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第二章 白狼と秘密の練習
スターの初恋
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「はぁ~、感動したぁ……!」
「どの技も珍しかったな」
二人は会場を後にし、今は街から少し外れた路地裏を歩いていた。
「あの細かい動きは、さすがに真似できそうにないな」
「ね! 一体どんな練習してるんだろ」
ミアが見たばかりの動きを真似してみようと、手をぐにゃぐにゃと動かす。
街は今夜、会場に来ていた客が流れ込みいっぱいだ。
ミアの動きを微笑ましく見つつ、ガイアスは路地裏にある隠れた料理屋に行こうと歩みを進めた。
「もうすぐ着く?」
「あの角を曲がったらすぐだ。腹が減っただろう」
「さっきは興奮して何も感じなかったんだけど、歩いてたらお腹空いてきたみたい」
「はは、すぐに食べれるからな。あそこの料理は美味いから、ミアもきっと気に入る」
勧めるガイアスの言葉に、ミアの期待が高まる。
店に着き、ガイアスが厨房に声を掛けると、店主が奥から早足で出てきた。
「お、ガイアス坊ちゃん! 久しぶりじゃないか!」
「久しいな。仕事でなかなか帰れなかったんだ」
「私の顔を見に……ってわけじゃないよな。すまないんだが、今日は貸し切りなんだ」
申し訳なさそうに眉を寄せて言う店主。
「そうか、大丈夫だ。では他を探そう」
ミアの方を見ると、ガイアスのオススメの店を楽しみにしていたのか、少ししょんぼりとしていた。しかし、すぐに気持ちを切り替えて明るい声で言う。
「うん、そうしよ!」
店主はミアに頭を下げ、ガイアスの方を向く。
「せっかくここまで来てくれたのにすまんな。次来た時はサービスさせてくれ」
「気にしないでくれ。また来るよ」
ガイアスがそう言って扉から出ようとすると、派手な団体が店の入り口に立っていた。
先頭で入ってきた人物は、今日舞台上で一番目立っていたあの男だ。キラキラとしたオーラで店が一気に華やぐ。
「おや、どうしたのかな?」
「いえ、何でも」
話しかけてきた男の問いにそっけなく答えたガイアスは、ミアを連れて店を出ようとする。
「君達、今日空いている店を探すのは難しいと思うよ」
出ていこうとする背中に、男が話し掛ける。
「この店を貸し切りにしたんだけど、来るのは数名なんだ。君達もどうかな?」
「結構です」
きっぱりと断るガイアスに男が笑顔で食い下がる。
「はは、別に一緒に飲もうと言っているわけではないよ。席はあるんだ、嫌なら離れて食べていい」
「いえ」
ガイアスが口を開いたと同時に、横からぐぅ~と大きい音が鳴る。
見下ろすと、少し顔を赤くしたミアが俯いていた。
「はは、可愛いお連れ様はお腹が空いているようだよ」
可哀想にと言って笑う男に、ミアがさらに照れてフードを深く被る。
「すまないが、端の席を借りていいか」
「もちろん」
折れたガイアスに、男はにっこりと微笑んだ。
「これがこの店の名物だ」
「ガイアスも好き?」
「ああ、好きだな。いろんな肉の炙りに甘辛いソースを付けて食べる料理だ」
聞いただけでミアのお腹が空く。
サバル国の料理名に詳しくないミアの為に、ガイアスが丁寧に説明をしていく。それに頷きながら、ミアは食べたいと思ったものを伝えた。
注文を終え、ガイアスとミアが一息つく。
『参加しなくていい』という男の言葉通り、集まった剣舞団員達は、一つのテーブルに固まってワイワイと楽しんでおり、ミア達の座るテーブルには近寄らない。
ただ、食事だからとフードを外しているミアに対して、ちらちらと視線が向けられている。
(俺のミアを不躾に見るな……)
街に出る度に、いらぬ嫉妬の感情が溢れる。
しかし、目の前のミアがにこにこと嬉しそうにガイアスのみを見つめているのを感じると、自分のものであると実感でき安心する。
「ミア、今日は街に泊まらないか?」
「え、いいの? どこかにお泊まりなんて初めてだね……でも、今日は空いてないんじゃない?」
「兄さんが宿も用意してくれたみたいだ。封筒に紙が入っていた」
こっそりと用意されていたのは、この街でも三つの指に入る程の高級ホテル。メモの紙には、ホテル名と『せっかくだし泊まって帰りなよ!』の文字。
