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第三章 白狼と最愛の人
婚約報告
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「ガイアス!」
「ん……ミア、どうした?」
サバル国のガイアスの屋敷。ガイアスはミアに起こされて目を覚ました。
先週、お互いにプロポーズをしたばかりだ。当然、どんな時でも二人の間には甘いムードが漂っている。
「今日は休みだ。ミアもまだ寝ていていい」
婚約して初めて過ごす週末。昨晩はずいぶん無理をさせてしまったミアの腰を撫でると、まだ寝ようと腕を引いた。
「ちょっとガイアス、休みなのは分かってるからっ」
「じゃあ、もう少しくっついていよう」
カーテンからの光の差し込み具合から、まだ早朝であると分かる。おいでと手を伸ばしたガイアスは、いつもならすぐに胸に飛び込んでくるミアがじっとしていることに疑問を持つ。
「どうかしたのか?」
ミアは抱き寄せたいのを我慢しつつ、現状を伝えた。
「シュラウドさんが来てるんだって!」
「……兄さんが?」
ミアも執事のロナウドから聞いたばかりだ。急いで準備をして一階へ降りると、シュラウドは応接室で優雅にお茶を楽しんでいた。
「兄さん」
「あ、ガイアスとミアちゃん! おはよ~」
ひらひらと手を振ってティーカップをテーブルに置いたシュラウド。
「なぜ連絡も寄越さず急に来るんだ」
「だって、俺が来るって言ったら留守にするかもしれないだろ? だからわざと黙って来たんだよ~」
「……何の用だ?」
ガイアスが淡々と要件を聞く。久しぶりに会ったというのに冷たいと文句を言うシュラウドだったが、ガイアスが相手にしないでいると、ようやく今回の訪問の目的を話し始めた。
「結婚の約束をしたっていうのは聞いたけど、ミアちゃんの立場上、いろんな問題があるよね? ジハード陛下にも早めに報告するべきだと思ってさ」
ガイアスは、ミアと結婚の約束をしてすぐに本家に連絡をした。
ミアも家族へ報告済みであり、祝福の言葉を貰った……兄・カルバンを除いて。
「報告だけですぐに電話切っちゃうし、掛けても取り合ってくれるか怪しかったからわざわざ来たんだよ?」
兄の言葉を黙って聞いていたガイアスが口を開く。
「ジハード陛下へは既に報告済みだ。そして、この件に関しては正式に謁見の申し込みもしている。おそらく今月中には関係者全てへ報告出来るようになるだろう。シーバ国へも来週挨拶をしに伺う予定だ。その時に諸所の問題に関して相談するつもりだ」
「早……さ、さすがガイアス」
仕事の出来る弟に感心し、自分の憂いが無駄であったと自覚したシュラウド。兄として助言を……と思っていたが、無駄足だったと分かり肩を落としていた。
「遠くからせっかく来てくれたんだし、ゆっくりしていってもらおうよ」
わざわざ遠い所までガイアスを心配して来てくれた兄に、ミアは申し訳なくなり提案する。
「ミアちゃん……!」
シュラウドの嬉しそうな声に、怪訝な雰囲気を一瞬出したガイアスだったが、ミアの言葉を無下にすることも出来ず了承した。
「ミアちゃんありがと~! あ、そういえば……お兄ちゃんって呼んでってお願いしたじゃん~!」
明るくミアに笑いかけるシュラウドを白い目で見つつ、ガイアスはミアとの結婚について改めて考えた。
お互いの両親には報告済み。両家に挨拶に行くことも決まっている。
そして先日、ジハード王へ報告に伺った……しかし、その時の返答に少し違和感を覚えた。
『後日、話す場を設ける』
そう言われたのみで数日が経つが、王から連絡は無い。その事が気にかかってはいるが、ガイアスにも反対された時の切り札がある。
(必ずミアと結婚してみせる)
「わ、シュラウドさん近いよ!」
ガイアスが改めて決意を固めたところで、ミアの声が聞こえた。
「ミアちゃんって本当に可愛い~!」
目の前には、シュラウドがミアに抱きつこうと手を広げている。ガイアスは急いでそれを止めに入った。
◇◇◇
サバル国の王都・ルシカにある城。ここへ自由に出入りすることができるのは、城で働く者達と、自衛隊に務める幹部のみだ。
「失礼いたします」
サバル国王であるジハードにミアとの婚約を報告して数日。やっと城に呼ばれたガイアスは、謁見の間の玉座に座るジハードへ頭を下げた。
