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第二章 白狼と秘密の練習
挨拶
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翌日、朝方にシーバ国へ帰ったミアは、昼過ぎに再びガイアスの屋敷に転移した。
玄関でロナウドに挨拶をしていると、周りにはミアの訪問を聞きつけた使用人達が集まってきた。
「昨夜はお土産をありがとうございました」
「初めて見るお品で、とっても美味しかったです」
「また持ってきますね」
カミラとメイは緊張しながらもミアに礼を述べた。
ミアはにっこりと笑いながら返事をしていたが、歩いてくるガイアスの姿を見つけ、手を振って声を掛ける。
「ガイアス!準備できて、る……?」
明るい声で話し出したミアだったが、語尾が小さくなっていく。ミアの目線は服に釘付けだ。
「か、かっこいいね。騎士みたい」
サバル国の正装は、昔騎士が存在していた時代から受け継がれている。
ミアのお披露目式で着ていたものに似た黒のかっちりとした上下に、白く細かい模様が肩や袖に入っている。
そしてベルトと靴は上品な光沢があり、全体を華やかに見せている。髪は短いながらも後ろへ撫でつけられ、普段よりも大人な装いだ。
式の時も素敵だと思ったが、あの時はミアに余裕がなく、じっくりとガイアスの正装姿を見ていなかった。
じっと見ながら頬を染めるミアに、ガイアスも少し照れくさくなってくる。
「褒めてくれてありがとう。ミアも素敵だ」
「ありがと」
今日のミアは、ザ・王宮スタイルといった服装である。
白いゆったりとした上下はいつも通りだが、腰や首に金のアクセサリーがついており、髪型もきちんとセットされていた。
長い襟足を結んだ部分には金で花を模した飾りがつけられている。
「「素敵ですわ……」」
そんな二人を眼福とばかりに凝視するメイド達。
ガイアスは最後に自分の姿をもう一度確認し、手土産の袋を持ってミアに向き直る。
「では、行ってくる」
二人は手を繋いで玄関から姿を消す。残された使用人達は、「いってらっしゃいませ」と、にこやかな表情で頭を下げた。
「ここは?」
「正門だよ。今日はここから入って応接室まで行くんだ」
初めて見るシーバ国王宮の外観。
厳格な雰囲気漂うサバル国の城と違い、白と金が基調とされており開放的で明るい印象だ。
レンガでも石でもない、つるりとした建物は一体何で出来ているのか……ガイアスには想像もつかない。
「こっちだよ」
先を行くミアに付いて歩いていると、大きな門の前に着いた。
「ミア様! こちらから入るなんて、今日はどうなさったんですか?」
ミアの姿を見つけた若い雄の狼は、耳をピンと立てながら嬉しそうに話しかけてくる。
(さすが門番……尻尾を振りたいのを必死に抑えているみたいだな)
顔は緩みきっているが、耳と尻尾は揺れずにピタリと静止している。
「今日は父上に挨拶に行くんだ」
「アイバン陛下に、ですか……?」
「うん。俺の恋人を紹介するから」
そう言いながら、ミアは横にいるガイアスをチラッと見る。門番の男もその視線を追い、身体を硬直させる。
「……え」
門番の男の耳が急にへちょっと倒れた。尻尾も元気なくうなだれている。
「えーっと、通っていい?」
「もちろんです……おめでとうございます」
沈んだ声でもしっかりとお祝いの言葉を言う狼は、ガイアスの方をちらっと見た。その顔には『羨ましい!』と、はっきり書いてある。
(……この狼には悪いが、ミアは俺のものだ)
目の前で失恋した狼に軽く礼をすると、大きい門を通り過ぎた。
「ミア様! 今日はどうして正門からお入りに?」
「ミア様、お出かけになられていたんですか?」
ここに来て分かったことがある。ミアは『物凄い』人気者であるということだ。
