上 下
25 / 36

25.私って馬鹿

しおりを挟む

 子供たちを連れ立って建物内に足を踏み入れると、そこには赤ん坊を寝かしつけるマザーがいた。マザーはこの孤児院を設立する上でお世話になった元教会のシスターで、今はここの院長をしていた。

「あら、もうきていたんだね」

 しゃがれた声で私に声をかけてきたのは、そのマザーで。私は頭を下げて挨拶をした。

「お久しぶりです、マザー。相変わらずお元気そうで安心しました」

「ははは。まあ寄る年波には敵わんが、それなりにうまくやっているよ。……そういや今日が訪問にだったねぇ。すっかり忘れていたよ」

「私が訪問したからといって、いつものスケジュールを変える必要はありませんよ。普段通りで構いません。……あ、そうだこれ……」

 私は呟きながら手に持っていた布袋を差し出す。マザーは受け取り、その中身を見た。

「ああ、野菜か。いつも本当に助かっているよ。ここ数年は子供たちの数もぐんと増えてねぇ…………運営もカツカツだから、食い扶持に困って仕方がないよ。本当にありがとうね」

「いえいえ、そんな。そもそも私が神殿に無理を言って立てた場所なんですから。私に出来ることならなんでも協力しますので」

「そうかい、ありがとう」

 マザーは皺だらけの手で私の手を包み込み、柔和な微笑みを浮かべた。
 

「ねえねえ、それそれ野菜だよね! 今日は具いっぱいのスープが飲めるってこと!?」
「わーい! いつもの具なしスープじゃないんだ! やった!」
「聖女さまありがとー!」

 周囲の子供たちは皆狂喜乱舞していた。
 その様子を見て笑顔を貼り付けながら思う。

(……本当ならお腹いっぱいの栄養たっぷりの食事を摂るべきなのに。どうして私はこうも無力なのかしら)

 私が出来ることといえば所持している金で子供たちの食事の差し入れをすることくらいだ。聖女てはあるが、実質的な権力など持ち合わせていない私は無力に等しかった。

 テオドルスに話せば、寄付だってしてくれるかもしれない。けれど私のお金でないため、無理強いすることはできない。

(それに、ただ差し入れを続けるだけじゃこの状況の解決には至らないのよ)

 今だって続々と貧民街へと人々が流れてきている現状だ。魔王台頭によって家や職を失った人はこの国に大勢いるのだから。
 
 まさしくこの孤児院にいる子供たちは皆、魔物などによって親を失った子が、捨てられてしまった子なのだ。何かしらの手立ては必要なのだと分かっているが、現状どうしようもないのも事実だった。

(そんな中でも誰一人死なせることなく運営できているマザーの手腕はすごいわ)

 すっかり物思いに耽っていると、マザーは私へと質問を繰り出した。

「そういばあなた、結婚したって聞いたよ」

「ええ……まあそうです……」

「しかも相手があの勇者様だっていうんだから驚きだ」

 マザーは揶揄うような口調で言葉を吐き出すが、その後ふと真剣な面持ちで考え込んでいた。不思議に思った私は思わず問いかける。

「どうされたんですか?」

「いやぁ、ちょっとね。…………新婚のあんたにはちょいと言いにくいことなんだけど…………勇者様はあんたを大切にしてくれているかい?」

 私は思わぬ質問に面くらう。
 最初は私に茶々を入れているのかと思ったが、マザーの表情を見るな否やその考えを取り消した、
 彼女はどこか思い悩んでいる様子で、私は問い詰める。

「…………なぜそんなことを? もしかして、何か知っているですか」

「ああ、まあね。……とはいっても見ちゃっただけなんだが。これをあんたに話してもいいのかどうか」

「教えてください。お願いします、マザー!」

 気がつけば声のトーンが上がり、前のめりになってしまっていた。私は心の中で思う。

(…………この様子から見るに、いい情報ではなさそうね)

 私の引かない様子を見て、マザーはあからさまにため息をついた。そして「もしかしたら気を悪くするかもしれないよ」と前もって注意をし、目線を逸らしながら口を開いた。

「私はその日、昔面倒見てた子──今は娼婦になった子なんだけど、その子の元を訪れる予定だったんだ。それでね、勇者様のことをねぇ…………その、花街で目撃したんだよ。それも以前てわけじゃなくて、その1週間前くらいに」

「え、」

 一瞬思考が固まる。
 けれど、マザーは続けた。

「それも一人ってわけじゃなくて、女を傍に抱いて連れ込み宿に入っていたんだよ。最初は他人の空似かと思ったんだけど、あんな金髪の美形なんてなかなかいないからね。それに私は前に偶然勇者様に助けられたことがあって、顔は知っていたんだ」