「こちらへ」
隣に立つ男に呼ばれて、王の前で再度頭を下げる。
「ジハード陛下、貴重なお時間を割いてお会いいただき、感謝いたします」
「待たせたな、ガイアス。さっそくだが本題に入る」
ジハードは無駄なお喋りはせず、ミアとガイアスの結婚に関して話し始めた。
「シーバ国第二王子との結婚に関してだが、すぐには許可できない」
その言葉に、ガイアスはピクリと眉を動かした。
「近いうちに、シーバ国王と話し合いの場を設けることとなった」
狼と人間が結婚する際、狼側に国籍を合わせることはお互いの法律で決まっている。そして自衛隊は、サバル国民以外は務めることができない職業だ。
つまりガイアスが結婚しシーバ国民となれば、今の仕事を続けることができない。
ジハードも、仲の良いシーバ国王・アイバンの息子の為とあって結婚を後押ししてやりたいが、自衛隊にとって必要な人材であるガイアスも手放すことが出来ない。
そしてガイアス一人の為に法を改正することは批判の対象になると、簡単には決断できないことを伝えた。
黙って聞いていたガイアスだったが、説明が一通り済んだところで口を開く。
「ジハード陛下、私は、保留にしております『恩賜』で願いを叶えたいと考えております」
ガイアスは、自分の持っている『遠征の褒美』を結婚の為に使いたいと告げた。
この褒美に関しては、王の叶えられる範囲であれば何でも良いとされている。
途中で脱落者も出る程の苦しい遠征内容を知っている国民のほとんどは、その権利に理解がある。
「私はこの権利で、ミア様と国籍を合わせず結婚することをお願い申し上げます」
現在、サバル国にもシーバ国にも異族間同性同士の結婚に関する法律は無いに等しい。これを機に法を固めることは、両国にとって今後の為にも重要なことだろう。
王は顎に指を添えて考える。
「国籍を合わせず、か……」
ガイアスが褒美を使ったとあれば批判する者も少ないだろう。そして、法を改正するのではなく、新たに付け足すとなれば前者よりは難しくない。
「シーバ国王と今回の件について検討した後、城内で早急に話し合うことを約束しよう」
「ありがとうございます」
今まで、数える程しかなかった狼と人間の結婚。しかも王族となると前例もない。難しいと思われたが、国王であるジハードが動くと約束をしてくれたことで、結婚への希望が見えてきた。
ガイアスは深々と礼をして、謁見の間を後にした。
◇◇◇
シーバ国の王宮入り口の前に立ち、ミアとガイアスは少し強張った顔で門を見る。
「この門をくぐるのは三回目だな」
「今日はちょっと、俺も緊張してる」
今回は訪問一回目に会った青年と、二回目に会った壮年の狼二人が立っていた。ミアの姿を見つけると青年が顔をパァッと明るくして駆け寄ってくる。しかし、隣にいるガイアスの姿を見て、耳がこれでもかと下がった。
「こら、門番が耳下げんなって言ってるだろ!」
「すみませんッ!」
年上の狼に言われ、青年が背筋を伸ばす。耳も元の通りにピンと立てた。
「ミア様、正門からってことは、ご挨拶ですか?」
「うん。でも、今日はその……婚約の報告なんだ」
「そりゃめでたいことじゃないですか! おめでとうございます」
「へへ……ありがとう」
小さな頃から護身術を習っている先生にそう言われ、照れくさくて笑うミア。
「君は幸せ者だな!」
ガイアスにも話しかけてくる狼に軽く返事をしたものの、ガイアスは横で棒立ちになっている青年が気になってしかたがない。
『完全敗北』といった顔。注意されたにも関わらず耳が再度下がり、尻尾は心なしか萎んで見える。
「おめでとうございます」
それでも健気に祝いの言葉の述べる青年に、少しだけ同情した。
「ミア、そろそろ行こうか」
ガイアスはこれ以上ここにいては青年を傷つけるだけだと思い、先を急ぐようミアを促した。
門番の青年と教育係の男と別れ、廊下を歩いていく。
今日のガイアスは、とっておきの服を着てきていた。祖父が残してくれた上等な騎士服を手直ししたもので、まだ一度も公の場で着たことはない。
黒地に金の刺繍が胸元と襟、袖に施されている。また揃いのマントは青い宝石で留めてあり、金のタッセルが肩から下がっている。足元は長めの黒のブーツで、本物の騎士のようだ。
「ガイアス、今日は公式な服なんだね」
「ああ。張り切ってしまった」