廊下を歩いているだけでも、すれ違う狼全員が嬉しそうに話しかけてくる。
今も、ミアを見るやいなやパッと顔を赤らめ頭を下げる狼達に、隣を歩くミアが軽く手を挙げている。
他の狼の反応を見て、改めてミアが特別に魅力的な狼なのだと実感した。
一方ガイアスは、彼らの視界から完全に除外されている。
ガイアスの知っている狼は、ミアと従者のイリヤ、そしてシーバ国王・アイバンのみだ。彼らが自分に好意的であるため忘れていたが、狼はそもそも人間に興味を示さない生き物だ。
ここへ来て、またミアと恋人になれた奇跡を痛感するガイアスだった。
「この部屋だよ」
「分かった」
お互いの服が乱れてないかを確認する。ミアは少し折れた襟を直そうとガイアスの首元に手を伸ばした。
「あれ?」
肌に触れた指から、ガイアスの顔が熱を持っていることに気付いた。
「ガイアス、緊張してる?」
「少しな」
「よし、じゃあリラックスしよう」
そう言ってミアが目を軽く瞑った。ガイアスは、フッと笑ってその唇に自らの口を寄せる。
「何やってるんですか」
「うわっ!」
「わぁああッ!」
横から声がして驚いて顔を離す。そこには、ミア付きの従者・イリヤが眉を寄せ、怪訝そうに二人を見ていた。
「急に出てこないでよ! というか、普通に考えて今声かけないでしょ」
「普通をミア様に説かれるとは思いませんでした。貴方達、普通は陛下と殿下の待つ応接室の前でキスはしませんよ」
ガイアスは申し訳ないと頭を下げる。
「すまない」
「なッ……これには訳があるんだから!」
素直に謝るガイアスに焦り、ミアの耳はピコピコと慌ただしく揺れている。
「はぁ、どうせミア様が緊張をほぐしてあげると迫ったんでしょう。自分がしたかっただけなのに」
「イリヤ! やめて!」
ミアの焦る顔に、イリヤの言葉が当たっているのだと分かる。そういえば、昨日の夜も今朝もしていなかったと思い出したガイアスは、ミアのいじらしい行動に頬が緩む。
「もう、いいから部屋に入ろうよ!」
「貴方達がなかなか入ってこないから、こうしてわざわざ迎えにきたというのに。さて、ご案内しますから、お二人は付いて来てください」
ガチャ……
イリヤによって開けられた扉を通ると、明るい部屋の中、目の前のソファに腰掛ける二人の狼がいた。
そのうち一人は、ガイアスがサバル国の城で挨拶をした、アイバン国王だ。
「おお! ミア、ガイアス、やっと来たな」
黒い耳を立てながら、アイバンは明るい声でミアとガイアスに声を掛ける。
その隣で、ムスッとした態度を隠しもせず腕を組む灰色の狼。その尻尾は無遠慮にバシバシとソファを叩いている。
(この方が、カルバン第一王子か)
ガイアスを今にも殺しそうな目でじっと見るカルバンは、イライラとしており足をカタカタと揺らしている。
(俺は相当嫌われてるんだな……)
「まぁ、座りなさい」
ガイアスは、自分で想像していたよりも緊張しており、手がしっとりと湿っているのを感じた。しかし、ここで臆してはいけない……気を引き締めて挨拶をする。
「サバル国自衛隊第七隊隊長のガイアス・ジャックウィルと申します。この度は、ご挨拶の機会をいただきありがとうございます」
「そんなに固くならんでいい。さぁ、茶でも飲みながら話そうか」
和やかな笑顔で返すアイバンとは違い、カルバンはまだ一言も発さない。じっとガイアスを観察しているようだ。
「先日は勤務中にすまなかったな。こっちはミアの兄のカルバンだ」
喋る気配のないカルバンの代わりに、アイバンが隣を指差す。ガイアスが頭を下げても、それを無視して腕を組んだままだ。
「サバルの名物を持ってきました。お二人のお口に合えば良いのですが」
「おお、ありがたく頂こう。どれどれ……お! これは酒に合いそうだな!」
肉と魚を干しスパイスを掛けた、サバルの飲み屋では定番の品だ。
「陛下はお酒を好まれると聞いておりましたので」
