白狼は森で恋を知る

かてきん

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第2章 白狼と秘密の練習

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昼食が終わり、少しした頃、自室の扉から執事の声がした。

「ガイアス様、ミア様が玄関にお越しです。」
「今行く。」

自室から階段を降り玄関へ向かうと、今朝別れたばかりのミアが立っていた。
周りにはミアの訪問を聞きつけた使用人達が集まってきている。

「昨夜はお土産ありがとうございました。」
「初めて見るお品でとっても美味しかったです。」
「良かった。また持ってきますね。」

メイド達が緊張しながらもミアに礼を述べた。


ミアは、にっこりと笑いながら返事をしていたが、歩いてくるガイアスの姿を見つけると、手を振って声を掛ける。

「ガイアス!準備できた…?」

明るい声で話し出したミアだったが、最後の声は小さくなっていく。
疑問に思ったガイアスが「ん?」と様子を伺うと、目線は服を追っていた。

「か、かっこいいね。騎士みたい。」

サバルの正式な服装は昔騎士が存在していた時代から受け継がれている。ミアのお披露目式でも着ていたものに似た黒のかっちりとした上下には、白く細かい模様が肩や袖に入っている。ベルトと靴は光沢があり、全体を華やかに見せていた。
髪は短いながらも後ろへ少し撫でつけられ、男らしい大人な印象だ。

式の時も素敵だと思ったが、あの時はミアに余裕がなく、じっくりとガイアスの正装姿を見ていなかった。
じぃーっと見ながら「わぁ~。」と頬を染めるミアに、ガイアスも少し照れくさくなってくる。

「褒めてくれてありがとう。ミアも素敵だ。」
「ありがと…。」

今日のミアは、ザ・王宮スタイルといった服装だ。
白いゆったりとした上下はいつも通りだが、腰や首に金のアクセサリーがついており、髪型も少しセットされていた。長い襟足を結んだ部分に金で花を模した飾りがつけられている。

そんな2人を眼福とばかりに凝視するメイド2人を後ろから軽く突いたメイド長が声を掛ける。

「お戻りはいつになりますか。」
「そうだな、夕食前には戻ると思うが。」
「では、用意をしておきます。」
「頼んだ。」

ガイアスは最後に自分の姿をもう一度確認し、手土産と思われる袋を持ってミアに向き直る。

「よし、行こう。」
「うん。」

2人は玄関から姿を消した。
残された使用人達は、「いってらっしゃいませ。」とにこやかに頭を下げた。





「ここは?」
「正門だよ。ここから入って応接室まで行くんだ。」

初めて見るシーバ国の王宮。厳格な雰囲気漂うサバル国の城と違い、白と金が基調とされており開放的で明るい印象だ。
レンガでも石でもない、つるりとした建物は一体何で出来ているのか想像できない。

「こっちだよ。」と歩いていくミアに付いて歩いていると、門の前に着いた。

「ミア様、今日はどうなさったんですか?」

ミアの姿を見つけた若い男の狼は、耳をピンと立てながら嬉しそうに話しかけてくる。さすが門番、尻尾を振りたいのを必死に抑えているようだ。

「今日は父上に挨拶に行くんだ。」
「陛下に、ですか…?」
「うん。俺の…恋人を紹介するから。」

言いながら横にいるガイアスをチラッと見る。門番の男もその視線につられた。

「………え。」

門番の男の耳が急にへちょっと倒れた。尻尾は元気なくうなだれている。

「えーっと、通っていい?」

「…もちろんです。おめでとうございます。」

沈んだ声でもしっかりとお祝いの言葉を言う男は、ガイアスをちらと見る。
その顔には「羨ましい」とはっきり書いてある。

(この男には悪いが、ミアは俺のものだ…。)

自分の目の前で失恋した男に軽く礼をすると、門を通り過ぎた。



ここに来て分かったことがある。ミアは『物凄い』人気者であるということだ。

廊下を歩いているだけでも、すれ違う狼全員が嬉しそうにミアに話しかけてくる。
今もミアを見るやいなやパッと顔を赤らめ「ミア様!」と頭を下げる男に軽く手を挙げている。