ミアはガイアスと比べて自分の恰好が大丈夫かと心配になる。
一応、イリヤに見立ててもらったゆとりある白い王宮服を着ている。ガイアスに合わせて肌の露出が少ないものにしており、装飾も少ない。その代わりに襟足の髪を結い上げ、白い花があしらわれた大きめの装飾を付けている。
「ミアは今日も素敵だな。よく似合っている」
「本当? ありがとう」
不安に思っていたが、ガイアスに褒めてもらったことで自信を取り戻したミアは、足取り軽く廊下を歩いて行く。
相変わらず多くの人に声を掛けられ、二人はなかなか応接室へ辿り着くことができなかった。
「失礼します」
珍しくイリヤが出てこなかったが、どうやら中でお茶の用意をしていたようだ。中にはシーバ国王であるアイバンと、王妃のシナが席に座っていた。
「あら、初めてお会いしますわね。ミアの母のシナです」
「サバル国から来ました、ガイアス・ジャックウィルと申します」
「あれ……兄様は?」
ミアがカルバンがいないことを指摘すると、シナが説明する。
カルバンは、婚約の報告があった後から元気が無く、今日もこの場には来ないとのことだった。
本来ならば両親のみで済む話なのだが、ミアのこととなるといつも出てくるカルバンがこの場にいないことは、何となく不自然に思えた。
どれだけショックなんだ……と心配したガイアスだったが、今日は夕食を家族全員でとる約束をしており、その席には参加するとのことで少し安心した。
「誤解しないで下さいね。二人のことは祝福してるのよ。ただ、あの子ちょっと弟妹を愛しすぎてるというか……」
「寂しがってるんだ」
シナの言葉にアイバンがそう付け足して笑う。
カルバンの妹であるスーシャの婚約の時もこんな状態であったと聞き、ガイアスは複雑な気持ちで頷いた。
「ジハード陛下には既に報告をし、結婚をお許しいただくようお願いしています」
ガイアスの言葉に、アイバンはにっこりと笑った。
「近いうちに会議の席を設けてある。結果が分かればすぐに知らせるので少し待っていてくれ。なぁに、すぐ結婚できるようにしてやるからな」
シーバ国王の力強い言葉を受けて、ミアとガイアスは礼を述べた。
それからは和やかな雰囲気で話が進み、ガイアスとミアは夕食の時間まで部屋で休むことになった。
「ん……ミア、どうした?」
サバル国のガイアスの屋敷。ガイアスはミアに起こされて目を覚ました。
先週、お互いにプロポーズをしたばかりだ。当然、どんな時でも二人の間には甘いムードが漂っている。
「今日は休みだ。ミアもまだ寝ていていい」
婚約して初めて過ごす週末。昨晩はずいぶん無理をさせてしまったミアの腰を撫でると、まだ寝ようと腕を引いた。
「ちょっとガイアス、休みなのは分かってるからっ」
「じゃあ、もう少しくっついていよう」
カーテンからの光の差し込み具合から、まだ早朝であると分かる。おいでと手を伸ばしたガイアスは、いつもならすぐに胸に飛び込んでくるミアがじっとしていることに疑問を持つ。
「どうかしたのか?」
ミアは抱き寄せたいのを我慢しつつ、現状を伝えた。
「シュラウドさんが来てるんだって!」
「……兄さんが?」
ミアも執事のロナウドから聞いたばかりだ。急いで準備をして一階へ降りると、シュラウドは応接室で優雅にお茶を楽しんでいた。
「兄さん」
「あ、ガイアスとミアちゃん! おはよ~」
ひらひらと手を振ってティーカップをテーブルに置いたシュラウド。
「なぜ連絡も寄越さず急に来るんだ」
「だって、俺が来るって言ったら留守にするかもしれないだろ? だからわざと黙って来たんだよ~」
「……何の用だ?」
ガイアスが淡々と要件を聞く。久しぶりに会ったというのに冷たいと文句を言うシュラウドだったが、ガイアスが相手にしないでいると、ようやく今回の訪問の目的を話し始めた。
「結婚の約束をしたっていうのは聞いたけど、ミアちゃんの立場上、いろんな問題があるよね? ジハード陛下にも早めに報告するべきだと思ってさ」
ガイアスは、ミアと結婚の約束をしてすぐに本家に連絡をした。
ミアも家族へ報告済みであり、祝福の言葉を貰った……兄・カルバンを除いて。
「報告だけですぐに電話切っちゃうし、掛けても取り合ってくれるか怪しかったからわざわざ来たんだよ?」
兄の言葉を黙って聞いていたガイアスが口を開く。
