白狼は森で恋を知る

かてきん

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後日談・番外編

リアンナへの新婚旅行1

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「ミア、また手紙が来ているぞ。」
「ありがとう。エドガーから?」
「この気持ちの悪いマークは…あいつからだな。」

今日は仕事が思ったよりも長引き、愛しい伴侶が待っているというのに遅くに帰ることとなったガイアス。そんな自分を玄関で明るく迎え軽食を用意してくれたミアの前に座る。そして、執事から受け取った彼宛の手紙を渡した。

「確認せずに、あいつのキスマーク部分に触れてしまった…。」
「ははっ、エドガーも面白いことするよね。でも、もしかしたらアスマニカでは手紙にこういうマークを付けるのが流行ってるのかも。」
「いや、あいつだけだろう…こんな奇妙なことをするのは…。」

ガイアスは自分の指先を見ながら、異様にキラキラしたエドガーの顔を思い出し軽く身震いした。
エドガーとミアが友人関係になったあの日から、ガイアスの屋敷には頻繁に手紙が届くようになった。最初の頃は、異様な速さで返ってくる返事にミアが負担に思っていないかと心配したが、その内容をガイアスに話している時のミアの表情は明るく、今ではベッドで手紙の話を聞くことがガイアスの楽しみの1つになっていた。

「わぁ~、今回も分厚いね。ガイアスがお風呂入ってる間に読もっと。寝る時に何が書いてあったか話すね。」
「ああ。」

手紙の内容のほとんどは、アスマニカの剣舞に関する知識や雑学。毎回ミアが食いつきそうな話ばかりである。自分の伴侶宛てに、明らかな好意が込められた手紙が届くのを良しとする気はないが、ミアの気を引こうと必死な姿勢と健気さに、ガイアスはエドガーに対し少し哀れみのようなものを感じていた。



風呂から上がると、ミアは宣言していた通りにベッドの上で手紙を読んでおり、ガイアスの姿が見えるとすぐにそれをサイドテーブルの上に置いた。真ん中に座っていた体勢から、少しずれたミアの横に座って2人分用意した飲み物を手渡す。

「今回の手紙ね、リアンナについて書いてあったんだ。」
「そうか。ああ、前回の返事で『旅行を計画している』と書いたんだったな。」
「そうそう!観光名所とオススメのお店の名前に、地図まで送ってくれたんだ。」

「友達思いだよね!」とにこにこ顔のミアを見ていると、胸にクッとくるものがあった。

(あいつ、見た目に似合わず健気な男なんだな。)

確かに現在、リアンナへの旅行を計画してはいるものの、それは確定とは言えない。ガイアスは休みを申請中であり、今は許可が降りるのを待っている状態だ。
自衛隊には様々な理由で休みを申請することができ、結婚後1年以内であれば5日間の『結婚休暇』を取ることができる。任意であり義務ではないものの、長期間休むことの難しい自衛隊では、大半の者がこれを取得する。そしてガイアスも例外ではなくその権利を有効に使うこととした。
ミアも来年から任せられる仕事がさらに増えるとのことで、このタイミングで2人で旅行に行かないかとガイアスが誘ったのだ。
ミアは狼であり、他国に入るのに許可も必要がない。そして転移をすればいろんな国に好きに行くことが出来るが、国外に宿泊となれば国王アイバン及び次期国王カルバンの許可がいる。そしてミアへの許可さえ下りれば、伴侶であるガイアスも通行証なく他国に入ることができる。

「ふぁ…。」

小さくあくびをしながらポスンとベッドに横たわるミアに気付き、ガイアスも隣に寝そべると、尻尾がふわっと揺れた。

「手紙見てたら早く行きたくなってきたなぁ。…父上と兄様が良いって言ってくれたらいいけど。」
「もしリアンナが無理なら、サバル内でどこかに泊まろう。ミアに見せたい場所が沢山ある。」
「うん!…ありがと。」

小さな身体がガイアスの方に近づき、身体に手を回す。本人は抱きしめているつもりだが、体格の差からペタッと張り付いているようにも見える。その様子にフッと笑いながら、ガイアスはピンと立っている白い耳に手を添えた。

「…ッう。」

小さく揺れた身体に気付かないフリをして撫で続けるガイアスに、ミアが上目遣いに尋ねる。

「…明日は朝早い?」
「いつも通りだが…少し遅めに行っても大丈夫だ。」
「本当に?」
「ああ。そういう日は『代わりに自分が作業をする』とマックスが言っていた。」

ガイアスとミアの事で迷惑を掛けたマックスは、許されたにも関わらず罪悪感がまだ残っているようだ。自ら隊長を手伝うと言い出した彼にたまには仕事を与えようと明日は少し遅めに出勤することを決めた。

「だから夜更かしできるぞ。」
「えっと、えっちな意味で言ったんじゃないけど…その、」
「俺はそういう意味で言ったんだが。」
「…ガイアス。」

照れてしまい目の前の大きな胸に顔を埋めるミア。その耳はピコピコと期待で動き、尻尾もふさふさと揺れている。

(あまり笑っては、ミアが機嫌を損ねるかもしれない。)

せっかく可愛い狼が不器用に誘ってきたのだ…それが無しになっては自分も辛い。感情が丸分かりな伴侶への愛しさで笑みが零れそうになるのを堪え、ガイアスは目の前の耳にそっと口付けた。





・・・・・

「え!!本当に行っていいの??!」
「良いとさっきから言っているだろう。」

あれから数日が過ぎ、仕事の為に机に向かっていたミアの元へ、兄であり第一王子であるカルバンが現われた。そして「リアンナ滞在の件だが、行ってくるといい。」と淡々と言ったのだ。

