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ドキドキ大浴場

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(シバも一緒だけど、結局はアックスと一緒にお風呂に入るってことだから、いい……のかな。)
 3人黙って背を向けながら着替えをする。
 とりあえず、最初はかかり湯のくだりか、と考えながら服を脱ぐ。
 そして先程説明を受けた通り、薄手の黒い上下の服を着てタオルを持つと振り返った。2人とも着替えは済んでいるようで、3人揃って浴場へ向かう。

(服を着て湯に入るって、なんか変な感じだな。)

 風呂は脱衣所から風呂の入り口まで、小さく穴の空いた床が続いており、水はけが良い作りだ。
 そして今着ている服は任意であり、着ても着なくても良いということだが、着た場合は上がってから脱衣所にある入れ物へ濡れたまま入れて良い。
(だから床が少し特殊なのか……。)
 配慮された作りの大浴場に関心する。そして、軽くてサラッとした着心地の服を触った時に、ラルクの顔が思い浮かんだ。
(あの時は、専用の服がある事自体忘れてた。今夜ラルクさんに教えてあげないと……。)
 そう思いながら水風呂の方へ足を進めると、アックスが話し掛けてきた。
「滑ってこけるなよ。」
 そう言ってアックスが俺の手をさりげなく取る。しかし、すぐにシバがその手を払い、黙ってスタスタと前を行く。
(なんでこの2人、仲悪いんだよ。)
 こんな設定はゲームで描かれていない。唖然とする俺だったが、シバの行動について考え、あることに気付いた。
(もしかして、まだ早いってこと?!)
 お助けキャラであるシバが手を離すように払いのけた。つまり俺とアックスはまだその段階ではないということだろう。俺は今までのシバの行動にやっと納得し、彼の後を追った。

 浴場独特の蒸気が立ち込める中、例の水風呂の前にやって来た。そして、冷たそうだな……と思い躊躇っていると、横からザバッと水の音がした。
(は?)
 慌てて横を見る。そこには冷水を肩から掛けるシバの姿。あまりに冷たかったのか、そのポーズのまま固まって動けなくなっていた。
「アインラス様!」
「……。」
「こちらへ来てください。浸からないと。」
 俺はシバの腕を取って急いで温かい湯へ連れていく。一緒に湯に浸かり、出ている肩に少しずつ湯を掛ける。
「もう、あれは水風呂ですよ!冷たかったでしょう!」
 俺は心配し、思わず母親のような口調になった。
「熱くはないですか?」
 俺の問いかけに頷くシバに安心する。
「ああ、良かった……よく温まってください。」
ふぅ……と一息ついたところで、俺は今の状況を整理する。
(あ、本当ならアックスが主人公に言うセリフ……俺が全部言っちゃった。)
 ゲームの会話をそのままシバとしてしまったことに焦る。しかもシバが主人公側だ。
 そして目の前には、いつのまにか湯に浸かったアックスがこちらを見ていた。
「アインラス殿、浴場は初めてか?」
「……初めてだ。水の風呂なんてものがあるんだな。」
「熱い湯の後に入ったら最高だ。」
 シバは、信じられないといった顔でアックスを見ていた。

 バタバタと事件はあったが、心地よい温度の湯に皆黙って目を瞑って大浴場を堪能していた。
 水風呂含め3つの湯舟がある浴場。俺達はもう1つの小さい方へ浸かってみる。感想を互いに話しながら、アックスがぽつぽつと俺に世間話を振った。
「セラは風呂が好きなのか?」
「はい。街の浴場にも父とよく行ってたみたいです。」
 記憶が無いため分からないが、広くていろんな風呂があると父が言っており、いつか行ってみたいと思っていた。
「あそこか……。そういえば、ずいぶん行ってないな。」
 その後も、アックスが街の浴場について教えてくれるのに返事をする。シバは会話に入るでもなくじっと目を閉じていた。
(自分と攻略キャラとの会話をお助けキャラに聞かれるって、ちょっと変な感じだな。)
 シバはずっと黙っている。
(いや、ぼーっとしてるだけで聞いてないかも……。)
 シバのことは気にせず、俺はアックスとの会話に集中した。

「だいぶ温まったし、こっちもどうだ?」
 アックスが、水風呂にも試しに入ってみようと提案してきた。
 俺は正直水風呂が苦手だが、最終チェックという名目で風呂に入っているため、試しに少しは入らなければならないだろう。迷いなく入っていくアックスの背を追いかけ、片足をゆっくり浸からせる。
(ひ、冷たっ!!無理無理無理……)
横を見ると、シバも俺と同じく片足をつけてから動かなくなった。アックスは気持ちよさそうに肩まで入り、ふー……と息をついている。
(人間じゃない……!)
 俺はアックスに若干恐怖を覚えながらも、シバに聞いてみる。
「もう足は入りましたし……水風呂はこれでいいですよね?」
「……十分だ。湯に浸かろう。」
 俺とシバはそそくさと温かい湯舟に向かった。

