慮したので学園の寮を使う手続きを取れば、あとは体裁をつけるために最低限の使用人を選別するだけだが、それは家令に任せれば済む話だった。

(伯爵さまと奥さまの顔を汚さず、レーウェンディアの家名に恥じず――なにより、ヘレナさまの邪魔をしないように)

 ナタリーの行動規準は変わらなかった。









 学園生活は順調だった。女学生が少ないことで肩身は狭かったが、勉強そのものはとても楽しかった。教員に差別意識がないことが幸いで、ナタリーが個人的に質問を持ってきても無下にされることはほとんどなく、むしろ熱心だと誉められた。できて当然、と言われなくて喜んだことに、誉めた本人は気づいていないだろう。
 交遊関係は、少しも広がらなかった。派閥の中央に近いだけに、ナタリーは親しくする者について慎重な選択を強いられることになったのだ。結果としては男子学生がほとんどで、なおかつナタリーに取り入ろうとするか蔑んでくるかの二択なので、自然とナタリーは距離を置くようになった。嫁ぎ先を探すよりも勉強の方が成果が上げられていることも、ナタリーを焦らせなかった原因だった。
 女に学が必要ないなんて、そんなことはない。国王に嫁いだリーシャン・ルーアンだって、元々は才女として知れ渡っていたのだ。勉強ができるからって嫁ぎ先が全て消えるわけではない。むしろ、自分の価値をできるだけ吊り上げた方が家の役に立つ。
 婚姻の申し込みが来ていても、決定するまでにはあと二年ほどあるはずだ。それまでに、と邁進するナタリーだが、ある日、がつんと強い衝撃を受けた。

 同学年中、首席の名前を知っての驚愕だった。

 あの日、ナタリーのみならず学園中が浮き足立った。
 実力主義の王立学園は学力水準が国内でも最高峰。どの学年でも首席となることは、社交界で一目置かれること以上に重要性を持つこともあるのだ。ある者は卒業と同時に何段飛ばしで政府の中枢に迎え入れられ、ある者は高位貴族の婿に迎えられ強大な発言権を有するようになった。最近では、かの有名なセシル・スートライトが、王都に商会を設立して一気に急成長させた。
 そんな偉業をなし得る存在に、ナタリーが憧れなかったといったら嘘だ。しかし自分の天井は見えていた。なのに。
 同じ女性で、同じ歳で、ナタリーよりも低い身分で。
 ナタリーたちを馬鹿にする男子学生たちをごぼう抜きにして。

 ファリーナ・グレイという存在が、燦然と輝いた。










 しばらくナタリーは挙動不審だったと思う。ファリーナに話しかけたいのに派閥や身分が邪魔をするのだ。
 ファリーナも自分の属する派閥と距離を置いているから接触は簡単かと思いきや、首席になったことで注目が集まりやすくなっている。有り体にいえば、ファリーナは孤立していた。男女関係なく、彼女の動向を観察するだけで、誰も近づこうとしない。どう扱っていいのか、みんな考えあぐねて腫れ物扱いにしているのである。
 その沈黙の緊張を破った人物に、学生全員、また驚倒しかねない騒ぎになった。かのセシル・スートライトの妹というのみならず、本人もまた大輪との異名を持つ、美しい美貌を兼ね備えた幼き貴婦人アデライト・スートライトである。しかも二人は見る間に距離を詰め、愛称で呼び合うほど親密な友人関係になった。どういうわけか全くわからない。

 ナタリーもまた驚いたが、これは好機だ、と勘が働いた。スートライト侯爵家は中立派だから、彼女を介してなら目くじらはそんなには立てられないはずだ。運良く講義中に接点ができて、そこから縁が始まった。シェルファ・ブランシェとも親しくなり、一人でいる時間はめっきりと少なくなった。

 それからの時間、ナタリーには全てが新鮮だった。
 勉強会なんてはじめてやったし、他人の邸宅でのお泊まりもはじめてだ。
 価値観の違いも興味深かった。
 ファリーナは他にやることがなかったから勉強をしていた、でも今はやりたいことができたから、それに向けて学んでいるという。
 アデルは兄に勧められたのがきっかけだが、自分でも賢くなりたいと思っていたし、友だちも欲しかったからと照れで頬を染めたので、他の三人は一斉に陥落した。
 シェルファは、二年後に他国に嫁ぐことは決まっているが、どうせなら思い出を作りたくて学園に来たという。
 ナタリーは家のためだとそれだけを言ったが、義妹以外から尊敬の目で見つめられたのも、はじめてだった。
 それから――。

