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第一章 白狼は恋を知る

手紙の送り主

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 その夜、式の最終確認が終わり、あとは軽い打ち合わせのみとなったミアは自室のベッドによじ登った。
「イリヤ……予定詰めすぎ……」
 ここにはいない従者にぼやきながら、今日最後の仕事である手紙の仕分けに取り掛かる。
 ベッドの上から箱に手だけを突っ込んで漁っていると、手紙はほとんどなくなっており、残すところあと十枚程度のようだ。
 終わりが見えるとやる気が出てくるもので、ミアは勢いよく手紙の箱をベッドの上にあげ、ひっくり返す。
 ドサッ
 手紙の封を開けようとペーパーナイフをサイドテーブルから出し、さっそく取り掛かる……つもりだったが、目の前には手紙の仕分け初日に見た厚い束があった。
(うわ~、見るのが怖くて後回しにしてたけど……この束以外は、あと二枚だけか)
「よし! 先に終わらせよう!」
 覚悟を決めて紐を解いていく。便箋はどれも違うデザインのようで、封筒は白を基調としているものの、絵が描かれていたり型押しがしてあるもの、リボンがついているものなど様々だった。
 その中の一枚を手に取り、丁寧にナイフで開けていく。そして、名前の確認をしようと封筒の裏を見て、自分の目を疑った。
 手紙の差出人は、ガイアスという名前だったのだ。
「ガイアス・ジャックウィル……」
 自分が毎週末会っているガイアスのことかとあたふたしたが、少し冷静になって彼の名前について考える。そして彼の屋敷に行った時のことを思い出した。
 廊下で、祖父とみられる人物の肖像画を見かけた時、なんと書いてあっただろうか。
『ジャスパー・ジャックウィル』
 頭に浮かんだ名前に、ドクドクと心臓が鳴る。
 なぜガイアスが自分に手紙を出したのだろうか。それもこんなに大量に。
 八枚ある手紙の全てを急いで確認するが、すべてにガイアスの名が刻まれている。
(何が書いてあるんだろう。実は師匠を辞めたいとか? 結婚しますとか?)
 嫌な妄想が頭をよぎり、手が少し震えた。
 なるべく視線を遠ざけながら、腕をピンと伸ばして薄目で手紙の内容を窺う。手紙の真ん中辺りを恐る恐る見ると、そこにぼんやりと『会いたい』を意味する言葉が見えた。
「えっ⁈」
 バッと手紙を引き寄せ文字を確認する。
『ミア様にお会いしたいです』
 そこから読み進めると、以前ガイアスがミアを見かけたような内容が書かれていた。
(一度会ってる? 俺とガイアスが?)
 手紙の届いた日にちを確認すると、半年以上前。ミアとガイアスはまだ出会っていないはずだ。
(どうなってるんだ……?)
 とにかく、と手紙を読み進めるが、読む度に赤くなったり悶えたりと、かなり時間がかかってしまった。
「はぁ……胸が、おかしくなりそ……ッ」
 丁寧に書かれた手紙の内容はすべて『会って自分を知ってほしい、そしてミアを知りたい』といったものだったが、ところどころにガイアスの感情もちらりと書かれており、『貴方の姿が頭から離れません』の言葉を見た時には、過呼吸になるかと思った。
(なんでガイアスは、俺に何も言わなかったんだ?)
 結局、手紙の内容からガイアスの考えを読み解くことはできなかった。

 そして迎えたお披露目式当日。
 ミアは早朝から使用人達に囲まれ、用意された衣装を着せられる。
 普段は二、三個程度のシンプルな装飾も、今日ばかりは派手なものに変えられ数個まとめて付けられる。白いゆったりとした布地に金と銀の刺繍で花などの植物があしらわれた衣装。
 その上から透けたヴェールをかけられる。伸ばしている後ろ髪は、まとめて花と一緒に編み込まれ、最後に頭に花を模した金銀の冠を被せられた。
「よし、完璧ですねミア様」
「もう終わった?」
「はい、あとは式までゆっくりお過ごしください」
 イリヤの満足そうな顔に、長かった支度から解放されたとホッとする。
「ミア、お疲れ様。ガイアスさん来てるかな?」
「あ、リース!」
 控室で椅子に座りぼんやりしていると、部屋に入ってきた弟に話しかけられた。
「ガイアス、来るとは言ってたけど」
「式が終わったら会うの?」
「そんな約束はしてないけど……しとけば良かった」
 しゅんとするミアは、再び扉が開く音がして振り返る。
「ミア、リース! そろそろ席に移動するぞ」
「ミア今日は頑張ってね~」
 兄のカルバンと、二日前にシーバ国へ帰ってきた姉・スーシャが二人の元へ歩いてきた。
「ミア、今日はあの男も来ているらしいな」
「あら、ミアの彼も今日いるの?」
 相変わらずガイアスを警戒している兄と、その状況を面白がっている姉。
「『彼』ではない! その言い方はやめろ!」
「いいじゃない。ミアも否定してないし」
「なっ、ミア! どういうことだ⁈」
 カルバンがバッとミアの方を向く。
「も~、カルバンは過保護すぎよ。ミアもリースも大人なんだから、自由に好きなことをしていいのよ」
「リ、リースも……」
 リースが誰かといる姿を想像をしたのか、カルバンがガーンと音がしそうな表情で立ち尽くしている。
「さ、うるさい兄様は置いて行きましょ」
「そうだね」
「行こ行こ」
「ちょっと待て、お前達っ!」
 四人はワイワイ言いながら、席に向かって廊下を歩いた。