「よく分かってるなぁ。今日はこれでシナと飲むか」
カルバンはチラッと土産を見たが、その表情はムスッとしたまま変わらない。
「これはナッツの蜜漬けか? カルバンの大好物だな」
興味深そうに見るアイバンとは対照的に顔をしかめたままのカルバンだったが、ようやく口を開いた。
「好みを聞いて用意するなど、子供でも出来ます」
「兄様、さっきから失礼な態度取らないでよ」
見かねたミアがムッとした声で言う。
「失礼ではない。私は今、お前の兄としてこいつがミアに相応しいか見定めているんだ」
「そんなこと、兄様が決めることじゃないよ!」
フーッと威嚇しそうな勢いのミアの膝に、ガイアスが手を乗せる。
「ミア、大丈夫だ」
ガイアスは怒るミアを小さい声でなだめ、カルバンの方を向く。
「私は、カルバン様に私達の仲を認めていただきたいです。許してもらえるまで、何回だって通うつもりです」
「何度も会えば認められるとでも?」
尻尾は相変わらずバシバシとソファを叩き、こめかみには青筋がたっている。
「君は知らないかもしれないが、ミアには各人間国の王族や、狼達からも求婚が絶えない。ミアを幸せにできる者が他にいるかもしれないとは思わないのか?」
ガイアスは黙ってカルバンの言葉を聞いている。
「……今まで大切に守ってきた弟だ。相応しい者と結ばれて欲しい。お前もミアの幸せを願うなら、」
「兄様!」
あまりにひどい態度に、ミアが怒りを露わにして立ち上がる。尻尾は逆立ち、グルルと喉を鳴らしている。
ガイアスは自分も立ち上がると、震える小さい肩に優しく手をかける。
「ミア様に求婚の手紙が来ていることは知っています。しかし私は『俺なんかが』と引き下がることはしません」
その言葉を聞いて、ミアがガイアスを見上げる。
「選んでくれたミア様の側にいて恥ずかしくない自分でいます。そして、他の誰よりもミア様を愛し、幸せにする自信があります」
カルバンの目を見てはっきりと言い切った。
カルバンとアイバンは、真剣な顔でその言葉を聞いた。
「今の言葉、忘れるなよ」
しばしの沈黙の後、静かな声で言うカルバン。
「はい」
曇りなく返事をしたガイアスに、カルバンは息をついた。
「まだ正式に認めたわけではないが……話してみないことには、どんな心の持ち主か分からん」
「兄様……」
「とりあえず、選んできたという菓子をいただこう」
カルバンは腕にある石で通信を送った。
すぐに従者が現れ手土産を持って出ていく。そしてすぐにトレーに乗った菓子が戻って来た。
アイバンはテーブルに置かれた皿を覗き込む。
「お、美味そうじゃないか」
皿に綺麗に並べられたチーズと薄いクラッカー。その上に土産のナッツとドライフルーツが乗っている。
「これはつまみにもいいな」
「昼間からはやめてくださいよ」
カルバンが父を軽く諫める。
「頂こう」
カルバンは優雅にそれを摘まむと一口で食べ咀嚼する。
その顔は平然としているが、実は衝撃で耳がピンと立つのを必死に堪えていた。
「どれ、私も一つ」
「俺も食べる!」
明るいアイバンとミアの声に紛れて、カルバンがガイアスに話しかける。
「どこでこれを買ったんだ」
「これは元自衛隊の男が作っているものです。数が少ないので決まった場所では売らず、身内の者のみに販売しています」
「何? では、買うことは出来ないのか」
ふむ、と考えるように腕を組んだカルバン。
「彼は友人なので、もし必要であれば連絡しますが」
カルバンは何かと闘うように唸っていたが、少ししてガイアスをチラッと見た。
「また来なさい。手土産にその蜜漬けを忘れないように」
「承知しました」
ミアはカルバンに怪訝な目を向ける。
「兄様、図々しいなぁ……」
「さっきまであんなにガイアスをいじめてたのにな」
親子が口を尖らせ、揃ってカルバンを非難した。
