断罪のアベル

都沢むくどり

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満月の章 ダリアの黙示録

Stigma/権能羽化 10

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「何を躊躇っているのですか?」

「カイン様、僅かな言葉であなたの力は増すというものを」

「それでは貴方様の血肉となりえません」

「!?」

 いつの間にそばにいたのだろうか。

 クラリーチェがいれば事前に気づけただろうが、残念ながら今はカレンに抱かれている為、遠くにいる。

「さっきの子達、で合ってるよな?」

「はい、カイン様」

 返事をした少女は、一歩前へと進み出る。

 そして、ローブを外して顔を出した。

 銅色に煌めくその髪は、まるで川の流れを再現するように揺れる。

 服装はパンドラが来ていたような、宗教的な個性が溢れんばかりの刺繍が施された物で、パンドラのと比べると地味めな印象だが、それでもベルギウス帝国ではまず知られない、未知の服装だった。

「待ち伏せとは趣味が悪いな」

「大変申し訳ございませんでした」

「お初にお目にかかります」

「私はディーネ」

「続いてアレート」

「そしてメーラと申します」

「「「ダリア教団、黙示の賢人アポカリシアにおいては究明の名を持つ賢人、大司教ヘカテー様の元で動いております」」」

 他の二人もローブを外し、ディーネと名乗った子の両脇に並び立つ。

 同じ髪の色、顔も同じではないが似ている。

 三姉妹、と言ったところか。

「俺はカインじゃない、アベルだ」

「やはりお覚えで無いようですね」

 アレートは淡々と告げる。

「覚えも何も、知らないものは知らない」

「カインとはあなたのダリア教団における洗礼名、俗物時代のアルベール・ヴァルツァーに終わりを告げ、神の意思に従う使徒として迷える子羊を救済する意味を込められた聖なる名です」

 メーラもアレートと同じく、抑揚に乏しい声で返答をした。

「それで、一体俺に何のようだ」

「選ばれた民を救う為に、極秘戦争の生き残りである貴方様のお力をお借りしたいのです」

「選ばれた民…だと?」

「はい、我々は神に従う平等で格差の無い世界を作るために動いております」

 ディーネの説明に続き、しかしとメーラが続ける。

「教団の慈悲を理解せず、拒絶し、あろうことかその刃を教団に向けた畜生達は、それらすらも救おうとしたかつての教団、救済の使徒サンリエラを滅ぼしてしまいました」

 だから、とアレートが締めくくる。

「地上から邪悪の権化を一掃し、選ばれし聖なる民だけの楽園を築く。女神様と教皇様の理想の為、聖人と称された貴方様にお力添え頂きたいのです」

 俺がかつて聖人でダリア教団に身を置いていた?

「エラスムス様は全てを救おうとして愚か者に滅ぼされ、生き残った教皇様は選ばれた選民を導く救世主になる事を誓いました」

「カイン様、新たな歴史を切り開くためにも、ご決断下さい」

 知らない。

 俺には理解できない。

 故に、自然と紡ぐ俺の唇は、

「過去の俺が仮にそうなんだとしても、今の俺はただの騎士だ。そんな理解出来ない話、到底信じる事はできない」

 自然と拒絶をした。

 当然だろう?

 その教団の教皇、パンドラと名乗るソフィーに瓜二つの少女に俺は殺されかけ、挙げ句の果てに見に覚えのない記憶時代に聖人扱いされていた?

 そして良くもわからない勧誘。

 未知の領域を拒絶するのは人間として当たり前の事だ。

「カイン様、どうかお考え直しください。今のあなた様は思い出せないだけ。きっとすぐに記憶も戻りますから」

「………………………………くどい」

「我々とて貴方様を無理やり説得したくはないのです」

 ディーネとやらは、なぜか食い下がる。

 言動自体に焦りはあまり感じられないが、ほか二人と比べて俺を言葉で納得させようとしていた。

「ハァ……………………」

 しつこい勧誘にため息を吐いた瞬間だった。




「『エルザス…………………………』」

「!」

 目の前の三人ではない。

 ある程度離れた距離から微かに聞こえた力ある詠唱。

 俺に対する隠そうともしない明確な殺意。

「「「……………………」」」

 三人は、何かに気づいたように俺から散り散りに離れる。

 ハメられた!

「クソッ! 時間稼ぎだったか!」

 声のする先に振り返ると、獰猛な獣の形相をした女が、

「『フリーディオ』!」

 獲物を食い殺そうとする様に吼えた。

 瞬間、巨大な氷塊が出現したかと思うと破裂し、中に入っていた無数の氷の柱が飛来してくる。

「グブッ…………………!」

 それらは俺の肉体を潰し、骨を砕き、その内の一本は腹を貫通して俺を文字通り、地面に釘付けにした。

 痛みを感じるどころではない。

 ヒュー、ヒューと自身の喉から音が漏れる。

「あぁ、ようやく見つけたっっ!」

「ぅっ……………ぁぁぁっっぅ………………」

「ぼくへの教皇様からの寵愛を少しでも奪った異端者!! 痛みに苦しみ、己の罪を悔いながら地獄に落ちろッッ!!!」

 そいつは憎悪を煮込みに煮込んだような声で、右手に銀装飾のペンダント状の何かをジャラジャラと握り、空いた左手で俺に指を差した。

🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕
※更新大分遅れてしまいました。
 申し訳ございません。
 黙示の賢人、ようやく登場です。
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