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北の要塞 6

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 要塞内の敵を片付けたクリスとカレン二人は、戦闘がまだ続くカルラシア王国側の壁へ移動した。壁の上では、ルストニア将軍が戦場を眺めていた。

「二人とも、協力してくれて有り難う。もう少しで、敵の制圧は完了しそうだよ」

「あれは、何? 敵の後ろからも攻撃してるけど。あの味方は、何処からの来たの」と、敵と難民の間に入り込み陣を組んで戦う味方を見つけたカレンは不思議そうにする。

「本当だな。どうやって移動してきたんだ」、光が目に入ったクリスは、何気に海の方を見た。

「気が付いたか。そうだよ、あれはダンディルグ王国の海軍だよ。海から上陸した彼等と連携して敵を挟み撃ちしている」

「海軍ですか・・・」

「そうだ、王国海軍だ。海に面する領土が少ないから小規模にはなるが、海上から自国を守るために創設された必要最低限の部隊だよ。海戦も手掛けるが、海から上陸して戦う事も想定して訓練している。海軍は、実戦を経験する機会が極端に少ないからね。まあ、今回は良い機会になったよ。」

 確かに沿岸部にあるダンディルグ王国の領土は此処くらいだが、陸と海の両方の防衛を考えれば、海軍が居てもおかしくはない。

 彼等の見つめる中で繰り広げられる海軍の陸戦は、実に見事なものだった。
 派手さは無いが、退路を閉ざし確実に敵を仕留めていたからだ。

 横一線に隙間なく並ぶ重騎士が盾で壁を作り、その壁の後ろで待機する槍兵が敵を突く戦法に、敵の数は半分以下になっていた。

 ジリジリと前進して来る海軍を前に逃げ場を失った敵兵は、最後まで降伏せず勇ましく戦っていたが、全滅するのはもはや時間の問題だった。 

「はあ、兵士と言う生き物は、どうして勇ましく戦って死ぬのを美徳とするのかしら」と、女性の視点から全く理解出来ない男達の行動に、カレンは虚しさを覚えた。

「兵士は、そう言う風に教育されているんだよ。お前だって勇者の任命式で、国を守るために命を捧げると王に誓っただろ」

「確かにそうだけど。生き残れたら次の戦いで挽回出来る事だってあると思うの。私、間違ってるかな」

 過去の経験から何か身に覚えがあるのか、カレンの頭の上に手を置いたルストニア将軍は遠くを見つめた。

「カレン、全ての戦いで命を捧げていたら何度死ねば良いのか分からない。それでも指揮官が撤退命令を出さない限り、退くことは出来ないんだ。だからこそ仲間の命を預かる立場の人間は、攻め時と引き際の判断に迷ってはいけない。そして命を軽んじてはいけない・・・、失った者は二度と帰っては来ないのだ。お前が戦う時も常に戦況の先を読み最善の道を選べ」

「はい、師匠!」

 叩き上げの軍人だけあって説得力がある。隣で聞いていたクリスも将軍の話しに納得してしまった。さすが兵士達から尊敬される指揮官は、一味も二味も違う。

 連戦連勝などあり得ない。ルストニア将軍も、一兵卒として戦っていた頃に何度も苦い経験をしてきているのだ。無謀な突入で仲間を失い、自分自身も瀕死の重傷を負った事さえある。己の手柄だけしか考えない指揮官に、どれだけ苦しめられてきた事か。