(よく今まで何もなかったな…。)

ミアは、「ここの王宮で働く狼はみんな礼儀正しいんだ。」と得意げだ。実際はミアに話しかけたいだけだろう、彼らの視界からガイアスは完全に除外されている。

(多分、護衛か何かと思われてるな。)

狼に関しては、ミア以外イリヤしか見たことのなかったガイアス。他の狼の反応を見て改めてミアが特別に魅力的な狼なのだと実感した。



「ここが応接室だよ。」
「分かった。」

最終チェックとしてお互いの服が乱れてないか確認する。
ガイアスに手を伸ばして、少し折れた襟を直そうとしていたミアが話しかける。

「緊張してる?」
「あぁ、少しな。」

「よしよし、リラックスしような。」

そう言ってミアが目を軽く瞑った。ガイアスは、ふっ、と笑ってその唇に自らの口を寄せた。

「何やってるんですか。」

「うわっ!!」
「わぁああッ!」

横から声がし、2人は驚いて顔を離した。
そこには従者であるイリヤが眉を寄せて怪訝そうに2人を見ている。

「急に出てくんなよ!てか今声かけるか、普通。」

「普通をミア様に説かれるとは思いませんでした。あなた達、普通は陛下と殿下の待つ応接室の前でキスはしませんよ。」

「すまない。」
「なッ…これには訳があるんだ。」

「はぁ、どうせミア様が緊張をほぐしてあげる、とか言って迫ったんでしょう。自分がしたかっただけのくせに。」

「おい!やめろ!」

(キスしたかったのか…。そういえば昨日の夜も今朝もしていなかったな。)

「ガイアス、もういいから入ろう。」

「あなた達がなかなか入ってこないから、こうしてわざわざ迎えにきたというのに…。さて、ご案内しますから、お二人は付いて来てください。」


ガチャ

イリヤによって開けられた扉を通ると、明るい部屋の中、目の前のソファに腰掛ける2人の狼がいた。
1人は少し前にサバルの城で挨拶をしたアイバン王だ。

「おお!ミア、ガイアス、やっと来たな。」

黒い耳を立てながら、アイバンは明るい声で2人に声をかける。
その横でムスッとした態度を隠しもせず腕を組む灰色の狼。その尻尾は無遠慮にバシバシとソファを叩いている。

(この方がカルバン第一王子か…。)

ガイアスを今にも殺しそうな目でじっと見るカルバンは、イライラとしており足をカタカタと揺らしている。

(俺は相当嫌われてるんだな…。)