「ジハード陛下へは既に報告済みだ。そして、この件に関しては正式に謁見の申し込みもしている。おそらく今月中には関係者全てへ報告出来るようになるだろう。シーバ国へも来週挨拶をしに伺う予定だ。その時に諸所の問題に関して相談するつもりだ」
「早……さ、さすがガイアス」
仕事の出来る弟に感心し、自分の憂いが無駄であったと自覚したシュラウド。兄として助言を……と思っていたが、無駄足だったと分かり肩を落としていた。
「遠くからせっかく来てくれたんだし、ゆっくりしていってもらおうよ」
わざわざ遠い所までガイアスを心配して来てくれた兄に、ミアは申し訳なくなり提案する。
「ミアちゃん……!」
シュラウドの嬉しそうな声に、怪訝な雰囲気を一瞬出したガイアスだったが、ミアの言葉を無下にすることも出来ず了承した。
「ミアちゃんありがと~! あ、そういえば……お兄ちゃんって呼んでってお願いしたじゃん~!」
明るくミアに笑いかけるシュラウドを白い目で見つつ、ガイアスはミアとの結婚について改めて考えた。
お互いの両親には報告済み。両家に挨拶に行くことも決まっている。
そして先日、ジハード王へ報告に伺った……しかし、その時の返答に少し違和感を覚えた。
『後日、話す場を設ける』
そう言われたのみで数日が経つが、王から連絡は無い。その事が気にかかってはいるが、ガイアスにも反対された時の切り札がある。
(必ずミアと結婚してみせる)
「わ、シュラウドさん近いよ!」
ガイアスが改めて決意を固めたところで、ミアの声が聞こえた。
「ミアちゃんって本当に可愛い~!」
目の前には、シュラウドがミアに抱きつこうと手を広げている。ガイアスは急いでそれを止めに入った。
◇◇◇
サバル国の王都・ルシカにある城。ここへ自由に出入りすることができるのは、城で働く者達と、自衛隊に務める幹部のみだ。
「失礼いたします」
サバル国王であるジハードにミアとの婚約を報告して数日。やっと城に呼ばれたガイアスは、謁見の間の玉座に座るジハードへ頭を下げた。
「こちらへ」
隣に立つ男に呼ばれて、王の前で再度頭を下げる。
「ジハード陛下、貴重なお時間を割いてお会いいただき、感謝いたします」
「待たせたな、ガイアス。さっそくだが本題に入る」
ジハードは無駄なお喋りはせず、ミアとガイアスの結婚に関して話し始めた。
「シーバ国第二王子との結婚に関してだが、すぐには許可できない」
その言葉に、ガイアスはピクリと眉を動かした。
「近いうちに、シーバ国王と話し合いの場を設けることとなった」
狼と人間が結婚する際、狼側に国籍を合わせることはお互いの法律で決まっている。そして自衛隊は、サバル国民以外は務めることができない職業だ。
つまりガイアスが結婚しシーバ国民となれば、今の仕事を続けることができない。
ジハードも、仲の良いシーバ国王・アイバンの息子の為とあって結婚を後押ししてやりたいが、自衛隊にとって必要な人材であるガイアスも手放すことが出来ない。
そしてガイアス一人の為に法を改正することは批判の対象になると、簡単には決断できないことを伝えた。
黙って聞いていたガイアスだったが、説明が一通り済んだところで口を開く。
「ジハード陛下、私は、保留にしております『恩賜』で願いを叶えたいと考えております」
ガイアスは、自分の持っている『遠征の褒美』を結婚の為に使いたいと告げた。
この褒美に関しては、王の叶えられる範囲であれば何でも良いとされている。
途中で脱落者も出る程の苦しい遠征内容を知っている国民のほとんどは、その権利に理解がある。
「私はこの権利で、ミア様と国籍を合わせず結婚することをお願い申し上げます」
現在、サバル国にもシーバ国にも異族間同性同士の結婚に関する法律は無いに等しい。これを機に法を固めることは、両国にとって今後の為にも重要なことだろう。
王は顎に指を添えて考える。
「国籍を合わせず、か……」
ガイアスが褒美を使ったとあれば批判する者も少ないだろう。そして、法を改正するのではなく、新たに付け足すとなれば前者よりは難しくない。
「シーバ国王と今回の件について検討した後、城内で早急に話し合うことを約束しよう」
「ありがとうございます」
今まで、数える程しかなかった狼と人間の結婚。しかも王族となると前例もない。難しいと思われたが、国王であるジハードが動くと約束をしてくれたことで、結婚への希望が見えてきた。
