上 下
5 / 30
第一章 ドラゴンを退治しようぜ!

5 襲来する影

しおりを挟む


「異世界転移…………あぁ、異世界を題材にしたジャンルのこと? そういったものには生憎、詳しくないの。地球から知らない世界に来た人達が他にもいるなら総称が必要だと思って付けただけで、別に他意はないわ」
「そ、そうか……ええっと、それで、その……」

 頭が混乱して言葉に詰まる。質問が上手く纏められない。

「聞きたいことがあるのは分かるわ。でも、一旦落ち着いて。……そうね、近くに街があるから、そこでちょっと休憩してからの方がいいかも」

 俺の動揺っぷりに不安になったのだろう。心配そうに気遣われてしまった。


 一緒に並んで目的地へと向かう。街は少し先にあるというので歩いて行くことにした。

「ふぅ……」

 この身体で走れば、すぐの距離ではあるけれど、今はゆっくりと歩きたい気分なので風景を楽しむことにした。

「ちょっとは、落ち着いた?」
「……あぁ、まあ、なんとか。歩いている内にちょっとだけだけど」
「無理はしないでね。……わたしも、最初はそうだったから」

 そう言って、何処か遠くを見つめた。過去を思い出しているのだろう。
 どこか憂いを帯びている、その横顔に胸が少しドキっとした。

「心配してくれて、ありがとうな。……ええっと……」

 そこでハッとした。そういえば名前を聞いていなかった。
 まぁ、初めての出会いがアレだったし。その後の会話が衝撃的過ぎて意識の片隅に追いやられていたからなんだけど。

「エンでいいわ。どうせ自分のことなんて分からないんだから」

 穴ボコだらけの記憶の俺と同様。自身の名前も分からないので好きな作品のキャラクターから名前をとって【エン】と名乗っているという。


 エンとは、不老不死の呪いを受けた少女が呪いを解くために旅する物語【Wish?】の主人公と共に旅を続ける炎の魔女の名前。
 そのキャラクターがお気に入りなのだと嬉しそうに教えてくれた。
 転移者は必ずしも主人公の姿になるわけではなく、好きな作品の好きなキャラクターへなるのだろうか。

「それじゃあ、俺はカケルって呼んでくれ」
「分かった、貴方の名前はカケルね」

 その流れで、俺もカケルと名乗った。

「……なんか、一番大好きなキャラクターの名前で呼ばれるって、こそばゆいというか恥ずかしいというか……」

 勇者カケルは俺と違ってしっかりものの真面目で、自分が名乗るのはおこがましい気がする。だからといって、違う名前にしようとすると何だかしっくりとこない。

 違う名前を考えてはみたが。合わないパズルを無理矢理はめ込んでいるような謎の違和感があって、どうにも嫌になる。

「……ふふっ。確かにそれは、なんとなく分かる気がするわ」

 互いに少し恥ずかしくなりながら笑い合う。


 ────そんな穏やかな空気を台無しにしたのは、地に大きな影を落としている存在。それは頭上で悠々と羽ばたいていたが、やがて勢いよく着地。

 突風と衝撃が俺達にぶつかってきた。

「きゃあぁっ!?」
「うわっ!?」

 巻き上がった土埃や小石が身体に容赦なくぶつかってくる。

「大丈夫かっ!?」
「心配はいらないわ。でも、あれは一体……」

 一瞬の暴風が晴れたそこには、我が物顔で鎮座する一匹のドラゴン。身体の位置をずらし、こちらを狙って臨戦態勢を取っている。

 どう見ても明らかに襲いかかってくる気だ。

「……嘘だろ。何でアイツがここにいるんだよっ!?」
「あの魔物を知っているの!?」


 全身が真っ黒な鱗で覆われた。王冠にマントと首飾りを着けている巨大なドラゴン。血走った眼は敵意に満ちている。

「チョウワル────イ!」

 蝙蝠を思わせる大きな翼を広げ、殺気を孕んだ独特な咆哮を二人に向けて放った。

「イセテンのラスボス! 魔王チョウワルイだっ!!」
「……名前が鳴き声ってまんま過ぎでしょ……」


 カケルは真剣な表情で剣を。エンはちょっと呆れながらも杖を身構えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

処理中です...