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北の要塞 5

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 門の前で起こった爆発に全員が気を取られる隙に、折られた腕をダラリとし足を引きずるニナは、逃げる様にクリスから離れた。

 隙を伺っていたシュビは、クリスとニナの間に割り込んだ。

 決して仲間思いから取った行動ではない。沸々と湧き上がる怒りが、彼女の背中を押したのだ。

「女の顔に傷を付けたのよ。どうやって責任を取ってもらおうかしら」

「えっ、責任を取らないといけないのか。冗談は、顔だけにしてくれよ」

「本当に失礼な男ね。まあ、嫌いじゃないけど」と、腰を振りながら近づいてくる。
 
 次にクリスが相手するのはシュビだ。彼女は細く長い金髪を揺らめかせながら、クリスの元へ歩み寄る。

「さっきの女とのやり取りを見てたのに、自信たっぷりだな」

「自信なんて関係ないわ。私は、ただ、あなたの苦しむ姿が見たいだけなの」

 細く白い腕を上げたシュビは、パチンと指を鳴らした。

 無詠唱で炎の壁を出した。炎は、兵士達に邪魔されないように三人を取り囲む。

「ふーん。そんな事したら、逃げられなくなるけど良いんだ」と、クリスは地面に座り込むニナの方を見た。

「さあ、二人の時間を楽しみましょう」

 軽く膝を曲げたシュビは、お辞儀をしてからクリスの手を取りダンスを始めた。

「おいおい、戦場だぞ! 本気でダンスをするつもりか」

「そうよ、悪いかしら。あなたには、存分に私の魅力を教えて上げたいのよ」

「訳が分からない。こんな所で踊っている場合じゃないからな」

 怪しい笑みを浮かべたシュビは、胸を押し付けクリスの唇に吸い付いた。
いきなり口づけするこの女が、何を考えているのか全く分からなくる。

 クリスから離れた彼女の唇から、囁くようなか細い声が聞こえて来た。

「ああ、我を魅了するは神のみぞ、我に魅了されるは汝たれ。我の思い人よ我に魅了されよ、チャーム!」

「クッ、しまった。その手でくるのか」

 薄紫色の光が二人を包む。特定の相手を魅了する魔法チャームが発動したのだ。いくら創造神から力を貰ったクリスでも、精神魔法にどう対処すれば良いのか分からず困惑してしまった。

 チャームを解除する方法を考えろ、創造しろ。しかし、そう思っても咄嗟には、何も頭に浮かばない。額に手を当てるクリスは、全身の力が抜け地面に片膝を付いた。

「いくら足掻いても私の魅力(チャーム)からは、逃れられないわよ」

 そう話すシュビにクリスは、苛立った。

 上から目線でムカつく女だ。こんな女に心も身体も支配されるのは、虫唾が走る。早く何とかしないと。チャームに飲み込まれるまで、そんなに時間は無い。

 自分の精神力の弱さにをクリスは、嘆きたくなった。

 魅了魔法(チャーム)は、視覚、聴覚、触覚、味覚、聴覚の五感に干渉し瞬時に相手を催眠術にかける。同性には効果の薄い魔法なのだが、相手が異性なら絶大な効果を発揮する。

 シュビがクリスに口づけをしたのは、女を意識させるため。

 異性だと言う事をクリスの深層心理に植え付け、五感に干渉しやすくしたのだ。女性より男性の方が異性を意識しやすく、魅了しやすい。

 自暴自棄になりそうなクリスは、目の前に転がる剣を拾い上げた。

「ははは、馬鹿な俺は、この方法で正気に戻ってやるよ!」

「何を言っているのかしら、気でも触れましたか?」

 自信ありげな表情を見せたクリスは、手にする剣を自分の太ももに突き刺した。

「ぐっ、ぐわあああ・・・」

「まあ、自分から苦しむ顔を見せてくれるなんて。嬉しいわ」

「喜んでいる場合じゃないぞ。かなり強引だったが、お前の魔法から逃れられたよ」

「正気に戻るのと引き換えに足を犠牲にしたのよ。そんな無様なあなたが、私に勝てると思っているの。足を引きずるあなたをゆっくりと調理してあげるわ」

 何も知らずに呆れるジュリに一泡吹かせる事が出来ると思うと、痛みで疼く足も気にならない。クリスは、痛快な気持ちになった。

 突き刺さる剣を引き抜き、血で染まる足に手のひらを当てた。

「創造神の力よ、・・・我に癒しを与えたまえ!」、光がクリスの傷を癒し流れた血を再生してしまった。

「ふ、ふざけないでよ!」

「しょうがないだろ。これが俺の与えられた力なんだから」

 呼び出した神剣を手にすると、低い体勢でシュビの足元へ飛び込んだ。

 屈辱で顔を歪めるシュビは、クリスを見下ろしていた。そんな彼女に間髪入れずにクリスは、下から上に剣を振り抜いた。

 はらりと前がはだけ、シュビの裸体が露わになる。

「ふん、女を捨てた私がそんな事で狼狽えるとでも思っているの」

「戦場だ、そんなの期待しちゃいないぜ。どうせ真っ裸になっても戦うだろうからな」

「良く分かってるじゃないの」と、足元のクリスを蹴り上た。

 クリスは、後ろへ宙返りしてシュビの蹴りを避けた。すると、タイミングよく衝撃波が、炎の壁を切り裂いて飛び込んできた。

「が、がはぁ・・・、何が起こったの?」

 衝撃波を受けたシュビは、口から血を流しながら腹部の傷を押さえた。

 炎の壁をすり抜け現れたカレンの姿が、シュビの目に入る。炎を纏いし魔族の勇者に、炎の壁は何の障害にもならない。

「あなたの仲間は、自爆して死んだわ。門を閉じさせてもらったけど、まだ、戦うつもりなの」

 そう話すカレンは、今にも剣技を繰り出しシュビに止めを刺す雰囲気だった。

「あははは、ラダーは死んでしまったのね。門も閉じちゃったし、ここまでなのかしら」と、視線をニナに送った。

「観念して降参しろよと言いたいが、グランベルノの特殊部隊のお前らは、直ぐに死にたがるからな。どうせ、今回も死ぬんだろけど」と、地面に神剣を突き刺したクリスは腕を組み傍観していた。

「どう言う事なのクリス?」

「ああ、カレン。あいつらは、作戦に失敗したら、自決するように教えられてるんだよ。敵に捕まらない、情報を漏らさないが、あいつ等のモットーさ」

「良くご存じね。こんな所で捕まって、拷問され、挙句には兵士達に凌辱される。そんなのは許されないのよ」

 シュビが話している間に、足を引きずりやって来たニナは、彼女の背中にもたれかかった。ニナの吐息が、シュビの背中に当たる。

 振り返ったシュビは、ニナを抱き寄せ彼女の顎に手を置いた。

「シュビ、愛するあなたと一緒なら本望よ」

「ああ、やっぱり私もあなたを愛しているのね。一緒に行きましょう!」

 抱き合い見つめ合うシュビとニナは、お互いの背中をナイフで突き刺した。

 二人は快楽に溺れる様な恍惚とした表情を浮かべ、更にナイフをお互いに深く押し込んだ。

「やっぱり、自決するなんて卑怯よ」と、カレンは唇を噛みしめ睨みつけていた。

「あれが、あいつ等のやり方なんだよ。何も残さない連中だから」

 クリスの言う通り力尽きる前にニナとシュビは、互いに魔法を詠唱し炎に包まれた。ジリジリと燃え上がる炎の中で、抱き合う二人の肉体は爛れ落ちて行った。
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