白狼は森で恋を知る

かてきん

文字の大きさ
上 下
16 / 77
第1章 白狼は恋を知る

16

しおりを挟む
この棟は、特別な式の際の観覧席として他国の王族やこの国の政治関係者が座るために作られた特別な建物だ。

(警護のために何回か出入りしたことはあるが、まさか自分が警護される側になるとはな。)

少し妙な気分で棟の中に入っていくガイアスだった。

下部分は会談の際に使われる応接室や、控室などがあり、式が始まるまでは応接室で待つよう言われる。

「…あの、隊長はなんで今日ここにいるんっスか?」

この棟の警備にあたっている自分の隊の部下マックスが「今日は休みだったんじゃ…」と聞きにくそうに尋ねてきた。

「午前中休みを取って式を見に来た。」

「そうじゃなくて、俺が聞きたいのは『招待状を誰から貰ったか』ってことっス!」

「ああ、それは言えないな。」

「なんでっスか~!あ、遠征のご褒美に王から貰ったんでしょ!」

「おいおい、恩賜のための謁見はまだだ。何か月か遅れて遠征に参加した班がつい先日帰ってきたばかりだからな。おそらくまだ先になるだろう。」

「え~、まじで謎っス。」
「そのうち言う…かもしれない。」
「今聞きたいんス!」

「てか招待状持ってるなら言ってくださいよ~」とボヤく部下に、お前に伝えたところでどうなるんだ、と不思議に思う。

「そういえば、昼からは大丈夫なんスか?」
「午前休だからな。昼からは働く。」

「なら良かったっス。…あ、そろそろ上に上がるみたいっスね。」

数人を先頭に、上へと向かう階段を上がっていく。

指定された席に着いたところで、自分の隊の隊員が何名か警備のために配置されていることに気づく。皆驚いたようにガイアスを見たが、すぐに前を向き仕事を続ける。

そして、ちゃっかりとガイアスの横に立つマックスは、ガイアスの動きから何か情報を得ようと企んでいるようだ。
今もガイアスをじっと観察している。

「ジェンは下で警護の指揮だったな。」

「そうっス。副隊長には悪いけど、俺ここの警備で良かった~。城前警備が一番大変そうだったっス。」

第7隊の副隊長であるジェンは、ガイアスが自ら自衛隊に引き抜いた人物だ。

学校で出会った時から、ずば抜けた身体能力と剣の腕に圧倒された。
卒業してからは、ガイアスは自衛隊へ、彼は植物学者になるために専門的な学部へ進学した。
そしてガイアスが若干21歳で隊長になった時には、ジェンを引き抜こうと研究室へと通った。
最初は難しい顔をしていたが、剣が元々好きだったこともあり、最後に首を縦に振ったジェンには感謝しかない。
一般の隊員として入隊し、その後はみるみる頭角を表し遠征が始まる数か月前には副隊長となった。
今ではガイアスをしっかり支える、居なくてはならない存在だ。

(ジェンには申し訳ないことをしたな…。)

ガイアスが休んでしまったことで、ジェンへの負担が増えてしまったことに少し罪悪感を覚える。

「あ、カーテン開くみたいっスよ。」

目の前の赤いカーテンが左右に開かれ、城のバルコニーが見えた。

(まだミアはいないな…。)

バルコニーには式を取り仕切る数名と警備の者のみだ。



「あ、始まるみたいっスね。」

しばらくして大歓声と拍手の音が鳴り響いた。
王を先頭に出てきたラタタ家に、この棟でも拍手が起こる。
ガイアスはミアをじっと見つめた。

今日のミアはまさに王族といった出で立ちで、輝いている銀の髪や白い耳は、光を受けて神々しいとすら言える。

(綺麗だ…。)

