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13.嫉妬の熱

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 テオドルスは私の閉じた唇をこじ開け、口咥内を蹂躙した。歯列をなぞり、ねっとりと上顎を擦られれば自然と鼻から息が漏れる。

「……んんっ、ぁっ」

 息苦しくなって鍛えられた胸板を押そうとも、無駄な抵抗で終わった。唾液が混ざり合う粘着音が馬車内に響き、下手をすれば見られてしまうような場所での卑猥な口付けに背徳感を覚える。

 ようやく唇同士が離れた頃には、すっかり気力を失ってしまい、テオドルスの膝の上で向き合うようにして抱かれていた。乗り上げるような体勢に加え、吐息が掛かるほどの顔の近さにぎゅっと瞳を閉じた。

「……限界?」

「……な、なんでこんなっ」

「別に」

 いつもとは異なるそっけない対応に疑念を抱いた私は一向に視線が重ならないテオドルスを凝視した。彼は気色ばんだ様子で眉の間を曇らせ、むっつりと押し黙っていた。

(なにか怒らせてしまったのかしら? …………さっきの会話から言ってもしかして──)

 記憶を辿り、テオドルスがヘソを曲げた原因を思い返す。一つ思い至ったことがあったが、わざわざ自分から口に出すようなことではないと黙り込む。
 すると何故かテオドルスは私の背中へと手を回し、まるで離さないと言わんばかりの拘束──もとい抱擁をしてきた。
 ちょうど彼の唇が私の耳元に近づき、今の今まで結んでいた口を開いて囁く。
 
「…………妬けるよ、ほんと」
 
 熱い吐息が耳元をくすぐり、全身が粟立ち、びくりと肩を揺らしてしまう。

「………………っ」

「ラリサ、君、エリックのことどう思っているの」

「え、エリックはただの幼馴染で──……~~っ!」

 話していることを知っているのに、テオドルスはわざと私の耳介に唇を押し当てる。そしてざらついた舌でなぞり上げたのだ。水音が直接耳を犯し、私は全身を震わせた。

「エリックは名前で呼ぶんだね」

「……それ、……っ、やめっ……っ!」

「俺のことはいつまで経っても呼んでくれないのに」

 背中に電流が走ったかのような刺激に思わず涙ぐみながら逞しい体へとしがみつく。テオドルスの話していることは半分しか耳に入らないほど、ぞわぞわと身体を侵食する悦楽に飲み込まれていた。

「……耳、弱いんだね」

 彼は呟くと共に、尖らせた舌先を私の耳孔へとねじ込む。より粘着質な音と震えるほどの刺激な脳を溶かし、口元から甘い声が漏れ出てしまった。

「……っ、ぁぁっ……!」

「可愛い。俺のラリサは世界で一番愛らしいね」

「……だめっ……それ、やめて下さいっ」

 涙声で訴える私に対してふっと鼻で笑ったテオドルスは一度舌を止め、私へと笑いかける。その微笑みとは裏腹に、瞳の奥には肉食獣のような凶暴な鋭さが滲んでいた。獲物を前にしていたぶるような微笑みに思わず腰が引けてしまう。

(……っ、こんな顔、前はしなかったのに…………)

 一度目の人生の彼は常に気遣いや、私を虐めるような真似をすることはなかった。まるで異なる雰囲気に怖気付いていると、テオドルスは再度耳元へと顔を寄せてくる。
 そして翻弄される私を見て楽しむような口調で囁いた。

「やめてほしいなら、呼んでよ」

「……ぇ」

「俺の名前。顔を見て言ってみてよ」

 心臓が先程以上の早さで脈打つ。どくりどくりと心臓の音色が耳にまで届くほどで、手のひらにはじんわりと汗をかいていた。

「ほら、呼ばないの? 君の声は綺麗だけど、通りやすいからね。きっと御者にも聞こえるだろうけど。それでもいいなら続けちゃうよ」

「……っ」

 ふっ、と息を吐きかけられふるりと腰をくねらせる。たったそれだけの刺激でさえ、私の身体は熱を灯していた。

 それは彼の纏う雰囲気が以前とはまったく別物なのが悪いのだろう。

(……それで何かが変わるわけじゃない。ただ名前を呼ぶだけなのに……どうして)

 私は思い口を動かし、喉を震わせながら言葉を吐き出す。

「…………ォ………ルス様」

「聞こえないよ」

「……て、テオドルス様」

 私が名前を告げると、彼は「……うん」と呟き表情を崩した。

「嬉しいよ、君が名前を呼んでくれるだけでこんなにも喜ばしい。俺は自分が幸せ者だって思えるよ」

「……それは言い過ぎです」

「本当だから」

 まるで子供のように無邪気に笑顔を向けてこられた私は不思議と泣きたくなるような気分になった。

(こんな些細な幸せがあのときずっと続いていれば……)

 過去を悔やんでも仕方がないと分かりきっているのに、それでも私の気持ちはあのときに縛られたままで。今の時間がひだまりのように温かければ温かいほど、離れたときに感じる寒さが堪えるのだ。

「好きだよ、ラリサ」

(嘘つき。それならなんで私を捨てたの?)

 愛の囁きに応えることもなく、私は彼の肩口に顔を埋めた。

 ──この温もりに浸っていたい。

 深く根付いた傷が癒されていく。その傷をつけたのはテオドルス本人だというのに。

(賭けに負けるわけにはいかない。彼を受け入れればまた同じような道を辿ってしまうもの)

 押し込められた気持ちが溢れ出してしまう前に、私は彼の元を離れなければならない。早く私が彼を受け入れ、愛することはないのだと分かってもらわなければならない。
 私は奥歯を噛み締め、決意を固めるのだった。
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