「はぁー、気持ちよかったですね。」
「そうだな。」
 シバは初めての浴場を気に入ったようだった。仏頂面な表情は変わらないが、その頬は湯によって火照って赤くなっており、何だか可愛らしい。
 今は3人で休憩所に座って休憩している。最初はギスギスしていたシバとアックスも、最後には普通に感想を言い合っており、俺はイベント関係なく楽しいと感じた。
 今回はシバと3人で風呂に入ることになったので、ゲームとはかなり違う流れになった。しかし意外にも会話選択はほぼクリアしている。
 それに、おそらくではあるが、俺とアックスは今から2人きりになるはずだ。なぜなら、主人公がアックスに宿舎まで送ってもらった後、部屋に電話が掛かってくるのだ。電話の相手はシバであり、彼は「執務室に寄ってから帰れと言っただろう。」と怒りを含んだ声で主人公を叱るのだ。
 アックスとのお風呂に緊張してすっかりそのことを忘れていた主人公は、慌てて文官棟へ走っていく。
 ドキドキ混浴エピソードから、最後はコメディーな音楽とともに『チャンチャン♪』といった感じで終わったストーリーに、おいおいと笑ったのを覚えている。
(後は何らかの用事でシバが先に帰って、俺がアックスと宿舎に帰る流れに……、)
 俺はシバが先に帰るのを待っていたが、横から声を掛けられた。
「マニエラ、帰るぞ。」
「一緒にですか!?」
「文官棟へ戻るんだから、当たり前だろう。」
「そ、そうなんですが、」
「では、私達は先に失礼する。」
 シバはアックスに礼の形を取ると、俺を引きずるようにして大浴場を後にした。

「私はダライン様に報告がある。君はここで今日の感想をまとめたら帰って良い。」
「はい。」
 そう言って部屋から出て行くシバ。
 俺は紙に感想や改善点を書きながら、今日のイベントを振り返った。
 アックスとは帰れなかったけど、最後は別に会話選択も無いただの茶番だ。
(最後のオチのために一緒に帰っただけだよね……?)
 俺は自分の心の安定の為に、深く考えるのを止めペンを走らせた。

「ラルクさん!朗報です!」
 俺は家に着いてすぐにラルクに電話を掛けた。
 父は同じ部署の人達と飲み会だと言っていたため、部屋には俺しかいない。
「どうしたんですか?」
「大浴場、専用の服があったんですよ。だから安心して一緒に入れますよ!」
「え、本当ですか?!良かった~。」
(よし、ひとまず解決だな!)
「楽しみですね。」
「あ!待ってください…!」
 ラルクが大きな声を出し、何か問題でもあったのかと続きを待つ。
「身体に張り付く服の方が、もっとエロいんじゃないですか?」
「あー……。」
 そこは盲点だったと、俺は何も言うことができなかった。

 俺は冷たい風を感じながら、シバの住んでいる宿舎へ向かっていた。今日は平日最終日であり、明日明後日は休みだ。久々にシバに誘われ、今夜俺はここに泊まることになっている。
「マニエラ。」
 ドアベルを鳴らすと、中からシバが嬉しそうに出てくるーーとは言っても、その顔は無表情だ。俺にしか分からない程度、少しだけ目が生き生きとしている。
「遅れてすみません。出る前にラルクさんと会って話していました。」
「彼はまた泊まりに来ているのか。」
「はい。明日の朝、早くから父と出掛けるみたいです。」
 シバには、ラルクと父が仲が良いという話を既にしていた。シバは彼と会ったことが無いらしく、最初は頻繁に泊まりに来ることに関して「大丈夫なのか?」と何かを心配していたが、実は……と、ラルクと父が良い感じであると伝えると、驚きつつも納得していた。
「君の父親やラルク殿にも、いつか会えるだろうか。」
「え、会いたいんですか?」
「……機会があれば。」
 俺は失礼ながら、意外だと思ってしまう。シバは交友関係を広げたいタイプではないと思っていた。
「あ、続きはリビングでしましょう。」
 玄関で話し込んでいては迷惑か……と俺は靴を脱いで中へ入った。

 中は空気が温まっており、手足がジーンとする。
「外とは大違いですね。暖かいです。」
「暖炉の方で温まるといい。外は冷えただろう。」
 シバが、荷物を机に置く俺の横から手を伸ばして、頬に触れる。
「んッ、」
「やはり冷たい。」
(ずいぶんスキンシップが上手くなったな。)
 本を読んだ時に、試してみたいと言っていた『さりげないボディータッチ』を完全にマスターしているシバ。もう練習は必要ないだろうが、2人きりの時にはこうやって触れてくる。
(嫌じゃないからいいけど。)
 俺はスリ……と撫でていくシバの指を大人しく受け入れていた。
「台所借りてもいいですか?」
 指が離れていくタイミングでシバに尋ねる。
「仕事で疲れているだろう。無理しなくても何か出前でも頼めばいい。」
「アインラス様はどっちがいいですか?」
「私は……君の手料理の方が、好きだが。」
「……っふふ。作るつもりで来てるので、大丈夫ですよ。」
 可愛い返答に思わず笑ってしまったが、シバは気分を害した様子もなく「ありがとう。」と素直に伝えてきた。
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