それからの時間は、カルバンがまるでお見合いのようにガイアスを質問攻めにしていたが、アイバンに急用が入ったことで今日の挨拶は終了となった。
「ミア、彼を送ったら十分以内に帰ってきなさい」
「え~、なんで?」
そのままガイアスの屋敷で過ごそうと思っていたミアは、突然のカルバンの言葉に眉を寄せる。
「話がある。早く行きなさい」
ミアは文句を言いたいのを抑えてはいるが、明らかに不機嫌だ。それを笑って見ているガイアスに、カルバンが声を掛けた。
「ガイアス、まだお前達の交際を許したわけではない。しかし、私の最初の態度はあんまりだ……すまなかった」
謝罪をする兄の姿に、ミアは驚いてガイアスの腕を掴む。
「本当に大切な弟なんだ。もう一度、話をしよう」
「はい、承知しました。次で良い返事を頂けなくても、何度も伺うつもりです」
ガイアスは頭を下げ、カルバンは自分の表情を隠すように手を口元へ持っていった。
「じゃあ、サバルまで送ってくるね」
ミアとガイアスはその場からスッと消えた。
静かになった応接室では、アイバンが息子・カルバンの顔をニヤニヤと覗いている。
「なぜまだ『許す』と言わない」
「そう簡単に認めてしまっては、示しがつきません」
「もう十分分かっただろうに。ミアが惚れた相手だ、悪い奴であるものか」
「……それは、理解しています」
「嫉妬か」
カルバンは、父の言葉を受けて目を伏せる。
「兄バカも大概にせんと嫌われるぞ」
「……はい」
「こりゃ、リースの時も大変だろうなぁ」
カルバンの肩に父の手が置かれる。
「なぜそこでリースが出てくるんですか? 何かあったんですか? まさか……」
「いや、深い意味は、」
「まさかリースまで誰かと会っているんですか? ミアのように!」
詰め寄ってくる息子に後ずさりながら、アイバンは自分の軽口を後悔した。
玄関でロナウドに挨拶をしていると、周りにはミアの訪問を聞きつけた使用人達が集まってきた。
「昨夜はお土産をありがとうございました」
「初めて見るお品で、とっても美味しかったです」
「また持ってきますね」
カミラとメイは緊張しながらもミアに礼を述べた。
ミアはにっこりと笑いながら返事をしていたが、歩いてくるガイアスの姿を見つけ、手を振って声を掛ける。
「ガイアス!準備できて、る……?」
明るい声で話し出したミアだったが、語尾が小さくなっていく。ミアの目線は服に釘付けだ。
「か、かっこいいね。騎士みたい」
サバル国の正装は、昔騎士が存在していた時代から受け継がれている。
ミアのお披露目式で着ていたものに似た黒のかっちりとした上下に、白く細かい模様が肩や袖に入っている。
そしてベルトと靴は上品な光沢があり、全体を華やかに見せている。髪は短いながらも後ろへ撫でつけられ、普段よりも大人な装いだ。
式の時も素敵だと思ったが、あの時はミアに余裕がなく、じっくりとガイアスの正装姿を見ていなかった。
じっと見ながら頬を染めるミアに、ガイアスも少し照れくさくなってくる。
「褒めてくれてありがとう。ミアも素敵だ」
「ありがと」
今日のミアは、ザ・王宮スタイルといった服装である。
白いゆったりとした上下はいつも通りだが、腰や首に金のアクセサリーがついており、髪型もきちんとセットされていた。
長い襟足を結んだ部分には金で花を模した飾りがつけられている。
「「素敵ですわ……」」
そんな二人を眼福とばかりに凝視するメイド達。
ガイアスは最後に自分の姿をもう一度確認し、手土産の袋を持ってミアに向き直る。
「では、行ってくる」
二人は手を繋いで玄関から姿を消す。残された使用人達は、「いってらっしゃいませ」と、にこやかな表情で頭を下げた。
「ここは?」
「正門だよ。今日はここから入って応接室まで行くんだ」
初めて見るシーバ国王宮の外観。
厳格な雰囲気漂うサバル国の城と違い、白と金が基調とされており開放的で明るい印象だ。
