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第三章 白狼と最愛の人

白い花の秘密

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「ねぇ……ガイアスさんは、いつからミアのこと好きだったの?」
「初めて会った時からです」
「「きゃ~!」」
 シナとスーシャ、カルバンの妻・メルがガイアスを囲んで騒いでいる。
 今、ラタタ家全員が揃った夕食の席では、緊急帰国したスーシャがガイアスを質問攻めにしていた。
 そのどれもが、二人の馴れ初めやどんな生活をしているのかというもので、ミアは恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
「「ぱぁぱ……?」」
 きゃっきゃと談笑する女性陣とは違い、ズーンとした雰囲気のカルバンは、両隣に座る子供達に心配されていた。
 ガイアスは挨拶の時とは違い本当に落ち込んだ元気のない姿に申し訳ない気持ちになる。
「すみません」
 思わずそうガイアスが声を掛けると、顔を上げたカルバンが慌てて返事をした。
「いや、君がミアに対して真剣だということは伝わっている。結婚も反対ではない。ただ、少し……頭を整理する時間が必要なんだ」
 今日の食事会がどうなるかと冷や冷やしていたリースとカルバンの妻、そしてスーシャの婚約者は、てっきりカルバンが怒り出すものと思っていたため少し拍子抜けだ。
「君の事は、良い男だと分かっている」
 安心したガイアスが質問攻めの輪に戻っていくと、カルバンは再び覇気のない姿でうなだれていた。

「じゃあ、告白はどんな感じだったの?」
「告白はミアからしてくれました。その時の言葉は今も覚えてい、」
「ガイアス! それは言わないで!」
 素直に全てに答えるガイアスの口を、ミアは慌てて手で覆った。

 大いに盛り上がった夕食会も終わり、ミアとガイアス、そしてリースが並んで部屋へと歩いていた。ガイアスは今夜、ミアの部屋へ泊まることになっている。
「ねぇミア、今から部屋に行ってもいい?」
「ん? いいよ」
 ミアの部屋の前で、リースが尋ねた。
「中で待ってて」
 そう言って去ったリースは、小さい何かを持ってミアの部屋へと戻ってきた。
「これ、早めに渡した方がいいと思って」
 ソファに座るミアとガイアスの前に、小さな小瓶が差し出された。
「何これ? 中身が透明だけど」
「前にミアが持って帰った白い花があるでしょ。成分が分かったから伝えようと思って」
 森の奥に生えていた、狼の耳のような小さい花を思い出す。ガイアスもそれが何なのか気になっており、興味深げに瓶の中の液体を見る。
「これ、品種改良されて出来た花みたいなんだ。これは成分を抽出したものなんだけど……その、」
「何か不思議な効果があるの?」
「えっと……媚薬効果が、あるんだ」
「へ?」
 ミアはポカンとしており、ガイアスも驚いた顔をしている。言った本人も照れているが、結果を早く教えたいという研究者気質な性格が、これを伝えずにはいられなかった。
「リース、『びやく』って何?」
「ほら、本に書いてあったでしょ!」
 リースはミアのベッドサイドから本を取り出してパラパラとめくり始めた。
(ミアが読んだと言っていた本、リース様も読んだのか)
 ガイアスはポップな本の表紙と、従者が付けたと思われる付箋を見て、この兄弟を不安に思った。
「巻末のおまけページ……? リース、随分読み込んだんだね」
「僕はしっかり勉強しただけ! 最後まで教科書を読むのは基本でしょ」
 リースが指差したところを読んだミアは、かなりびっくりしたようで、耳をピンと立てた。
「え! こんな薬があるの⁈」
 驚いた声でガイアスに尋ねる。指を差している部分を見ると、『性欲を催させる薬。また、相手に恋情を起こさせる薬』と書いてあった。
「ああ、その通りだ」
「こんなの、使ったら大変なことになるんじゃ……」
 ミアは、ガイアスの顔と小瓶を交互に見比べる。リースが付け加えるには、この薬は『狼にしか効かない』とのことだ。ミアは少し残念そうな顔をしつつ、小瓶の蓋を開けて中身を嗅いだ。
「ちょっ、嗅いだらダメだよ!」
「わぁ!」
 大きな声で注意し、瓶の蓋を慌てて閉めるリース。ミアは驚いて肩をビクッと揺らした。
「これ、原液だから匂いだけでも効果があるんだ。ミア、どれくらい吸った?」
「え……ほんのちょっとだけだよ。本当に香りを確かめたくらいで」
 どのくらいの効果があるかは分からないが、念の為早く寝た方が良いとリースに進言される。
「僕は部屋に帰るけど、何かあったらすぐに呼んで。解熱剤が効くかもしれないから」
 そう言って、少し不安そうに出ていくリースを二人で見送った。