 心臓が嫌な音を立てている。
 冷や汗が止まらず、足元がぐらぐら揺れるようだった。けれどそれを外に出したくない気持ちが勝り、なんとか心を落ち着かせようと試みた。私は気力だけでその場に立っていた。

(…………あのときと同じだわ)

 思い出すのは一度目の人生の記憶。
 初めて彼の言動に傷つけられたあのとき。

 一度目の人生のとき、花街で彼を見つけて浮気を知ったときとまさしく同じたった。

(時系列もほとんど変わらない。…………やっぱり、何をしていてもあの人は浮気するのね。……いいえ、今回は結婚しているのだから不倫だわ)

 女の腰を抱いていたとなれば、ほとんど裏切りとして断定できるだろう。
 
(私のこと好きだっていったのも、ただのカモフラージュだったのね。……こんな簡単なことに騙されて、また傷ついて…………私ってほんと馬鹿)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方の側妃にはなりません。いっそ貴方の側近をやめさせていただくので。

天災
恋愛
 貴方の側近をやめさせていただくので。

愛しき我が子に捧ぐ

夜瑠
恋愛
政略結婚だと分かっていた。他に愛する人が居ることも自分が正妻に選ばれたのは家格からだとも。 私だって貴方の愛なんて求めていなかった。 なのにこんな仕打ちないじゃない。 薬を盛って流産させるなんて。 もう二度と子供を望めないなんて。 胸糞注意⚠本編3話+番外編2話の計5話構成

【完結】えっちしたことある回数が見えるようになったんですがわんこ系年下童顔騎士の経験回数が凄すぎて気絶しそう

雪井しい
恋愛
絶賛処女歴更新中のルーナはとある朝、人々の頭上に不思議な数字が浮かんでいることに気がつく。よくよく調べたところ、なんと今までエッチしたことのある経験回数を示したものだった。戸惑いを隠せないルーナだったが、いつも通り職場である酒場にて働いていると常連客である年下の童顔わんこ騎士のジェフとばったり会う。処女童貞仲間だと長年信じていたルーナだったが、ジェフの数字に度肝を抜かされることとなった。──11809回。それは誰よりも飛び抜けて多い回数で、衝撃を受けたルーナはジェフに対して不自然に接してしまう。そのことを疑問に思ったジェフはルーナを問い詰めるのだが、追い詰められたルーナがぽろりと秘密をこぼしてしまったところジェフの様子がおかしくなり──。【童顔わんこ系だけど実は腹黒の元遊び人騎士×真面目で初心な酒場の看板娘】全6話。 ※ムーンでも掲載してます

【R18】星の檻に囚われて~冷酷な王子は平民の花嫁に愛を知る~

染野
恋愛
太陽の国・ソルズ王国の辺境で、平民のミーアは父と二人で農業を営みながら貧しくも穏やかな生活を送っていた。 ところがある日、ミーアのもとに王室から一通の書状が届く。そこには、第一王子・リオンの妻として城に上がってほしいという信じがたい内容が書かれていた。 不釣り合いな縁談の裏にある思惑と、隠されてきた秘密、そして冷酷な王子との愛のない交わりにミーアは翻弄されていく。

宮廷料理官は溺れるほど愛される~落ちこぼれ料理令嬢は敵国に売られて大嫌いな公爵に引き取られました~

山夜みい
恋愛
「お前は姉と比べて本当に愚図だね」 天才の姉と比べられて両親から冷遇を受けてきたシェラ。 戦争で故国を失った彼女は敵国の宮殿に売られ虐められていた。 「紅い髪が気持ち悪い」「可愛げがない」「愛想がない」 食事は一日に二回しかないし、腐ったパンと水ばかり。 上司は仕事しない、同僚はサボる、雑用で手のひらも痛い。 そんなある日、彼女はついに脱走を決意するが、あえなく失敗する。 脱走者として処刑されかけた時、『黄獣将軍』と呼ばれる公爵が助けてくれた。 「強気なところがいいな。紅い髪が綺麗だ」 「君ほど優しい女性は見たことがない」 大嫌いなのにぐいぐい溺愛してくる公爵の優しさにだんだんと惹かれていくシェラ。 同時に彼女は自身のある才能を開花させていく。 「君ほどの逸材、この国にはもったいないな」 だが、公爵は一年前、シェラの姉を殺した男だった。 「なんでお姉ちゃんを殺したの……?」 どうやら彼には秘密があるようで── 一方、シェラを虐げていた宮殿では破滅が近づいていた……。

あいするひと。【完】

雪乃
恋愛
耳を塞いで目を閉じて、今日もわたしはあなたの名前をひとり呟く。 何度傷つけられても好きだなんて、どうかしてる。 わたしはこの恋の手放しかたを、忘れてしまった。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわR18。イラッときたら即リターン。私はすでにイラッとしてます(おい)

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

処理中です...