(予約は半年先まで埋まっていると聞いたが)
大型施設が立ち並び、常に観光客で賑わうサバル国の都市アナザレムの人気ホテル。さらに全国的に寒くなってくるこの時期は、他国に比べて気温の変化が無く過ごしやすいサバル国に多くの人が集まる。
そんな中、どうやってこのホテルの予約を取ったのか想像がつかないが、きっといろんなコネをフル活用したはずだ。
『二人で外泊』という提案にご機嫌なミアは、テーブル下の足をパタパタさせて喜んでいた。
食後のお茶を飲みながら、二人は今日の剣舞について語り合う。
見た型の中で、細かく何度も宙を突くような動きを試してみたいと言うミア。
「ミアならできるんじゃないか?」
「本当?」
「ああ、俺は少し難しいかもしれないがな。身体が重たいし、ああいう動きは得意じゃない」
「見て覚えたし、帰ったら練習してみようかな」
「俺も手伝おう」
次の目標ができ、やる気満々のミアの頭を撫でようとガイアスが手を動かした時、後ろから声がした。
「君達、剣をしてるの?」
「……ッ!」
急に話しかけられ、ミアがビクッと動く。尻尾は消えているが、もし見えていれば、ぶわっと膨らんでいるだろう。
視線の先には、先ほどのキラキラした男。
「驚かせてごめんね。ちょっといいかな」
男はにっこりとした表情を崩さず、ミアの隣にさりげなく座る。
「あの、」
ミアはどうしたらいいのか分からずガイアスを見る。
「何ですか急に」
ミアの視線を受け、ガイアスが男に話しかける。
「奥に飲み物を頼みに行ったら、君達が今日の剣舞の話をしていたから。今日来てくれたんだね」
男は笑ってミアの目を覗き込む。
「はい。今日の剣技、どれも素晴らしかったです」
ミアが素直に感想を述べる。
「はは、ありがとう。私はエドガー。君は?」
「ガイアスだ。それで、何か用か?」
「……」
明らかにミアに問いかけていたにも関わらず、ガイアスが答えたことで男が黙る。
「まぁいいよ。君は剣舞を始めたばかりなの?」
「本格的に始めたのは三か月くらい前です」
「彼が教えてるの?」
「はい。ガイアスは俺の剣の師匠です」
目をじっと見てくる男にひるまず、ミアが返事をする。
「君、本気で剣を勉強したいならアスマニカに来ない? 俺が教えてあげるよ」
「え?」
「君の体格だったら、サバルの型よりこっちの方が合ってると思うな」
唖然としているミアに男が続ける。
「少し手を見てもいいかな?」
「手……?」
男はミアが返事をする前にサッと手を取り、指と手の平を撫でる。
「ゃ……、」
「頑張って練習してる良い手だね……なんだい?」
ミアの手を触るエドガーの手を、ガイアスが掴んでいる。グッと力が込められ、男がミアの手を離す。
「君の師匠様は何でお怒りなのかな?」
エドガーは笑顔を崩さずミアに問いかけるが、代わりにガイアスが男に向けて言う。
「彼に触るな」
「君には関係ないよね」
バチバチと火花が見えそうな二人の間に、ミアが慌てて割り込む。
「あの、ガイアスは俺の恋人です」
「へぇ、君の師匠兼恋人は、ずいぶん嫉妬深いんだね。手も握らせてくれないなんて」
笑う男は、ガイアスがミアの恋人であっても気にしていない素振りだ。
席を立つと胸から封筒を取り出しミアに渡す。
「三か月後、またあの会場で剣舞をするんだ。ぜひ君に来て欲しいな」
えっと……と戸惑うミアに握らせるように、エドガーはその封筒を手渡す。
「チケットは二枚あるから、君の師匠と来たらいいよ」
恋人という言葉は無視してそう言ったエドガーは、ミアを見て少し俯く。
「もし来なかったら最前列が二席空いて、ちょっと寂しいけどね……」
「い、行きます」
エドガーがあまりに寂しそうな声で言うので、ミアは思わず頷いてしまった。
「本当? 約束だよ」
エドガーはミアの左手を取ると、その甲にちゅっと音の鳴るキスをした。
ガタッ
ガイアスが立ち上がると、男はサッと後ろに下がり片手を上げる。
「じゃあ、また今度ね」
ウインクを一つ投げると、男は自分の席に戻って行った。
「坊ちゃん達の会計は、あちらの団体さんが全部持つって聞いたぞ」
帰ろうと思い店主を呼ぶと、エドガーが全部支払うとのことだった。
「いや、結構だ。こちらで払う」
ガイアスは二人分の食事代を渡すと店を後にする。