 式はサバル国の城内で行われる。
 王が国民に顔を見せる際に使われる、城上部の突き出たバルコニーに上がると、中央にラタタ家の座る席が用意されていた。
 父母とミアを前に、少し下がる配置で兄妹達が座る。
 下に集まった国民達は皆歓声をあげており、その声はしばらくやみそうにない。
 その歓声に手を挙げて答えていたラタタ家だったが、サバルの国王・ジハードが立ち上がったことで、その声はピタッと止んだ。
(こうしてると、王様らしいんだけどなぁ)
 先ほど、父・アイバンと挨拶をしに部屋を訪れた際、豪快に笑いながら酒の話をしていた人物とはとても思えない。
 そのままジハード王が挨拶を始める。その後はラタタ家の紹介、サバル国の国歌、シーバ国王であるアイバンの挨拶、ミアの挨拶と続く。
(俺の出番はまだ先だ……)
 ミアはガイアスを探すことにする。
 国民は城下から見上げる形で式に参加する。多くの者は狼の王族を一目見たいと望遠鏡を手に持っていた。
 それとは違い招待状を持つ者は、ミア達がいるバルコニーの斜め左右にあるテラスか、向かいに建つ棟に席が用意してある。
 左右をちらっと確認してみるが、それらしい人物は見当たらない。ミアは向かいの棟をじっと見つめた。

 棟の上部三階には、大きな窓ガラス一枚で中が見えるようになっている。
 式が始まるまではカーテンがかけられていたのが、今は左右に開いていた。確認していると、上から二階の右端に一際大きな人物が座っているのが見えた。
(ガイアスだ……!)
 こちらを見ているのだと分かり、慌ててあらかじめ伝えていたサインを送ると、ガイアスも同じように指を二本曲げるように動かした。
 みんなにバレないようにサインを送りあうのがなんだか面白くて、ミアはにやけた顔を抑えるのに必死だった。
「ミア、何してるの?」
 横に座る母・シナが話しかけてくる。
「あ、サインを送ってたんだ。目の前の棟に俺の知り合いが来てるから」
「あら、例の自衛隊の? どの方なの?」
「えっと、上から二階の右端にいるよ。大きくて、黒い服着ててマントしてる」
「まぁ、すごく存在感のある方なのね! ぜひ今度紹介してほしいわ」
「うん。あっちが良ければね」
 最近、やっと王家の狼だと告白したばかりだ。いきなりシーバ国の王妃に挨拶するのは、さすがのガイアスも緊張してしまうのではないだろうか。
(でも、いつか家族に紹介できるといいな)
 ミアはまた前を向き、ガイアスを見つめた。
 今日のガイアスは練習の時に着ている白いシャツと黒いズボンではなく、全身黒でかっちりとした装いだ。金で縄のような模様の入った服は、ガイアスの男らしさを引き立てている。
(近くで見たいなぁ)
 いつもと雰囲気の違うガイアスに、ミアの心は高まっていた。