レンガでも石でもない、つるりとした建物は一体何で出来ているのか……ガイアスには想像もつかない。
「こっちだよ」
先を行くミアに付いて歩いていると、大きな門の前に着いた。
「ミア様! こちらから入るなんて、今日はどうなさったんですか?」
ミアの姿を見つけた若い雄の狼は、耳をピンと立てながら嬉しそうに話しかけてくる。
(さすが門番……尻尾を振りたいのを必死に抑えているみたいだな)
顔は緩みきっているが、耳と尻尾は揺れずにピタリと静止している。
「今日は父上に挨拶に行くんだ」
「アイバン陛下に、ですか……?」
「うん。俺の恋人を紹介するから」
そう言いながら、ミアは横にいるガイアスをチラッと見る。門番の男もその視線を追い、身体を硬直させる。
「……え」
門番の男の耳が急にへちょっと倒れた。尻尾も元気なくうなだれている。
「えーっと、通っていい?」
「もちろんです……おめでとうございます」
沈んだ声でもしっかりとお祝いの言葉を言う狼は、ガイアスの方をちらっと見た。その顔には『羨ましい!』と、はっきり書いてある。
(……この狼には悪いが、ミアは俺のものだ)
目の前で失恋した狼に軽く礼をすると、大きい門を通り過ぎた。
「ミア様! 今日はどうして正門からお入りに?」
「ミア様、お出かけになられていたんですか?」
ここに来て分かったことがある。ミアは『物凄い』人気者であるということだ。
廊下を歩いているだけでも、すれ違う狼全員が嬉しそうに話しかけてくる。
今も、ミアを見るやいなやパッと顔を赤らめ頭を下げる狼達に、隣を歩くミアが軽く手を挙げている。
他の狼の反応を見て、改めてミアが特別に魅力的な狼なのだと実感した。
一方ガイアスは、彼らの視界から完全に除外されている。
ガイアスの知っている狼は、ミアと従者のイリヤ、そしてシーバ国王・アイバンのみだ。彼らが自分に好意的であるため忘れていたが、狼はそもそも人間に興味を示さない生き物だ。
ここへ来て、またミアと恋人になれた奇跡を痛感するガイアスだった。
「この部屋だよ」
「分かった」
お互いの服が乱れてないかを確認する。ミアは少し折れた襟を直そうとガイアスの首元に手を伸ばした。
「あれ?」
肌に触れた指から、ガイアスの顔が熱を持っていることに気付いた。
「ガイアス、緊張してる?」
「少しな」
「よし、じゃあリラックスしよう」
そう言ってミアが目を軽く瞑った。ガイアスは、フッと笑ってその唇に自らの口を寄せる。
「何やってるんですか」
「うわっ!」
「わぁああッ!」
横から声がして驚いて顔を離す。そこには、ミア付きの従者・イリヤが眉を寄せ、怪訝そうに二人を見ていた。
「急に出てこないでよ! というか、普通に考えて今声かけないでしょ」
「普通をミア様に説かれるとは思いませんでした。貴方達、普通は陛下と殿下の待つ応接室の前でキスはしませんよ」
ガイアスは申し訳ないと頭を下げる。
「すまない」
「なッ……これには訳があるんだから!」
素直に謝るガイアスに焦り、ミアの耳はピコピコと慌ただしく揺れている。
「はぁ、どうせミア様が緊張をほぐしてあげると迫ったんでしょう。自分がしたかっただけなのに」
「イリヤ! やめて!」
ミアの焦る顔に、イリヤの言葉が当たっているのだと分かる。そういえば、昨日の夜も今朝もしていなかったと思い出したガイアスは、ミアのいじらしい行動に頬が緩む。
「もう、いいから部屋に入ろうよ!」
「貴方達がなかなか入ってこないから、こうしてわざわざ迎えにきたというのに。さて、ご案内しますから、お二人は付いて来てください」
ガチャ……
イリヤによって開けられた扉を通ると、明るい部屋の中、目の前のソファに腰掛ける二人の狼がいた。
そのうち一人は、ガイアスがサバル国の城で挨拶をした、アイバン国王だ。
「おお! ミア、ガイアス、やっと来たな」
