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17.疑惑
しおりを挟む「…………ぷっ」
けれどそんな私の疑惑を吹き飛ばすかのように、アリーナは唐突に噴き出したかと思えば腹を抱えて大笑いをし出したのだ。呆気に取られた私をよそに、笑いすぎで涙の滲んだ目尻を拭いながらアリーナは口を開く。
「ぜっっっったいに! ありえないわ! 私とテオドルスなんて太陽と月、天と地、砂糖と塩みたいなものなのよ!」
「そ、そんなに笑われるとは思いませんでした……」
たじろぎながらも伺う。
アリーナはしばらく笑い続けて、ようやく治ったかと思えば肩をすくめながら言い募る。
「だって彼、私のタイプじゃないもの」
「え、」
「私、もっと男臭くて武人って感じの人が好みなの。テオドルスみたいな何を考えているのかわからない優男なんて死んでもごめんだわ。……あ、そんな彼に選ばれてしまったあなたに同情したりしているわけではないのよ!」
アリーナは長い髪を指先に巻きつけながらどこか上機嫌だった。
見たところ、彼女が嘘をついている気配は感じ取れなかった。猜疑心が完全に晴れることはないが、直感的にアリーナの言葉は真実のような気がした。
(その話が本当なら…………でも、あの時の二人はたしかに恋人のように笑い合っていたわ。もしかして…………テオドルスの片想いってこと?)
深く思い詰めた顔をしていたのだろう。アリーナは私の顔を覗き込み、「大丈夫?」と心許なげに呟いていた。私は「ええ」と頷き、改めて彼女に向き直った。
「……お話が聞けて良かったです。アリーナ様のご来訪のことは主人にきちんと伝えておきますので、どうぞご安心ください」
「そうですね……お願いします」
少し言葉の節に棘が滲んでしまったのはもやもやとした感情が溢れ出してしまったからだろう。子供のような八つ当たりに自己嫌悪し、ますます心が気鬱になった。
けれど、 そんな対応をされたのにも関わらず、アリーナは優しい笑みを浮かべて私に礼をした。
結局アリーナとはそのまま帰宅することとなり、私は彼女を馬車の前まで見送った後、一人で部屋に籠っていた。
「…………本当、よく分からないわ。アリーナ様の言葉を信じるとするなら、何があったのかしら…………」
苦渋に満ちた一度目の人生を回想しながらぽつりと言葉をこぼす。
一度目と二度目でこのような差が出ることはあるのだろうか。今までやり直しを行なってきたが、このような差異を感じることはテオドルスの褒賞を除けば一度もなかった。ともするならば、一度目の人生とやり直しの人生、この二つは同じだと考えられるはずだ。
(……私は何か誤解している? でも、二人が結婚するのは事実。テオドルスのことも、アリーナ様のことも、本当に訳がわからない……)
理解不能なことが多すぎて、処理することが難しい。今にも破裂してしまいそうなほどの多岐にわたる情報の渦に飲まれた私は考えを放棄するようにベッドへと突っ伏した。
(……とりあえず、あとで彼にアリーナ様のことを伝えて探るべきだわ。思えばテオドルス様の周辺でだけ、いつもと違うことが起きているわね……)
柔らかなベッドに沈んだ私はこれから先のことゆ考え込むべく思考するも。ここ数日の疲れが一気に噴き出たのだろうか。次第に瞼が重くなっていく。
(……うっ、寝ては…………だめ、なのに……)
睡魔が襲いかかり、視界がぼやけていった。そして気がつけば私は居眠りへとで誘われていたのだった。
◆
「…………ラリサ」
「…………んんっ」
慈しむような優しい声に思わず身じろぎしながら瞼を開けていく。ぼんやりとした視界の中で初めて映ったものは、端正な男の顔だった。きりりと整えられた眉は髪とお揃いの金髪で、瞳の色は私の一番好きな深い青だった。
(…………この、神秘的な…………青が、とっても素敵だったのよね………)
寝起きの頭は働かなかったが、なんとなく思ったことを口にする。
「この色…………私は好き」
手を伸ばし、真っ青な瞳に触れようと頬に触れる。人肌の温もりが肌を伝わり、じんわりと中へと染み渡っていくようだった。寝ぼけ眼で目線を動かせば、こちらを見下ろす男と目線がかちあう。
彼はぐっと喉を鳴らし、顔全体を紅潮させながら顔を強張らせていた。
疑問に思った私だったが、気にすることもなく続ける。
「頬は赤くて、目は青くて…………綺麗ね」
「…………ぐっ、君はどうしてそんなことばかり…………だめだ、寝ぼけているだけなんだから手を出すなんて」
「どう、したの? …………いつもの、キス、して…………くれないの?」
彼はこの世界でただ一人の勇者で、私の愛おしい恋人だった。そんな大好きな人に自分を少しでも自分を見てもらえるように、私は甘えた声で呟いていた。
「……君は寝ぼけているんだ」
「何、言ってるの…………私、寝ぼけてなんて……ないわ」
「いいや、君は寝ぼけてて正気じゃない。きっと起きたら後悔する。キスくらい意識がしっかりしているときならいくらでもしてやるのに……」
「……? なに、いってるの…………」
言葉の矢先に最愛の彼は私の視界を覆うように瞼の上に手のひらを置く。真っ暗な視界の中で、どこか寂しげな声が耳に入る。
「…………俺にはそんな資格ないのは分かってるよ。でも、そんな俺でも…………君が欲しくて止められない気持ちがあるんだ、ラリサ。本当にごめん、君にどう償いをしたらいいのだろう」
テオドルスの声が遠ざかっていく。夢にしてはいやに現実味のある時間で。
寝ぼけた頭では言葉の今を理解することはできなかった。きっと次起きたときには忘れてしまうに違いない。
私はまた、眠りへと誘われていった。
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