 そんな様々な経験をしたルストニア将軍の語る言葉だからこそ、すんなりと胸に落ちた。

「もう、後は我々に任せてくれ。君とカレンは、休んでくれて良いよ」

「ええ、分かりました。しかし、戦闘が終わった後はどうするんですか?」

「そうそう、私も気になっていたの。難民はどうなるの」

「二人とも、大丈夫だよ。敵を排除したら海軍が外で難民を一人一人チェックする予定だ。確認作業が終われば、彼等を領内に受け入れる」

「良かった。難民を追い返す事にならなくて」

「難民は受け入れろ、敵は排除しろ、これが王から届いた命令だよ」

「ラングスは、さらっと、難しい事をやらせるんだな」

「ははは、そうだな。しかし、私も君とカレンが居てくれたので楽をさせて貰ったよ。二人に要塞内の敵を任せられたから、外からの襲撃に直ぐ対処出来たしね」

「俺もカレンも将軍の戦力として計算されていたんですか」

「そりゃそうだろ。君とカレンの二人が戦ってくれたから、要塞内の被害は少なくて済んだのだよ」

 程なくして海軍の制圧が終わりに近づいたのか、要塞の中と外で勝どきを上げる兵士達の声が聞こえてきた。

 グランベルノ王国が仕掛けた襲撃は、あえなく失敗に終わったのだった。

 勝利したが、どこか腑に落ちない。何かが始まる兆しでなければ良いが。

 そんな風にクリスが考えてしまうのは、カルラシア王国を攻略してから勢いづくグランベルノ王国が次に何を企んでいるのか気になるからだった。

 それに、もし敵が大隊を率いて北の要塞に向かっていたとしたら。

 敗走する兵士達を眺めていたクリスにルストニア将軍は、軽く彼の背中を叩いた。全てお見通しなのか有能な指揮官は、親指を立てて見せる。

「将軍・・・」

「何も心配しなくて良い。今回、兵士達には良い教訓になったはずだから、大丈夫だ」

 要塞を守るのは、将軍と彼の率いる部下達の仕事なのだ。それを自分が心配するのは、お門違いも甚だしいなと、クリスは肩の力を抜いた。

 翌日、要塞を出発してからカレンの様子が変だった。

 馬に乗る彼女は、物思いに耽る素振りをずっと見せていた。クリスが話しかけてもほとんど上の空で会話にならない。一日中そんな調子だった彼女は、夕食を済ましてからも焚火の火をぼんやり見つめたまま動かなかった。

「なあ、カレン。何か気になる事でもあるのか?」

「うん、無いと言えば嘘になるわよね。実は・・・」

 カレンは、開けた口を途中で閉じた。話したいが、自分からはどうしても話し難いようだ。

「俺の事が気になっているんじゃないのか。勝手に居なくならないかと」

 口を尖らせたカレンは、目を逸らした。

「う、うん」

「ダンディルグに戻ってから話すつもりだったけど・・・、君が考えている通りだよ」

「そうよね。やっぱりアルフェリアに戻るのよね」

「ああ、一度、戻りたい」

「良いわよ。クリスがそうしたいのなら、私は反対しないです。ただ、約束して欲しいの」

「約束? 俺に出来る事なら約束するが・・・」と、クリスは首を傾げた。

「必ず・・・、必ず私の所に帰ってきて欲しいの。新しい奥さんや妾を連れて来ても良いから、屋敷の主として帰ってきて欲しい。駄目ですか?」

 出来る事なら一緒にアルフェリアへ行きたいのだろう。しかし、カレンは女神の加護を受けた勇者、その勇者は魔族を守護する者だ。そんな彼女は、個人的な理由で勝手に国を出る事は許されない。クリスが旅に出てしまえば、待つしかないのだ。

「ははは、必ず戻るよ。塔を攻略する前に約束しただろ、俺に何かあった時は頼むと。間違いなく君は、俺の嫁なんだ。それに、ダンディルグには俺の帰る家が出来たからな」

「有り難う」、そう答えたカレンはクリスにもたれかかり目を閉じた。

 これからの予定は決まった。
 今度こそダンディルグ王国を出てアルフェリアに戻る。

 決して住み慣れた場所が恋しいからではない。フリント王国に続きカルラシア王国を侵略したグランベルノ王国の事だから、次はアルフェリアに進軍して来るのではないかと気がかりなのだ。

 それに争いの火の粉をまき散らされ、住みにくい世の中にされるのは我慢ならない。平穏で自由気ままな生活を奪う輩は、絶対に許さないのが今のクリスの心情だった。
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