「まぁ、座りなさい。」
「はい。」

ガイアスは自分で思うよりも緊張しているようで、手がしっとりと湿っているのを感じた。
しかし、ここで臆してはいけない…気を引き締めて挨拶をする。

「サバル国自衛隊第7隊隊長のガイアス・ジャックウィルと申します。この度はご挨拶の機会をいただき、ありがとうございます。」

「こちらこそ。さぁ、茶でも飲みながら話そう。」

和やかな笑顔で返すアイバンとは違い、カルバンはまだ一言も発さない。じっとガイアスを観察しているようだ。

「サバルの名物を持ってきました。お口に合えば良いのですが。」

「おお、ありがたくいただこう。どれどれ、お!これは酒に合いそうだな!」

肉と魚を干し、スパイスを掛けたサバルの飲み屋では定番の品だ。

「陛下はお酒を好まれると聞いておりましたので。」

「おお~、よく分かってるなぁ。今日はこれでシナと飲むか。」

「…。」

カルバンは腕を組んだままチラっと土産を見た。表情は変わらない。

「お!これはカルバンにか?ナッツの蜜漬けとは、大好物じゃないか。」

うりうり、と腕をつつくアイバンと、顔をしかめたままのカルバン。

「好みを聞いて用意するなど、子どもでもできます。」

「兄様、さっきから失礼な態度取らないでよ。」

見かねたミアがムッとした声で言う。

「失礼ではない。私は今、お前の兄としてこいつがミアに相応しいか見定めているんだ。」

「そんなこと…兄様が決めることじゃないよ!」

「ミア、大丈夫だ。」

怒るミアを小さい声でなだめ、ガイアスがカルバンの方を向く。

「私はミア様のご家族に私達の仲を認めていただきたい。許してもらえるまで、何回だって通うつもりです。」

「なんだと?何回も会えば認められるとでも?」

尻尾は相変わらずバシバシとソファを叩き、こめかみには青筋がたっている。

「君は知らないかもしれないが、ミアには各人間国の王族や、狼達からも求婚が絶えない。ミアを幸せにできる者が他にいるかもしれないとは思わないのか?…今まで大切に守ってきた弟だ。相応しい者と結ばれて欲しい。お前もミアの幸せを願うなら…」

「兄様!!!」

あまりにひどい態度にミアが怒りを露わにして立ち上がる。尻尾は逆立ち、グルルと喉を鳴らしそうな勢いだ。

ガイアスは自分も立ち上がるとミアの肩に優しく手をかける。

「ミア様に求婚依頼が来ていることは知っています。しかし、私は『俺なんかが』と引き下がることはしません。選んでくれたミア様の側にいて恥ずかしくないような自分でいます。…そして、他の誰よりもミア様を愛し、幸せにする自信があります。」

カルバンの目を見てはっきりと言い切った。

ミアはボッと顔が茹でダコのようになる。
カルバンとアイバンは、真剣な顔でその言葉を聞いていた。



「今の言葉、忘れるなよ。」

しばしの沈黙の後、静かな声で言うカルバン。

「はい。」

曇りなく返事をしたガイアスに、カルバンは息をひとつつく。

「はぁ…まだ正式に認めたわけではない。が、話してみぬことにはどんな心の持ち主かわからん。」

「兄様…。」

「とりあえず、選んできたという菓子をいただこう。」

カルバンは腕にある石で通信を送ったようで、すぐに従者が現れ手土産の菓子を持って出ていく。


少しして従者がトレーを運んで来た。
皿に綺麗に並べられたチーズと薄いクラッカー、その上に土産のナッツとドライフルーツが乗っている。

「これはつまみにもいいな。」
「昼間からはやめてくださいよ。」

カルバンが父を軽く諫める。

「頂こう。」

カルバンは優雅にそれを摘まむと1口で食べ咀嚼する。その顔は、平然としているが、実は頬が緩みそうになるのを必死に堪えている。

「どれ、私も1つ。」
「俺も食べる!」

盛り上がる親子の声に紛れて、カルバンがガイアスに話しかける。

「…これはどこで買ったんだ。」

「これは元自衛隊の男が作っているものです。数が少ないので決まった場所では売らず身内の者のみに販売しているようです。」

「何…?買うことは出来ないのか。」

ふむ…と考えるように腕を組んだカルバン。

「彼は友人なので、もし購入されたい場合は連絡しますが。」

カルバンは何かと闘うように唸っていたが、少ししてガイアスをチラ、と見た。

「また来なさい。…手土産にその蜜漬けを忘れないように。」

「承知しました。」
「兄様、図々しいな!」

「本当にな~。さっきまであんなにガイアスをいじめてたのに。」

親子が揃ってカルバンを非難した。



それからの時間は、カルバンがまるでお見合いのようにガイアスを質問攻めにしていたが、王に予定が入ったことでミアが送り届けることとなった。

「ミア、彼を送ったら10分以内に帰ってきなさい。」

「えー!なんで!」
「…話がある。早く行きなさい。」

なんだよ…と言いたげな顔をしながら、ミアがぶつくさ文句を言う。
それを笑ってみているガイアスにカルバンが声を掛けた。

「ガイアス、まだお前達の交際を許したわけではない。しかし、私の最初の態度はあんまりだ。すまなかった。」

「いえ。」

「本当に大切な弟なんだ。もう1回話をしよう。そこで決める。」

「承知しました。」

ガイアスは頭を下げ、カルバンは自分の表情を隠すように手を口元へ持っていった。

「じゃあ、送ってくるね。」

ミアがガイアスを見上げ目が合うと、2人はスッと消えた。
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