素直にそう思っていると、どの席からも「なんと美しい…」「あれがラタタ家の狼…」と呟く声がし、皆身分の高い者でありながら、口をあんぐりと開けて凝視している。

例になくガイアスもじっと見つめていたが、席に着いたミアが何かを探すようなそぶりをし始めた。左右を見て前を向いたと思うと、下から順にガイアスを探しているようだった。

(まだ席に着いたばかりなのに、もう俺を探しているのか…。)

キョロキョロと、控えめにではあるが視線を彷徨わせるミアが愛しくて可愛い。
そして目が合ったと思ったら、左手の人差し指と中指を前に2回倒してきた。

ふっ、と表情を緩めながら同じ仕草を返してやると、気のせいか嬉しそうに笑った気がした。

「あ、ミア様がなんか可愛いポーズしたっスよ!隊長見ました?!」

「ああ。」

(あれは俺に向かってしてるからな。)

「ミア様、すっごい美人ですね。いや、美人って言っていいのかな。なんか天から来たみたいっス。」

「そうだな。」

「リース様も可愛いっスね~!ミア様に似てるけど、癒し系っていうか…。わ、サーシャ様も噂に違わず凄い美人っスね。あの方はカルバン様かな。本にあった通り彫刻みたい…かっこよすぎるっス!」

「お前やけに詳しいな。」

「俺、今日で一生分の運を使い果たしたかもしれないっス…。」

うっとりと前を向くマックスは「今日は人生最高の日っス~!」と大げさに喜び、また軽口をたたく。

「もし俺がミア様と付き合えたら」おい、お前はちゃんと仕事をしろ。」

たとえ想像でも、ミアを汚されたような気がして思わず突っ込んでしまったガイアスであった。





・・・・・

ミアの挨拶も無事終わり、他もつつがなく進んでいく。

昼を過ぎ、王による締めの言葉が終わると、最後はサバル国の剣舞でフィナーレとなった。

かしこまって座っていたミアだったが、この時ばかりは立ち上がり、バルコニー前の方へ出ていく。
ラタタ家の他の者も、みんな手すりの近くまで集まった。

大きめの剣を横に持った25人の自衛隊がズラッと並ぶ姿に、ミアは興奮して食い入るように見る。

金属でできた鎧甲が頭から胴体を覆い、顔は見ることができない。
それ以外の部分は黒い革でできた光沢のある服で、赤と黒のベルトや布が装飾としてつけられている。
足のふくらはぎ辺りまである赤いマントは、舞った時に美しくなびくのだろう、と想像できる。


太鼓と笛の音が始まる。

しばらくすると、今まで人形のようにピタッと止まっていた男達が剣を鞘から抜き取る。
ブオンと音がしそうなほど速く力強い動きは息を忘れるほど美しく、ミアは見ているだけで胸が熱くなる。

全体を見るように注意していたミアだったが、一人の男の動きを目で追ってしまう。

猛々しく振り下ろされる剣の動きや、それとは逆に繊細な剣さばき。
彼は以前自分が見た男と同一人物であると確信した。
現に、今もミアの目を捉えて離さない。


わぁあああああ


歓声が剣舞の終わりを告げる。

25人の隊員達はその場にピタっと立ち、剣を直していく。
ミアが目で追っていた男は、軽く剣を払う仕草をして鞘へと納めた。


ミアは思わず息を飲む。
その動きはガイアスがいつも剣をしまう時にする動作だ。

以前、その動きについて聞いた時、「祖父から聞いた話だが…」と、理由を教えてくれたことがある。

ガイアスの曽祖父は、若い時に戦争で戦ったことのある人で、『剣を扱う時、亡くなった仲間や命を奪った人間の魂が自分を覆っているような気分になる。』と言っていたそうだ。
剣を収める時には、そのドロドロとしたモノを払い落とし戦いを忘れたいと、剣を払うような仕草をするのが習慣になった。
そんな曽祖父の意志を祖父も、それを聞いたガイアスも忘れないよう、今もこうやって剣に纏う魂を払っているのだ。


(俺の憧れの人はガイアスだったのか…。)