帰り際、「また会おうね」と言って笑うエドガーに、形だけの挨拶をした。
ガイアスとミアが去った後、店内には一瞬シンとした空気が流れたが、すぐに団員達がエドガーに詰め寄る。
「ちょっと団長! 何ですかあの気持ち悪い絡み方は!」
「初対面の相手の手ぇ撫でまわすなんて……」
「あれだと、次の舞台は観に来ないでしょうね」
皆に囲まれて机に突っ伏すエドガーの声は弱弱しく、今日のステージで一番輝いていた人物とは思えない。
「……うるさい」
ズーンと分かりやすく沈んでいる男・エドガーに、団員達がさらに追い打ちをかける。
「一目惚れって言っても、やり方があるでしょ」
「しかも、恋人いましたね」
「百戦錬磨の団長が、一体何やってんすか」
「……うるさい」
同じ言葉しか発さないエドガーは、すっかり落ち込んでおり机から顔を上げない。
「団長なら選び放題じゃないっすか。次行きましょ!」
「……嫌だ」
小さい声で呟くエドガー。
「あの子がいい」
今日の舞台終わり、いつも通り観客に挨拶をしていた時に見つけた青年。普段はぼんやりと見える観客席が、彼だけははっきりと輝いて見えた。
エドガーは一目で心を打ちぬかれ、その青年に釘付けになった。隣の男がこちらを見てフードを被せたことで、その視線を無理やり外したが……ずっと、見ていたかった。
舞台から降りる時も、着替えてこの店に来る時も、ずっと彼のことを考えていた。
ボーッとする団長を心配し、団員達が理由を尋ねてきたので、エドガーは『観客席にいた青年に惚れた』と素直に告白した。
質問してくる団員達を連れて店に入ったところに、あの青年の姿。思わず声を掛けずにはいられなかった。
「運命なんだ……」
高鳴る胸を押さえて青年に冷静に話し掛け、帰ろうとするのを呼び止めた。しかし、それからは緊張であまり覚えていない。
「俺は諦めない」
突っ伏したままのエドガーを見て、顔を見合わせた団員達は、空いたグラスに酒を注ぐ。
「さ、今夜は打ち上げですし、飲みましょう!」
「とりあえず飲んで、作戦でも練りましょうよ!」
「飲んで飲んで!」
この剣舞団をまとめるスターがこの調子では困る。
団員達は『このまま青年のことを忘れてくれ』と願いを込めて、注いだ酒をエドガーに勧めた。
「どの技も珍しかったな」
二人は会場を後にし、今は街から少し外れた路地裏を歩いていた。
「あの細かい動きは、さすがに真似できそうにないな」
「ね! 一体どんな練習してるんだろ」
ミアが見たばかりの動きを真似してみようと、手をぐにゃぐにゃと動かす。
街は今夜、会場に来ていた客が流れ込みいっぱいだ。
ミアの動きを微笑ましく見つつ、ガイアスは路地裏にある隠れた料理屋に行こうと歩みを進めた。
「もうすぐ着く?」
「あの角を曲がったらすぐだ。腹が減っただろう」
「さっきは興奮して何も感じなかったんだけど、歩いてたらお腹空いてきたみたい」
「はは、すぐに食べれるからな。あそこの料理は美味いから、ミアもきっと気に入る」
勧めるガイアスの言葉に、ミアの期待が高まる。
店に着き、ガイアスが厨房に声を掛けると、店主が奥から早足で出てきた。
「お、ガイアス坊ちゃん! 久しぶりじゃないか!」
「久しいな。仕事でなかなか帰れなかったんだ」
「私の顔を見に……ってわけじゃないよな。すまないんだが、今日は貸し切りなんだ」
申し訳なさそうに眉を寄せて言う店主。
「そうか、大丈夫だ。では他を探そう」
ミアの方を見ると、ガイアスのオススメの店を楽しみにしていたのか、少ししょんぼりとしていた。しかし、すぐに気持ちを切り替えて明るい声で言う。
「うん、そうしよ!」
店主はミアに頭を下げ、ガイアスの方を向く。
「せっかくここまで来てくれたのにすまんな。次来た時はサービスさせてくれ」
「気にしないでくれ。また来るよ」
ガイアスがそう言って扉から出ようとすると、派手な団体が店の入り口に立っていた。
先頭で入ってきた人物は、今日舞台上で一番目立っていたあの男だ。キラキラとしたオーラで店が一気に華やぐ。
「おや、どうしたのかな?」
「いえ、何でも」
話しかけてきた男の問いにそっけなく答えたガイアスは、ミアを連れて店を出ようとする。
「君達、今日空いている店を探すのは難しいと思うよ」
出ていこうとする背中に、男が話し掛ける。
