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-第4章- 家族と未来

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「あしゃひ~リリのよこにきて~!」
「だめ~! こっち~!」
「二人はいつも一緒だろ? アサヒ兄さんは僕達の横に座るんだ」
「兄さんに間に来てもらおう」
 今日の昼食は家族皆で取ることが決まっていたため、全員が食堂に集まった。
 しかし、弟四人が食事の席順を決めるのに揉めたため、着席までずいぶんと時間がかかった。
 普段はこのように喧嘩になることはないのだが、誕生日という特別な日に近くに居たいと、上の弟二人も争いに参加した。
 イヴァンは昼食はこうなるだろうと予想していたのか、諦めた顔で「早く決めろ」と言う。
 結局、俺の両サイドに上の弟二人、そして目の前にララとリリが座る形で落ち着いた。そしてテーブルには、またしても俺が好きそうな料理が並んでいた。
 屋敷で出てくる料理はどれも美味しく、俺は特に好みなど気にしていなかった。
 しかしイヴァンは、日頃の俺の反応などから好みを把握しているのだろう。
 悔しいが、こうやって俺のことを知ろうと努力してくれているイヴァンに、また惚れ直してしまった。

「はい、これプレゼント!」
 食事が終わってお茶を飲んでいると、ルーサが俺の前に箱を差し出した。
 いきなりのことで驚くが、イヴァン達の父とルーサからのプレゼントらしい。
 その箱を開けると、折り畳みナイフが入っていた。
「え、これ……ナイフだよね?」
「視察が多くなってきたでしょ? 護衛用の武器が必要だと思って」
 かなり軽く小さいナイフだが切れ味は抜群とのことで、ルーサも同じ物を持っているらしい。
「ありがとう。うん、これを使う日が来ないといいけど」
 女の子からこんなに物騒なプレゼントを貰うとは思ってもみなかった。礼を言う俺の顔は、少し困っていたかもしれない。
 そして、シータと弟達も俺に包みを手渡す。開けると中には白い寝間着が入っていた。シータのお気に入りのお店のようで、手触りが最高なのだという。弟達からは、寝巻きと同じ生地で出来たハンカチだった。
「わぁ、手触りがすごく気持ちいいね」
「それは楽しみだ」
 触るだけで高級だと分かる品に触れ、俺が弟達に感想を伝えると、イヴァンが意味ありげに笑った。
「これはあしゃひのよ! いばんのじゃないよ!」
 ララがイヴァンに抗議すると、勝ち誇ったように笑いながら、大きな手で小さい頭を撫でた。
「いばん、きちゃだめよ!」
 そんなイヴァンの態度に、リリも口を酸っぱくして着ないようにと注意していた。
 アルダリもプレゼントを用意しているらしいが、ここでは渡せないと言って、後日受け取ることになった。
 絶対に、怪しい贈り物である。俺はその言葉に深く突っ込まず、とりあえず礼を言っておいた。

「着替えたらイヴァンのとこに行くね」
「ああ」
 昼食後、部屋で眠るコタロウを見ながらゆっくりしていた俺達だったが、そろそろ出掛けるというので立ち上がって一旦お互いの部屋へ戻る。
 今日は二人きりで外泊する予定だ。しかし全てのプランはイヴァンが考えており、俺には何も知らされていない。
 ただ、服装に困るだろうと、夕食は外で食べるということだけ聞かされていた。
「いよいよこの服を着る時が……!」
 少し緊張しつつ、クローゼットに掛かっている真新しい服に手を伸ばした。
「よし、できたけど……これでいいのかな?」
 服を着替え、洗面台で軽く髪をセットする。
 ナラに習った通り、髪を後ろに少し流してみたが、どうだろうか。自分では随分と大人びて見えるのだが……
 そして、今回一番重要である指輪の入ったケースを、小さく体にフィットする鞄に入れた。
「よし。あとは、良い雰囲気になったら、これを出してプロポーズの言葉を、」
 頭の中のシュミレーションが終わり、よしっと気合を入れてイヴァンの部屋へ入った。
「イヴァン、準備できたよ」
「アサ、」
 椅子に腰掛けて待っていたイヴァンが俺を見て固まる。 そのまま全身を下から上までじっと見られ、俺は居心地が悪い。
「何? もしかして、似合ってない?」
 イヴァンは無言で椅子から立ち上がり、俺の前まで来ると、いきなり耳の後ろに手を回してキスをしてきた。
「んむッ、」
 いきなりのことに驚いている俺に、イヴァンは唇を離し、じっと目を見てくる。
「凄く素敵だ。似合っている」
 そう言ってまた口を近づけると、音を立ててキスをして離れていった。
 イヴァンの顔は少し赤く、珍しく照れているようだ。
 こんな表情をされた俺は、少し自惚れてもいいんじゃないかと自信がついてきた。
「そんなに?」
「ああ。似合っている。あと、そうだな、アサヒが今日を楽しみにしてくれていたんだと思うと、嬉しくてな」
 そう言うイヴァンも、俺の着ている服に近い恰好だ。
 白のシャツに、同系色の刺繍が上品にあしらわれた黒いジャケットと黒いパンツ。
 見覚えのないこの服はどうやら新品のようだ。
「イヴァンもかっこいい。俺の為にありがとう」
 素直に魅力的だと伝えると、また軽くキスをされた。
「では行くか。屋敷前に馬車が来ている」
「うん!」
 俺は元気よく返事をして、イヴァンにエスコートされるまま馬車へ乗った。