歓声の中、去っていく自衛隊の男達を見守るとラタタ家も後ろへと下がる。
王が最後に締めの挨拶をし、会場は大いに盛り上がった。



控室に戻り何かを考えているミアに、兄妹達が話しかける。

「おいミア。式は終わったから、もう着替えていいぞ。」

「剣舞が見れて良かったわね~。」
「ミア、お疲れ様。」

「ねぇ…剣舞をしてた人達の控室ってどこ?」

ミアが静かに問いかける。

「……おい、まさかと思うが行く気じゃないだろうな。」

こめかみに青筋を立てながら、カルバンが問うが、リースがすかさず答えた。

「目の前の棟の1階だよ。」
「おい!リース。」
「あら。」

「後で戻る。」

それだけを言うとヒュンと消えてしまったミア。

察しの良いリースは「頑張れ。」と小さくエールを送ったが、その頭を兄にガシッと掴まれる。
恐る恐る後ろを振り返ると、兄が眉をこれでもかとしかめさせて、リースを見下ろしていた。



挨拶が終わった王と話をしていた父アイバンと母シナが、子ども達のいる控室に入ってきた。

「あれ?ミアがいないな。」

「…ミアなら、用があると一旦帰りました。」

明るい声で問う父アイバンと、暗い声色で答えるリース。そして後ろからリースを睨むように立っているカルバン。
そんな2人をニコニコしながら見守っているスーシャの図は、少しおかしいが誰もつっこまない。

「そうなのか。今日はパーティがあるからな。それまでに戻れば問題なしだ。」

仲の良いサバルの王と飲めるとあって、今からワクワクとしている父はいつもより寛大だ。

「アイバンが今日、飲みすぎないといいんだけど。」

「…母上、それは無理でしょう。」
「よね~。」

「俺は誰にも止められん!」

はっはっは、と笑う父を見ていると、カルバンはミアへの怒りが少し削がれ、はぁー、と諦めたように息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

【短編ホラー集】迷い込んだ者たちは・・・

ジャン・幸田
ホラー
 突然、理不尽に改造されたり人外にされたり・・・はたまた迷宮魔道などに迷い込んだりした者たちの物語。  そういった短編集になりはたまた  本当は、長編にしたいけど出来なかった作品集であります。表題作のほか、いろいろあります。

銀の王子は金の王子の隣で輝く

明樹
BL
不幸な王子は幸せになれるのか? 異世界ものですが転生や転移ではありません。 素敵な表紙はEka様に描いて頂きました。

主人公に「消えろ」と言われたので

えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。 他のサイトで掲載していました。

【BL】できそこないΩは先祖返りαに愛されたい

ノルジャン
BL
バイトを次々と首になり、落ち込んでいる時に住んでいたアパートも追い出されてしまったハムスター獣人のイチロ。親友のタイセーの紹介で住み込みの家事代行のアルバイトをすることになった。同じ小動物の獣性を持つ雇い主と思いきや、なんとタイセーの紹介してくれた雇い主ラッセルは先祖返りで巨体のヘビ獣人であった!しかもラッセルはアルファであり、イチロはオメガ。ラッセルに惹かれていくイチロであったが、イチロはオメガとして欠陥があった…。巨体のヘビ獣人アルファ×愛されたいハムスター獣人オメガ。 現代風獣人世界。 ※男性妊娠、不妊表現があります。※獣人同士の性描写があります。 ムーンライトノベルズでも掲載。

【本編完結済み】朝を待っている

BL
幼い頃に父を亡くし、母子二人で暮らしていたオメガの太一。しかし最愛の母も中学生の頃に他界し、親戚の家で肩身狭く暮らしていた太一だったが、高校に入学したその日に運命の番いと出会ってしまう事に……。 淡々とゆっくり進む高校生同士のオメガバース話です。 *マークはほんの少しモブレ未遂の表現がございますのでご注意ください。 本編完結済み。

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...