「ここか」
 式の始まる一時間前。ガイアスは、特別な式の観覧席として作られた建物の前に立っていた。
(まさか自分が警護される側になるとはな)
 ガイアスは、少し妙な気分で棟の中に足を踏み入れた。
 棟入口の案内人に招待状を見せると、式が始まるまでは一階の控室で待つよう言われた。
 見慣れない顔ぶれに囲まれつつ座って待っていると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「ガイアス隊長? なんでここにいるんっスか?」
 この棟の警備にあたっている自分の隊の部下・マックスは、今日は休みの予定ではないのかと尋ねてきた。
「休みを取って式を見に来た」
「そうじゃなくて! 俺が聞きたいのは、『招待状を誰から貰ったのか』ってことっス!」
「それは言えないな」
 興奮気味に聞くマックスに答えられないと伝えると、不満げに文句を言った。
「なんでっスか~! あ、遠征のご褒美っスか?」
「恩賜の謁見はまだだ」
 二年間の遠征を終えた自衛隊は、王から何でも一つ褒美を貰うことができる。
 ガイアスの帰還は半年前だが、遅れて出発した班が先日やっと城に戻ってきたところであり、褒美を頂くことができるのはまだ先の話だ。
「え~、まじで謎っス」
「そのうち言う……かもしれないな」
「今聞きたいんっス!」
 しつこい部下に呆れていると、案内人の女性が控室の扉を開けた。
「あ、そろそろ上に上がるみたいっスね」
 数人を先頭に、上へと続く階段を上がっていく。
 ガイアスが席に着くと、ちゃっかりと横に立つ。
 どうやらガイアスの動きから何か情報を得ようと企んでいるようだ。
「ジェンは下で警護の指揮だったな」
「そうっスよ。副隊長には悪いけど、俺ここの警備で本当に良かったっス~。城前警備が一番大変そうだったっス」
 第七隊の副隊長であるジェンは、ガイアスが自ら自衛隊に引き抜いた人物だ。
 学校で出会った時から、ジェンのずば抜けた身体能力と剣の腕に圧倒された。
 卒業してからは、ガイアスは自衛隊へ、ジェンは植物学者になるために専門的な学部へ進学した。
 そしてガイアスが若干二十一歳で隊長になった時には、ジェンを引き抜こうと研究室へと通った。
 最初は難しい顔をしていたが、剣が元々好きだったこともあり、最後に首を縦に振ったジェンには感謝しかない。
 一般の隊員として入隊し、その後はみるみる頭角を表し遠征が始まる数か月前には副隊長となった。
 今ではガイアスをしっかり支える、居なくてはならない存在だ。
(ジェンには申し訳ないことをしたな……)
 ガイアスが休んでしまったことでジェンへの負担が増えてしまったことに、少し罪悪感を感じた。
「あ、カーテン開くみたいっスよ」
 目の前の赤いカーテンが左右に開かれ、城のバルコニーが徐々に見え始める。
(ミアは、まだいないな)
 バルコニーには式を取り仕切る数名と警備の者のみだ。
「あ、始まるみたいっスね」
 しばらくして大歓声と拍手の音が鳴り響いた。
 アイバン王を先頭に出てきたラタタ家に、この棟でも盛大な拍手が起こる。
 ガイアスは、歩いて席へ向かうミアをじっと見つめた。
 今日のミアはまさに王族といった出で立ちで、輝いている銀の髪や白い耳は、光を受けて神々しいとすら言える。
(綺麗だ……)
 素直にそう思っていると、どの席からも「なんと美しい」「あれがラタタ家の狼か」と呟く声がし、皆身分の高い者でありながら、口をあんぐりと開けて凝視している。
 例に洩れずガイアスも見つめていると、席に着いたミアが何かを探すようなそぶりをし始めた。左右を見て前を向いたと思うと、下から順にガイアスを探しているようだった。
(席に着いたばかりなのに、もう俺を探しているのか)
 キョロキョロと、控えめにではあるが視線を彷徨わせるミアが愛しくて可愛い。
 そして目が合ったと思ったら、左手の人差し指と中指を前に二回倒してきた。
 フッと表情を緩めながら同じ仕草を返してやると、嬉しそうに笑った気がした。
「あ、ミア様がなんか可愛いポーズしたっスよ! 隊長見ました⁈」
「ああ」
 自分に向けてしているのだと言いたい気持ちを抑えて、冷静に頷く。
「ミア様、なんて表現したらいいか……まるで天から来たみたいっス」
「そうだな」
 ミアに見とれていたマックスだが、ラタタ家全員をくまなく見て感想を述べる。
「リース様はミア様に似てるけど、どちらかと言うと癒し系な感じっスね……サーシャ様も、噂に違わず凄い美人!あの方はカルバン様? 本にあった通り彫刻みたいで……かっこよすぎるっス!」
「お前やけに詳しいな」
「俺、今日で一生分の運を使い果たした気分っス」
 ポーッとした顔で前を向くマックスは、今日は人生最高の日だと大げさに喜び、また軽口をたたく。
「もし俺がミア様とお付き合いできたら、」
「おい、お前はちゃんと仕事をしろ」
 たとえ想像でも、ミアを汚されたような気がして思わず突っ込んでしまうガイアスであった。
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