 馬車は俺達の住む町を抜け、どんどん離れていく。
 俺はどこに行くのか知らないため、イヴァンにいつ着くのかを尋ねた。
「あと十五分くらいだ」
 意外と近い場所である。
 しかし、窓から見える景色は地面と緑しかなく、この近くに泊まれる場所などあるのかと疑問に思った。
 外を眺めて建物を探していると、少ししてある森の入り口に着いた。
「ここで降りるぞ」
「あ、うん」
 馬車から降り入口に近づくと、看板があり矢印が書かれている。
 そこから看板通りに少し進むと、大きな広場が見えた。
 あちらこちらに美しい花が植えられており、森の緑がその空間を取り囲む塀となっている。
 そして広場からは数本の道が伸びており、その先には部屋の番号が書かれた看板が設置してある。
 どうやら奥は宿泊用コテージのようだ。
「今日はここに泊まる」
「凄いね。綺麗な場所」
 イヴァンは、キョロキョロと辺りを見回す俺の手を取ると、さっそく庭を抜けて一つのコテージの中へと入る。
 俺はその中を見て、思わず声を上げた。
「わぁ……!」
 中はそこまで大きくなく、俺が以前住んでいた森の家程だ。しかし、その内装はまるで違う。
 アイボリーと茶色で暖かい雰囲気の部屋には、繊細で美しいデザインの家具が置かれ、奥にある大きなベッドには天蓋がかかっている。
「凄く素敵な部屋だね」
「アサヒの家に似てるだろ?」
 俺のかつてのあばら家は、今では国が保有する森の中にあるため、もう立ち入ることはできない。
 その報告を王から受けた俺が少し寂しそうにしていたのをイヴァンは覚えており、こうやって森を感じられる場所を探してくれたのだろう。
「イヴァン、ありがと」
 目頭が熱くなり、ぎゅっとイヴァンに抱き着くと、後ろに手が回り、優しく背中を撫でられた。

 しばらくして俺が顔を上げると、イヴァンは部屋の外へ出てみようと提案してきた。
 ここへ来た時には、他の客はいないのかと思ったが、何組か宿泊客がいるようだ。皆このガーデンに驚きながら、部屋へと続く道を歩いている。
「あ、池がある!」
「本当だな。しかもあの気持ちの悪い水草が生えている」
 イヴァンはその感触を思い出したのか、ぶるっと身体を震わせた。
「美味しいのに」
 そう言いつつ、久々に見た浅瀬に生える水草を指でつついた。
「あちらも歩こう」
「うん!」
 二人で森を探検する。道は宿泊客用に補装されており、足場がしっかりとしていて歩きやすい。
 森の草木を見るのは久しぶりだったが、その名前や特徴はしっかりと覚えていた。
 不思議な植物を見つける度、「これは何だ」と聞いてくるイヴァンに、俺は得意げに説明をした。

 広場へ帰ると、さっきまで何も無かった場所にポツンポツンとテーブルと椅子が並べられていた。
 白いテーブルと座り心地の良さそうな椅子。楽器も用意されており、食事中に音楽を楽しむことができるのかもしれない。
 今日はここで夕食を取るのだとイヴァンに説明され、特別な夜になりそうだと楽しみに思った。

 部屋に戻りくつろいでいると、外が暗くなってきた。それとともに森全体に明かりが灯り、幻想的な雰囲気になる。
 俺が窓からそれを眺めているのに気付き、イヴァンが窓辺にやって来た。
 後ろから抱き込まれるような形で静かに明かりを見る。
 ふいに、これは良い雰囲気なのでは? と察する。プロポーズするなら今だ。
 手の届く範囲には俺のカバンがあり、イヴァンの注意を引き付けている間にこっそり取れば良い。
「あのさ、」
 後ろを振り返り声を出したと同時に、お腹から大きな音が鳴った。
「あ……」
 人生で一番大事な瞬間に、そんなぁ……
「はは、俺も腹が減ってきたとこだ。広場に行こうか」
 イヴァンは少し笑うと、手を取って立ち上がった。
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