「心強かったです。本当に、ありがとうございます」

 本当なら口をつぐんで、見て見ぬふりをしていた方がよかったのに。
 ヒルダへの暴言を聞くまではずっと悩んでいた。昨夜たまたま出会っただけの人を助けるのに、自分が無駄に注目を浴びることになることは避けたかった。これまで必死に伯爵息女として波風を立てずに来たのに、ここで台無しにするつもりかと。
 けれど。ヒルダは――泣いていたナタリーに優しく接してくれた彼女は、変な疑いをかけられ、あまつさえ女性として聞くに耐えない雑言を浴びせられている。
 いてもたってもいられなかった。はじめて自分の感情のままに行動した。その行動を認められて、感謝を伝えられて、ナタリーは泣きそうになるほど嬉しかったのだ。待たせた友人たちがナタリーの突飛な行動を非難せず、むしろ感心していたので、ますます自信がついた。

 気づけば、しるべとなるものが四つも増えていた。

 ……権力に圧されても、彼女たちと一緒に過ごしていれば、ずっと耐えられた。ナタリーにも叶えたいことがあるから。見失わずに頑張ろうと思えたから。
  それなのに。



 ナタリーは、エマが元はヘレナの侍女になりたがっていたのを知っていた。ナタリーのせいでその希望を潰したことを申し訳なく思っていたので、多少の不手際は身内のことで済むからと黙認していた。ナタリーだけが痛手を負うなら、それならそれで構わないと思っていた。
 でも、「これ」は、違う。
 愚かなエマは、伯爵がエマをヘレナの侍女に推薦すると口約束したのを真に受けて、ナタリーの意志など一切省みることもせず、とんでもない大罪を犯した。
 仮にとはいえ仕える主人を売った者が、信に足りるわけもない。また、命じられたとはいえ行動した本人が罪に問われないわけがない。
 そんなことにも思い至らず、ナタリーに命じられたのだと、拘束されながらエマは見苦しく喚いた。だから自分は悪くない、間違ったことはしていない――。

「お黙りなさい」

 黙認できる域を越えていた。この侍女も、義父も。

「レーウェンディア伯爵家の家名をこれ以上汚す真似はわたくしが許しません」

 彼女はレーウェンディア伯爵家の最も忠実なる女臣じょしんだ。そうグランセスがうそぶいたのを、ナタリー本人は一生知らないままである。
 そんな彼女を切り捨てた伯爵も当然、知るわけがない。

 ナタリーの行動規準が覆られたのは、この時だった。

 汚名など喜んで着せられよう。それがレーウェンディア家のためならば。
 将来へ禍根となるものを喜んで道連れにしよう。それがレーウェンディア家の次代のためならば。
 家名を売り渡してもみせよう。それが治める領地の安寧のためならば。
 望まれるがままに罰を受けよう。慕ってくれた義妹にも、友人たちにも、もう会わせる顔などない。

(せめて、ヘレナさま。あなたがお健やかにいられるようにだけは……)












 はっ、とナタリーは我に返った。見慣れた寮の自室の、その真ん中にぺたりと座り込んで、ずっとそのままでいたらしい。ぼんやりと窓の外を見ると、明けの空の美しいグラデーションが見えた。ここで迎える朝を、指折り数えてみた。……三日。まだナタリーは牢屋には入れられていない。
 協力的な態度だったので、配慮でもされているのだろうか。軟禁という沙汰をもらって部屋の外には王城から騎士が配備されているが、それだけだ。
 おかしい、と思う。今頃裁かれて死んでいても文句はないはずだったのに。でもそれ以上に退屈で辛くて、考えは一つもまとまらなかった。
 勉強をする意味もなくなってしまったと思えば、暇潰しにやろうとも思えなかった。読書もそうだ。部屋には学術書か詩集などの文学作品しかない。こうなれば娯楽小説でも集めてみればよかった。結果として、一日、ぼんやりと怠惰に過ごすようになっている。眠る時間もまちまちで、半覚醒と睡眠を繰り返したと思えば、ときには丸々長時間記憶がないこともある。暇もまた苦痛だとは、この時になるまで知らなかった。かといって追憶しても無駄だというのに、無意識のうちにやってしまうから恐ろしい。
 ヘレナだけはどうにか無事であれと、そう望むことすら、今のナタリーには罪深いというのに。