黒い耳を立てながら、アイバンは明るい声でミアとガイアスに声を掛ける。
その隣で、ムスッとした態度を隠しもせず腕を組む灰色の狼。その尻尾は無遠慮にバシバシとソファを叩いている。
(この方が、カルバン第一王子か)
ガイアスを今にも殺しそうな目でじっと見るカルバンは、イライラとしており足をカタカタと揺らしている。
(俺は相当嫌われてるんだな……)
「まぁ、座りなさい」
ガイアスは、自分で想像していたよりも緊張しており、手がしっとりと湿っているのを感じた。しかし、ここで臆してはいけない……気を引き締めて挨拶をする。
「サバル国自衛隊第七隊隊長のガイアス・ジャックウィルと申します。この度は、ご挨拶の機会をいただきありがとうございます」
「そんなに固くならんでいい。さぁ、茶でも飲みながら話そうか」
和やかな笑顔で返すアイバンとは違い、カルバンはまだ一言も発さない。じっとガイアスを観察しているようだ。
「先日は勤務中にすまなかったな。こっちはミアの兄のカルバンだ」
喋る気配のないカルバンの代わりに、アイバンが隣を指差す。ガイアスが頭を下げても、それを無視して腕を組んだままだ。
「サバルの名物を持ってきました。お二人のお口に合えば良いのですが」
「おお、ありがたく頂こう。どれどれ……お! これは酒に合いそうだな!」
肉と魚を干しスパイスを掛けた、サバルの飲み屋では定番の品だ。
「陛下はお酒を好まれると聞いておりましたので」
「よく分かってるなぁ。今日はこれでシナと飲むか」
カルバンはチラッと土産を見たが、その表情はムスッとしたまま変わらない。
「これはナッツの蜜漬けか? カルバンの大好物だな」
興味深そうに見るアイバンとは対照的に顔をしかめたままのカルバンだったが、ようやく口を開いた。
「好みを聞いて用意するなど、子供でも出来ます」
「兄様、さっきから失礼な態度取らないでよ」
見かねたミアがムッとした声で言う。
「失礼ではない。私は今、お前の兄としてこいつがミアに相応しいか見定めているんだ」
「そんなこと、兄様が決めることじゃないよ!」
フーッと威嚇しそうな勢いのミアの膝に、ガイアスが手を乗せる。
「ミア、大丈夫だ」
ガイアスは怒るミアを小さい声でなだめ、カルバンの方を向く。
「私は、カルバン様に私達の仲を認めていただきたいです。許してもらえるまで、何回だって通うつもりです」
「何度も会えば認められるとでも?」
尻尾は相変わらずバシバシとソファを叩き、こめかみには青筋がたっている。
「君は知らないかもしれないが、ミアには各人間国の王族や、狼達からも求婚が絶えない。ミアを幸せにできる者が他にいるかもしれないとは思わないのか?」
ガイアスは黙ってカルバンの言葉を聞いている。
「……今まで大切に守ってきた弟だ。相応しい者と結ばれて欲しい。お前もミアの幸せを願うなら、」
「兄様!」
あまりにひどい態度に、ミアが怒りを露わにして立ち上がる。尻尾は逆立ち、グルルと喉を鳴らしている。
ガイアスは自分も立ち上がると、震える小さい肩に優しく手をかける。
「ミア様に求婚の手紙が来ていることは知っています。しかし私は『俺なんかが』と引き下がることはしません」
その言葉を聞いて、ミアがガイアスを見上げる。
「選んでくれたミア様の側にいて恥ずかしくない自分でいます。そして、他の誰よりもミア様を愛し、幸せにする自信があります」
カルバンの目を見てはっきりと言い切った。
カルバンとアイバンは、真剣な顔でその言葉を聞いた。
「今の言葉、忘れるなよ」
しばしの沈黙の後、静かな声で言うカルバン。
「はい」
曇りなく返事をしたガイアスに、カルバンは息をついた。
「まだ正式に認めたわけではないが……話してみないことには、どんな心の持ち主か分からん」
「兄様……」
「とりあえず、選んできたという菓子をいただこう」
カルバンは腕にある石で通信を送った。