「絶対に反対されると思った…。」
「私はいつも頭ごなしに否定はしないだろう。ミアがきちんと事前に話せば了承している。」

ミアをじとっと見つつそう言ったカルバンは、「ただし条件がある」と人差し指を立てた。

「宿泊先にはイリアも同行させる。」
「は?!やだよ!!!」
「それが無理ならこの話はおしまいだ。ガイアスに行けないと伝えておけ。」
「やだ!!!」
「…どっちなんだ。父と私に頭を下げた程だ。行きたいんだろう?」

はぁ…と溜息をついたカルバンに、ミアは「うぅ~」と唸りながらもコクリと頷いた。





「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「留守の間、屋敷を頼む。毎日夕食前に、ミアと共に様子を見に来る。」
「「かしこまりました。」」

頭を下げて返事をする執事と、その後ろに並ぶ使用人達に見送られ、ミアとガイアスは念願のリアンナ旅行へ出発することとなった。
ガイアスは執事とメイド長に、出発前の最終確認を行っている。

「ミア様、耳と尻尾は隠されましたね。旅行中も油断してはいけませんよ。」
「……。」
「ミア様はよく汚されるので、ハンカチは余分に入れております。お金は最低限しか入れておりませんので、足りなくなったら取りに帰るんですよ。」
「……。」
「リアンナはこちらより寒いですから、少しでも肌寒いと感じたらすぐガイアス様に言って下さいね。」
「…あのさ、子ども扱いしないでってば。」

ガイアスの屋敷から共に転移すると決めたため、こうしてミアの従者であるイリヤも見送りに参加しているのだが、ガイアス側の大人な見送りとは逆に、こちらは子どもが遠足にでも行くような注意事項ばかり。
この会話を聞かれては恥ずかしいと、小声でイリヤに「これ以上はやめて」と言いつつ、チラチラとガイアスの様子を窺う。すると視線に気付いたガイアスがミアに視線を向けた。

「ミア、行けるか?」
「うん。…皆、お土産楽しみにしててね。」

にっこりとほほ笑む使用人達に手を振り、ミアとガイアスは揃って姿を消した。



エドガーの地図やオススメのお店の情報を元にイリアが作った所謂『旅のしおり』に従い、人のいない路地に現れた2人は、空気の違いに他国に来たことを身体で感じた。

「わ、少し肌寒いね。」
「そうだな。遠征で来た時より寒いようだ。…サバルとは気候が全く違うな。」

1年を通して暖かい日が多いサバル国に比べ、リアンナ国は気温が低い時期が多い。しかし年に3か月程は暖かく、今はその終わりの時期とあり、日陰である現在の場所は夏の装いでは身震いしてしまいそうだ。
ミアもガイアスもこの国を訪れたことがあったが、ミアは王族として城へ呼ばれたのみ。ガイアスも比較的気候の落ち着いていた時期に訪れていたため、驚いていた。

「とりあえず街の中心に出ようか。」

ガイアスの声で、2人は街へ向かって歩き出した。

「エドガーが用意してくれた地図、すっごく分かりやすいね。」
「イリア殿のメモもさすがだ。どう回ったら効率が良いか書いてあって助かる。」

2人の共作ともいえる『しおり』を頼りに、ミアとガイアスは街を見まわった。サバル国は厳格という言葉が似合う石造りの建物が多く、狼の住むシーバ国は白くつるりとした建物と自然が融合する開放的な国だ。ここリアンナ国は、カラフルな色使いの建物が美しく、活気ある雰囲気だった。

「俺、緑色の建物って初めて見た!」

光の指す場所に出ると寒さは幾分かマシになり、歩いていると身体も温まってきた。
そして、まだお披露目会をしていないリアンナ国では、サバル国と違ってミアを知る者が少なく、いつも通り視線は感じるものの取り立てて騒がれることはない。2人はリラックスしながら雰囲気の違う景色を堪能した。

「お昼を食べるなら『この店』だと書いてあるぞ。」
「肉の絵が書いてある!早く入ろう!」

ガイアスの腕を引き、店内に入り店員に案内されるまま2人掛けの席に着く。お昼には少し早い時間であるにも関わらず店には多くの客がおり、ここがかなりの人気店だと分かる。
この店は熱いプレートで自分の好きな食材を焼いて食べる仕様であり、ガイアスがメニューをミアの方へ向ける。

「あ、肉の3種盛りだって!美味しそう。」
「ではこれを頼もうか。…海鮮もあるな。ミアはどれがいい?」
「エビと貝が好き。」
「いいな。他はどうする?」
「あっちのテーブルで麺を焼いてるの見える?あれ食べてみたい。」
「分かった。」

ガイアスはスッと手を上げ、ミアのリクエストした全てを注文した。

「ねぇ、俺ばっかり選んじゃった。ガイアスの好きなのは?」
「俺が好きなのは……ミアかな。」
「えッ…!」

(ど、どうしたんだろ。こんな冗談言うなんて珍しい。)
目を見て言われ、ミアの顔がポポポ…と熱くなる。

「…あの、お飲み物はお決まりでしょうか?」

2人してバッと振り向くと、先程注文を取った店員が近くに立っていた。どうやら飲み物を頼んでないことに気付き、後ろで待っていたようだ。

「あ!…えっと、ガイアスお願いッ。」
「ああ…。では、これを2つ。」
「かしこまりました。」

炭酸の効いた飲み物の名前を復唱し、サッサと去っていく店員。その後ろ姿が厨房に入るのを確認したところで、ガイアスがミアへこそっと耳打ちした。

「自分で思ってるより、この旅行で浮かれているみたいだ。」
「…へへ。」

少し耳の赤いガイアスを見て、自分の伴侶はなんて可愛いのだろうと、思わず頬が緩んでしまうミアだった。
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