「この店を貸し切りにしたんだけど、来るのは数名なんだ。君達もどうかな?」
「結構です」
きっぱりと断るガイアスに男が笑顔で食い下がる。
「はは、別に一緒に飲もうと言っているわけではないよ。席はあるんだ、嫌なら離れて食べていい」
「いえ」
ガイアスが口を開いたと同時に、横からぐぅ~と大きい音が鳴る。
見下ろすと、少し顔を赤くしたミアが俯いていた。
「はは、可愛いお連れ様はお腹が空いているようだよ」
可哀想にと言って笑う男に、ミアがさらに照れてフードを深く被る。
「すまないが、端の席を借りていいか」
「もちろん」
折れたガイアスに、男はにっこりと微笑んだ。
「これがこの店の名物だ」
「ガイアスも好き?」
「ああ、好きだな。いろんな肉の炙りに甘辛いソースを付けて食べる料理だ」
聞いただけでミアのお腹が空く。
サバル国の料理名に詳しくないミアの為に、ガイアスが丁寧に説明をしていく。それに頷きながら、ミアは食べたいと思ったものを伝えた。
注文を終え、ガイアスとミアが一息つく。
『参加しなくていい』という男の言葉通り、集まった剣舞団員達は、一つのテーブルに固まってワイワイと楽しんでおり、ミア達の座るテーブルには近寄らない。
ただ、食事だからとフードを外しているミアに対して、ちらちらと視線が向けられている。
(俺のミアを不躾に見るな……)
街に出る度に、いらぬ嫉妬の感情が溢れる。
しかし、目の前のミアがにこにこと嬉しそうにガイアスのみを見つめているのを感じると、自分のものであると実感でき安心する。
「ミア、今日は街に泊まらないか?」
「え、いいの? どこかにお泊まりなんて初めてだね……でも、今日は空いてないんじゃない?」
「兄さんが宿も用意してくれたみたいだ。封筒に紙が入っていた」
こっそりと用意されていたのは、この街でも三つの指に入る程の高級ホテル。メモの紙には、ホテル名と『せっかくだし泊まって帰りなよ!』の文字。
(予約は半年先まで埋まっていると聞いたが)
大型施設が立ち並び、常に観光客で賑わうサバル国の都市アナザレムの人気ホテル。さらに全国的に寒くなってくるこの時期は、他国に比べて気温の変化が無く過ごしやすいサバル国に多くの人が集まる。
そんな中、どうやってこのホテルの予約を取ったのか想像がつかないが、きっといろんなコネをフル活用したはずだ。
『二人で外泊』という提案にご機嫌なミアは、テーブル下の足をパタパタさせて喜んでいた。
食後のお茶を飲みながら、二人は今日の剣舞について語り合う。
見た型の中で、細かく何度も宙を突くような動きを試してみたいと言うミア。
「ミアならできるんじゃないか?」
「本当?」
「ああ、俺は少し難しいかもしれないがな。身体が重たいし、ああいう動きは得意じゃない」
「見て覚えたし、帰ったら練習してみようかな」
「俺も手伝おう」
次の目標ができ、やる気満々のミアの頭を撫でようとガイアスが手を動かした時、後ろから声がした。
「君達、剣をしてるの?」
「……ッ!」
急に話しかけられ、ミアがビクッと動く。尻尾は消えているが、もし見えていれば、ぶわっと膨らんでいるだろう。
視線の先には、先ほどのキラキラした男。
「驚かせてごめんね。ちょっといいかな」
男はにっこりとした表情を崩さず、ミアの隣にさりげなく座る。
「あの、」
ミアはどうしたらいいのか分からずガイアスを見る。
「何ですか急に」
ミアの視線を受け、ガイアスが男に話しかける。
「奥に飲み物を頼みに行ったら、君達が今日の剣舞の話をしていたから。今日来てくれたんだね」
男は笑ってミアの目を覗き込む。
「はい。今日の剣技、どれも素晴らしかったです」
ミアが素直に感想を述べる。
「はは、ありがとう。私はエドガー。君は?」
「ガイアスだ。それで、何か用か?」
「……」
明らかにミアに問いかけていたにも関わらず、ガイアスが答えたことで男が黙る。
「まぁいいよ。君は剣舞を始めたばかりなの?」
「本格的に始めたのは三か月くらい前です」
「彼が教えてるの?」
「はい。ガイアスは俺の剣の師匠です」
目をじっと見てくる男にひるまず、ミアが返事をする。
「君、本気で剣を勉強したいならアスマニカに来ない? 俺が教えてあげるよ」
「え?」
「君の体格だったら、サバルの型よりこっちの方が合ってると思うな」