すぐに従者が現れ手土産を持って出ていく。そしてすぐにトレーに乗った菓子が戻って来た。
アイバンはテーブルに置かれた皿を覗き込む。
「お、美味そうじゃないか」
皿に綺麗に並べられたチーズと薄いクラッカー。その上に土産のナッツとドライフルーツが乗っている。
「これはつまみにもいいな」
「昼間からはやめてくださいよ」
カルバンが父を軽く諫める。
「頂こう」
カルバンは優雅にそれを摘まむと一口で食べ咀嚼する。
その顔は平然としているが、実は衝撃で耳がピンと立つのを必死に堪えていた。
「どれ、私も一つ」
「俺も食べる!」
明るいアイバンとミアの声に紛れて、カルバンがガイアスに話しかける。
「どこでこれを買ったんだ」
「これは元自衛隊の男が作っているものです。数が少ないので決まった場所では売らず、身内の者のみに販売しています」
「何? では、買うことは出来ないのか」
ふむ、と考えるように腕を組んだカルバン。
「彼は友人なので、もし必要であれば連絡しますが」
カルバンは何かと闘うように唸っていたが、少ししてガイアスをチラッと見た。
「また来なさい。手土産にその蜜漬けを忘れないように」
「承知しました」
ミアはカルバンに怪訝な目を向ける。
「兄様、図々しいなぁ……」
「さっきまであんなにガイアスをいじめてたのにな」
親子が口を尖らせ、揃ってカルバンを非難した。
それからの時間は、カルバンがまるでお見合いのようにガイアスを質問攻めにしていたが、アイバンに急用が入ったことで今日の挨拶は終了となった。
「ミア、彼を送ったら十分以内に帰ってきなさい」
「え~、なんで?」
そのままガイアスの屋敷で過ごそうと思っていたミアは、突然のカルバンの言葉に眉を寄せる。
「話がある。早く行きなさい」
ミアは文句を言いたいのを抑えてはいるが、明らかに不機嫌だ。それを笑って見ているガイアスに、カルバンが声を掛けた。
「ガイアス、まだお前達の交際を許したわけではない。しかし、私の最初の態度はあんまりだ……すまなかった」
謝罪をする兄の姿に、ミアは驚いてガイアスの腕を掴む。
「本当に大切な弟なんだ。もう一度、話をしよう」
「はい、承知しました。次で良い返事を頂けなくても、何度も伺うつもりです」
ガイアスは頭を下げ、カルバンは自分の表情を隠すように手を口元へ持っていった。
「じゃあ、サバルまで送ってくるね」
ミアとガイアスはその場からスッと消えた。
静かになった応接室では、アイバンが息子・カルバンの顔をニヤニヤと覗いている。
「なぜまだ『許す』と言わない」
「そう簡単に認めてしまっては、示しがつきません」
「もう十分分かっただろうに。ミアが惚れた相手だ、悪い奴であるものか」
「……それは、理解しています」
「嫉妬か」
カルバンは、父の言葉を受けて目を伏せる。
「兄バカも大概にせんと嫌われるぞ」
「……はい」
「こりゃ、リースの時も大変だろうなぁ」
カルバンの肩に父の手が置かれる。
「なぜそこでリースが出てくるんですか? 何かあったんですか? まさか……」
「いや、深い意味は、」
「まさかリースまで誰かと会っているんですか? ミアのように!」
詰め寄ってくる息子に後ずさりながら、アイバンは自分の軽口を後悔した。
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から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
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✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
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