ガイアスは深々と礼をして、謁見の間を後にした。
◇◇◇
シーバ国の王宮入り口の前に立ち、ミアとガイアスは少し強張った顔で門を見る。
「この門をくぐるのは三回目だな」
「今日はちょっと、俺も緊張してる」
今回は訪問一回目に会った青年と、二回目に会った壮年の狼二人が立っていた。ミアの姿を見つけると青年が顔をパァッと明るくして駆け寄ってくる。しかし、隣にいるガイアスの姿を見て、耳がこれでもかと下がった。
「こら、門番が耳下げんなって言ってるだろ!」
「すみませんッ!」
年上の狼に言われ、青年が背筋を伸ばす。耳も元の通りにピンと立てた。
「ミア様、正門からってことは、ご挨拶ですか?」
「うん。でも、今日はその……婚約の報告なんだ」
「そりゃめでたいことじゃないですか! おめでとうございます」
「へへ……ありがとう」
小さな頃から護身術を習っている先生にそう言われ、照れくさくて笑うミア。
「君は幸せ者だな!」
ガイアスにも話しかけてくる狼に軽く返事をしたものの、ガイアスは横で棒立ちになっている青年が気になってしかたがない。
『完全敗北』といった顔。注意されたにも関わらず耳が再度下がり、尻尾は心なしか萎んで見える。
「おめでとうございます」
それでも健気に祝いの言葉の述べる青年に、少しだけ同情した。
「ミア、そろそろ行こうか」
ガイアスはこれ以上ここにいては青年を傷つけるだけだと思い、先を急ぐようミアを促した。
門番の青年と教育係の男と別れ、廊下を歩いていく。
今日のガイアスは、とっておきの服を着てきていた。祖父が残してくれた上等な騎士服を手直ししたもので、まだ一度も公の場で着たことはない。
黒地に金の刺繍が胸元と襟、袖に施されている。また揃いのマントは青い宝石で留めてあり、金のタッセルが肩から下がっている。足元は長めの黒のブーツで、本物の騎士のようだ。
「ガイアス、今日は公式な服なんだね」
「ああ。張り切ってしまった」
ミアはガイアスと比べて自分の恰好が大丈夫かと心配になる。
一応、イリヤに見立ててもらったゆとりある白い王宮服を着ている。ガイアスに合わせて肌の露出が少ないものにしており、装飾も少ない。その代わりに襟足の髪を結い上げ、白い花があしらわれた大きめの装飾を付けている。
「ミアは今日も素敵だな。よく似合っている」
「本当? ありがとう」
不安に思っていたが、ガイアスに褒めてもらったことで自信を取り戻したミアは、足取り軽く廊下を歩いて行く。
相変わらず多くの人に声を掛けられ、二人はなかなか応接室へ辿り着くことができなかった。
「失礼します」
珍しくイリヤが出てこなかったが、どうやら中でお茶の用意をしていたようだ。中にはシーバ国王であるアイバンと、王妃のシナが席に座っていた。
「あら、初めてお会いしますわね。ミアの母のシナです」
「サバル国から来ました、ガイアス・ジャックウィルと申します」
「あれ……兄様は?」
ミアがカルバンがいないことを指摘すると、シナが説明する。
カルバンは、婚約の報告があった後から元気が無く、今日もこの場には来ないとのことだった。
本来ならば両親のみで済む話なのだが、ミアのこととなるといつも出てくるカルバンがこの場にいないことは、何となく不自然に思えた。
どれだけショックなんだ……と心配したガイアスだったが、今日は夕食を家族全員でとる約束をしており、その席には参加するとのことで少し安心した。
「誤解しないで下さいね。二人のことは祝福してるのよ。ただ、あの子ちょっと弟妹を愛しすぎてるというか……」
「寂しがってるんだ」
シナの言葉にアイバンがそう付け足して笑う。
カルバンの妹であるスーシャの婚約の時もこんな状態であったと聞き、ガイアスは複雑な気持ちで頷いた。
「ジハード陛下には既に報告をし、結婚をお許しいただくようお願いしています」
ガイアスの言葉に、アイバンはにっこりと笑った。
「近いうちに会議の席を設けてある。結果が分かればすぐに知らせるので少し待っていてくれ。なぁに、すぐ結婚できるようにしてやるからな」
シーバ国王の力強い言葉を受けて、ミアとガイアスは礼を述べた。
それからは和やかな雰囲気で話が進み、ガイアスとミアは夕食の時間まで部屋で休むことになった。
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