唖然としているミアに男が続ける。
「少し手を見てもいいかな?」
「手……?」
男はミアが返事をする前にサッと手を取り、指と手の平を撫でる。
「ゃ……、」
「頑張って練習してる良い手だね……なんだい?」
ミアの手を触るエドガーの手を、ガイアスが掴んでいる。グッと力が込められ、男がミアの手を離す。
「君の師匠様は何でお怒りなのかな?」
エドガーは笑顔を崩さずミアに問いかけるが、代わりにガイアスが男に向けて言う。
「彼に触るな」
「君には関係ないよね」
バチバチと火花が見えそうな二人の間に、ミアが慌てて割り込む。
「あの、ガイアスは俺の恋人です」
「へぇ、君の師匠兼恋人は、ずいぶん嫉妬深いんだね。手も握らせてくれないなんて」
笑う男は、ガイアスがミアの恋人であっても気にしていない素振りだ。
席を立つと胸から封筒を取り出しミアに渡す。
「三か月後、またあの会場で剣舞をするんだ。ぜひ君に来て欲しいな」
えっと……と戸惑うミアに握らせるように、エドガーはその封筒を手渡す。
「チケットは二枚あるから、君の師匠と来たらいいよ」
恋人という言葉は無視してそう言ったエドガーは、ミアを見て少し俯く。
「もし来なかったら最前列が二席空いて、ちょっと寂しいけどね……」
「い、行きます」
エドガーがあまりに寂しそうな声で言うので、ミアは思わず頷いてしまった。
「本当? 約束だよ」
エドガーはミアの左手を取ると、その甲にちゅっと音の鳴るキスをした。
ガタッ
ガイアスが立ち上がると、男はサッと後ろに下がり片手を上げる。
「じゃあ、また今度ね」
ウインクを一つ投げると、男は自分の席に戻って行った。
「坊ちゃん達の会計は、あちらの団体さんが全部持つって聞いたぞ」
帰ろうと思い店主を呼ぶと、エドガーが全部支払うとのことだった。
「いや、結構だ。こちらで払う」
ガイアスは二人分の食事代を渡すと店を後にする。
帰り際、「また会おうね」と言って笑うエドガーに、形だけの挨拶をした。
ガイアスとミアが去った後、店内には一瞬シンとした空気が流れたが、すぐに団員達がエドガーに詰め寄る。
「ちょっと団長! 何ですかあの気持ち悪い絡み方は!」
「初対面の相手の手ぇ撫でまわすなんて……」
「あれだと、次の舞台は観に来ないでしょうね」
皆に囲まれて机に突っ伏すエドガーの声は弱弱しく、今日のステージで一番輝いていた人物とは思えない。
「……うるさい」
ズーンと分かりやすく沈んでいる男・エドガーに、団員達がさらに追い打ちをかける。
「一目惚れって言っても、やり方があるでしょ」
「しかも、恋人いましたね」
「百戦錬磨の団長が、一体何やってんすか」
「……うるさい」
同じ言葉しか発さないエドガーは、すっかり落ち込んでおり机から顔を上げない。
「団長なら選び放題じゃないっすか。次行きましょ!」
「……嫌だ」
小さい声で呟くエドガー。
「あの子がいい」
今日の舞台終わり、いつも通り観客に挨拶をしていた時に見つけた青年。普段はぼんやりと見える観客席が、彼だけははっきりと輝いて見えた。
エドガーは一目で心を打ちぬかれ、その青年に釘付けになった。隣の男がこちらを見てフードを被せたことで、その視線を無理やり外したが……ずっと、見ていたかった。
舞台から降りる時も、着替えてこの店に来る時も、ずっと彼のことを考えていた。
ボーッとする団長を心配し、団員達が理由を尋ねてきたので、エドガーは『観客席にいた青年に惚れた』と素直に告白した。
質問してくる団員達を連れて店に入ったところに、あの青年の姿。思わず声を掛けずにはいられなかった。
「運命なんだ……」
高鳴る胸を押さえて青年に冷静に話し掛け、帰ろうとするのを呼び止めた。しかし、それからは緊張であまり覚えていない。
「俺は諦めない」
突っ伏したままのエドガーを見て、顔を見合わせた団員達は、空いたグラスに酒を注ぐ。
「さ、今夜は打ち上げですし、飲みましょう!」
「とりあえず飲んで、作戦でも練りましょうよ!」
「飲んで飲んで!」
この剣舞団をまとめるスターがこの調子では困る。
団員達は『このまま青年のことを忘れてくれ』と願いを込めて、注いだ酒をエドガーに勧めた。
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