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11.チャンスと教会
しおりを挟む「分かり……ました。受け入れます」
「よかった。正直に言えば、君の心が伴っていないのに無理に抱くのは忍びなかったからね」
そう言って元の優しげな表情で笑うテオドルスは身体を起こした。私も背中に手を添えられ、身体をおこす介助をしてくれる。
テオドルスはそばに置かれていたガウンを手にし、私の方へとかける。
「……あ、ありがとうございます」
剥き出しだった肌が覆われ、ほっと一息をつく。テオドルスは「どういたしまして」と告げ、そのままベッドへ横になった。左側を空けているのは、案に私の寝るスペースを作ってくれているのだろう。
(なんだか少し、気恥ずかしい気がするわ)
先程までの火照った体はとっくに覚めていたが、今から共に眠るというだけでも動悸が激しくなる。
「……どうした? ……ああ、その辺に散らばってる衣類は明日、メイドたちが片付けるから心配いらないよ」
「そうですか……このお屋敷、広いですもんね」
私はまるで恋人同士のような距離感から脱したくて軽い口調で口走る。
するとテオドルスは頷きながら話す。
「そうだね。陛下から賜ったものだけど、俺だけで使うのは正直勿体無いって思ってたから。本当、ラリサが来てくれて良かったよ」
甘く艶やかな声に私は思わず動揺した。テオドルスがどういう意図で甘やかし、口説いてくるのか理解不能だ。うまく受け流せればよかったが、私はそれほど鈍感に立ち回ることは出来なかった。
「ほら、ここ。おいでよ」
そう言ってぽんぽんと枕を叩く。
口籠もり、どうすべきか惑う私に対して彼は続ける。
「今日から夫婦になったんだ。一緒に寝てくれないなら、やっぱり襲ってしまおうかな」
「……っ、寝ますから」
私は身を横たえ、テオドルスの横へと収まった。すぐ隣には眉目秀麗なテオドルスの顔があり、どうにも身体が強張ってしまう。
(…………緊張してるのかな、私。あのときは何度も一緒に眠ったのに)
久しぶりの共寝に違和感を覚えるも、私の瞼は次第に落ちて行く。結婚式の疲れもあったが、側にある人肌の温もりは孤独だった心を暖めていくようで。
「…………絶対に君を守るから」
熱のこもったテオドルスが私の顔を見てつぶやいていることも知らず。私は心地よい眠りへと引き込まれていくのだった。
◆
朝、私は王都の外れにある古びた教会へと足を運んでいた。
聖女として各地域の教会を回るという使命があり、今日の午前中は以前からその訪問を予定していたのだ。ここに来るのは1ヶ月ぶりで、懐かしい気持ちが込み上げてくる。
そこは国の中でも最大の規模を誇る大聖堂に比べらば明らかに小さく、貧相な場所だった。けれど私にとっては馴染み深い教会でもあった。
「まさかラリサが結婚するなんて思わなかったよ。聞いたとき、びっくりしすぎて顎が外れるかと思ったのよ」
そう話す女性は私の昔からの大親友であり、この教会でシスターを務めるヘレンだった。
「私の方がびっくりだよ……正直心が追いついていかないかも」
「まあそうだろうね。褒賞として結婚でしょ? 私だったら絶対逃げる。好きでもない人と結婚するくらいなら、逃げ出して犯罪者になった方が断然マシよ」
ズバズバと過激な発言をするヘレンは長い手を組み、むっつりとした面持ちで語る。ヘレンは昔から男勝りな性格で、私はそんな彼女の影に隠れるようにして幼い頃は過ごしていた。
私とヘレン、そして幼馴染であるエリックは3人ともこの朽ちかけとも言える教会で兄弟のように育った。だからこそ互いに何でも話せる家族のような仲で、私にとって一番信頼できる友人といっても過言ではないのだ。
「そういえばさ、エリックはなんか言ってたの? あいつも勇者様のパーティーメンバーだったんでしょ」
「うん。エリックは意外と最初から乗り気だったの。……多分、彼──勇者様のことは旅の中で信頼にあたる人だと思ったんじゃないかな」
「それでもさ! 戦の報酬でもないのに、流石に話したこともないような女性を物みたいにするなんて……納得できない。ラリサの気持ちはどうなるのって思っちゃう! その勇者様もどういうつもりでラリサを褒賞に要求したんだろう」
ヘレンはむっつりと唇を結び、不機嫌な面持ちで押し黙った。私は「ヘレン……」と小声で名前を呼び、苦笑いを浮かべる。
(……私のために怒ってくれてるのよね。本当にヘレンは優しい人。一度目のときも、私をいっぱい励ましてくれた。大神官様と相談して療養を勧めてくれたのもあなただった)
唯一無二の親友を見て思わず顔を綻ばせてしまう。対してヘレンは目を瞬き、頭を傾げながら言う。
「なあに? 突然笑って。変なラリサ」
「ううん、ちょっとね。ヘレンが優しくて嬉しくなっただけだから」
「まあそうよね。私はこの教会を守るシスターなんだし、優しくて気高い女なのよ!」
冗談を言い合っていると、シスターの取りまとめ役でもある中年女性がやってきたため、そこで世間話は終わることもなった。
司祭やシスターたちと話をし、この教会を訪れた信者の悩みをひとしきり聞いたあと、私は仕事を終えることとなった。
「それじゃあ、ヘレン。迎えの馬車が来てるから」
「うん。いつでも待ってる!」
手を振り、私は馬車へと取り込もうと出口へと向かったところ。
「……っ! なんで……」
「ラリサ。迎えに来たよ」
そこには貴公子然とした優男──テオドルスが待っていた。
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