 しかし、この日はいつもと違った。見張りの騎士がナタリーを突然連れ出したかと思えば、気づけば目の前にグランセスが座っていて、ナタリーもお茶を飲んでいた。罪人と席を並べていていいのだろうか。疑問である。

「君の沙汰が決定したよ」

 あ、これが最期の晩餐ならぬお茶会というもの?死すら覚悟しているナタリーは、もう色々と吹っ切れていた。返事の前にこくりとまたお茶を飲む。

「……どんな処罰でも、謹んでお受けいたします」
「君からレーウェンディアの家名を剥奪する」
「はい」
「うん」
「……。はい。……?」
「うん。終わり」
「え?」
「まあ、正確には君の養子縁組の解消だ。合わせて君の姓はレーウェンディアからウェルディに戻り、君のご両親が亡くなって以来本家預かりになっていたウェルディ家の屋敷にて暮らしてもらうことになる。その他の資産は凍結しているから無一文だがね」
「…………え?」

 なんか、思ってたのと、違う。
 体罰とか、懲役とか、神殿送りとか、縛り首とか、服毒とか、色々、色々あったはずなのに。

「もちろん君のこれからの人生は逆風に見舞われるだろう。しかし、君ならうまく乗り越えられるだろうさ」

 なんでこんなはなむけのようなお言葉を賜っているのだろう。

「まあ、この屋敷も売るなりなんなりすれば今後の資金くらいにはなる。信頼できる店の紹介状はこれだ。勤勉かつ堅実な君のことだ、一度金銭の扱いを覚えられたなら、途中で少女を一人拾っても不自由なく暮らせるはずだ」

 さりげない風でいて確かな助言である。最後が謎というか、とてもおかしな例え話だが。
 頭が真っ白なまま指し示された紹介状を開いたナタリーは、次の瞬間、ぽとりとそれを取り落とした。

「な、なん、で」

 拾おうとした手がぶるぶると震えている。目が、床に落ちた紙の上の文字を追ってしまった。やがて視界が滲んでそれすら読めなくなる。どういうことなのかさっぱりわからない。なぜ、なぜこんなものがナタリーの目の前に用意してあるのだろう。

「いい友を持ったものだ」

 グランセスはナタリーの動揺に、そうとだけ答えた。
 目の前で一人の少女の涙腺が決壊し、そのまま泣き崩れた。はしたないとは思わなかったし、咎める気もなかった。絶望ゆえではない慟哭に、瞑目して耳を傾ける。
 これが、グランセスがこの生徒にかけられる最後の温情だった。









☆☆☆









 数ヵ月後、王都ソラリア商会の戸が、不思議な少女二人組によって叩かれた。歳の離れた姉妹だという。平民服のわりに浮世離れした雰囲気を持っていた。
 二人は、外見はさほど似ていなかったが、見るものを和ませるような柔らかい笑い方はそっくりだった。
 紹介状を渡した後、名前を尋ねられて、姉妹は頭を下げた。
 まるで懺悔しているように思えるほど、心のこもった一礼だった。

「ナタリー・ウェルディです。こちらはヘレナ・ウェルディ。どうか、これからよろしくお願いいたします」














ーーー
アーロンの父親らしく抜けてる国王アイザック。
フォロー人員(兄)が向こう側に回っているとこうなる。

女臣は造語。意味はまんま女性の臣下です。それっぽいのがないのでかっこよさげな響きで書いてみた。

ナタリーは自分が切り捨てられたことではなく、レーウェンディア家、ひいてはヘレナのためにならないことから義父を国王に差し出した。ナタリーもまた立派なシスコンかもしれない。




ーーー
これにてⅢ章完結です。後日、閑話を投下する予定です。 
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