 風呂から上がったミアは、先程リースが持ってきた媚薬について考える。
「やっぱり何ともないし、リースもガイアスも心配しすぎなんだよ……」
 二人一緒に風呂に入ったミアは、体調を心配するガイアスに全身を洗われ、先に上がるよう言われた。
 石の力で身体を素早く乾かすと、寝間着を着てベッドに倒れこむ。ミアは、何も考えずにベッドの天蓋を見つめた。

「ミア、大丈夫か?」
 ガイアスが覗き込んできてハッとする。ぼんやりしていたミアを心配したガイアスは、すぐ寝ようと提案してきた。
 特に身体に異常も無いミアはまだ起きていたかったが、ガイアスが電気を消そうとベッドサイドへ手を伸ばしたため、諦めて布団に入った。
 ベッド下にあるオレンジ色の灯りのみの室内。お互いの表情は分からないものの、輪郭は見える程度の暗さだ。
 いつものようにガイアスに擦り寄ると、ガイアスがミアの頭を少し持ち上げてその下に腕を通した。そして、反対の腕でミアの身体を抱きしめる。
「苦しくないか?」
「ううん、いい感じ」
 ガイアスは、そのまま目の前の丸いおでこにキスをすると、「おやすみ」と言ってぎゅっと一回ミアを抱きしめた。

(なんか……良い匂いがする?)
 暗い部屋の中。寝ようとお互い何も喋らずにいたが、ミアは甘い匂いを感じて目を開けた。薄暗い中でその正体を確認することはできない。
 不思議に思いつつ、腕枕をしているガイアスの腕に頬を寄せると、甘い匂いを強く感じた。
(ん、ガイアスの匂い?)
 イリヤが新しい石鹸に変えたのだろうかとも考えたが、自分の腕をスンスンと嗅いで違うと気付く。
 もっとガイアスに近付き、その脇当たりに鼻を寄せると、やはり甘い匂いがした。
 さらに近づいて匂いを確かめる。それは花のような蜂蜜のような、何とも言えない香りでずっと嗅いでいたくなる。
(はぁ、いい匂い。なんか頭がぼーっとしてくる)
「はぁ……」
 溜息をついて、脇の辺りを見つめる。
 甘い匂いに思考がはっきりとしない。『美味しそう』と思った時には、ガイアスの寝巻きの上ボタンを外していた。そして舌を出して露わなガイアスの脇を舐めた。
 そのまま夢中でチロチロと舌を動かしていると目の前の胸が少し動いた。
「ミア……?」
 掠れたガイアスの声。
 頭が覚醒し始めたガイアスは、脇に感じるヌルッとした感触に気付いた。
「んちゅ、……、」
 脇が舐められているのだと分かった瞬間、ガイアスは驚きで身体を揺らした。
「はぁ、……甘ぃ」
「ミア、何してるんだ」
 明らかに自分を舐めているミアを引きはがすと、近くの灯りをつける。ぼんやりとした光の中で、目をとろんとさせたミアがガイアスを見上げた。
「どうしたんだ?」
「なんか、甘い匂いがして、頭がぼーっとする」
 薬のせいかもしれないと感じたガイアスは、ミアの頬から首へ手を滑らせる。若干熱っぽく感じる。
「リース様を呼ぼう。解熱剤を飲んだ方がいい」
 ミアはガイアスに触れられてビクッと身体を跳ねさせる。
「や、やだ。良い匂いがするのに!」
「どこからするんだ?」
「ここ……」
 ミアは、ガイアスから甘くてとても美味しそうな匂いがするのだと言い、顔を寄せて胸の横から脇の辺りを舐める。行為中ではないのにミアから積極的に身体を触れられ、ガイアスは息を飲んでそれを見つめた。
「匂い嗅いで、ちょっと舐めるだけだよ。いいでしょ?」
 上目遣いに見つめてくるミアに、駄目だと言うことができない。
「少しなら、」
 つい、そう返事をしてしまった。
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