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北の要塞 1

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 気になる噂を聞いたクリスとカレンは、港町グルグから海岸を西へ進み北の要塞に向かっていた。そこは本来、国境を守るために作られた施設だったのだが、今は魔族に敵意を見せる人間族の侵攻を防ぐための要塞に変貌していた。

 常に二千人弱の兵士達が交代制で駐在する、北の街道を塞ぐダンディルグ王国の防衛拠点。

 ほんの数十年前までは、人間族が治めるカルラシア王国からの商人や近隣に住むエルフ族達が街道を利用していたのに。

 そんな平穏な日々は、呆気なく終わってしまった。

 勢力を拡大するグランベルノ王国に負けじと、経済的な優位と強化を図ろうと考えたカルラシア王国は、北の街道での商業発展と通行税を取るために独占権を得ようと画策した。

 そんな一方的な理由で彼等は、北の街道を進軍しこの地まで攻めて来たのだ。

 カルラシア王国との小競り合いを発端に、侵略の危機を感じたダンディルグ王国は、ここに要塞を築いた。

 ここ暫くカルラシア王国が兵士を送り込む事は無かったが、数日前にグランベルノ王国の旗をなびかせる軍勢が北の要塞の前に姿を現したらしいと町で噂が流れた。

 その真相を確認するために、ダンディルグに戻る仲間達とグルグで別れたクリスとカレンは、別行動を取ったのだ。

「しかし、本当に何もないんだな。昔は、賑わっていた街道だろ」

 冷たい海風に馬上のクリスは、身を縮める。

 寒そうにするクリスと違い並走するカレンは、平然としていた。そもそも体温の低い魔族にとっては、丁度よい気温に感じていたのだ。

「そりゃそうでしょう。封鎖された街道だもの、道も荒れ放題だしね」

 カレンの話す通り、海岸線を眺めると住人に捨てられた漁村が見える。人の往来が無くなったのだから、かつての賑わいは過去の産物となり果ててしまっていた。

 ここは、本当に殺風景な場所だ。

「噂通りこのタイミングで軍を送り込んでいるのなら、グランベルノ王は本気で魔族とやり合うつもりなのかも知れないな」

「ふーん、やっぱりそうなのね。カルラシア王国を支配するだけが目的じゃ無かったのか」

「最悪な場合は、大規模な戦争に発展するかもな。そうならない為にも、状況を確認してラングスに教えてやらないと」

「でもどうして、グランベルノ王国は人間族の勇者ミツヤを失ったのに、そんなに強気なのかしら」

「勢いだけじゃないのか。フリント王国を占領して、今回カルラシア王国を手中に収めた事で天狗になっているんだろうな。市民からの後押しもあるだろうし」

「他人の不幸より、自分達が豊かになれば、みんな納得するんだ」

「戦争になる前は、反対する人も多いと思うけど、勝ち続けるとそんな声はかき消されてしまうよ。それに勝利は、市民の感覚をマヒさせる。それが、戦争ってもんだろ」

「はあー、愚かね。欲に溺れる指導者に上手く利用されているとも知らないで」

「ふっ、じゃあ、先を急ごうか」、クリスとカレンは、馬に鞭を入れた。

 勇者でさえ捨て駒扱いするグランベルノ王国は、本当に勢いだけでここまで進軍して来たのだろうか。勇者を利用してカルラシア王国を占領した後、直ぐに兵を送り込むのは、あらかじめ計画していなければ出来ない事なのでは無いのか。

 いくら考えても答えは、分からない。

 真相は要塞に行けば分かるのだから、焦りは禁物とクリスは自分を諫めた。
 
 二日目の夕刻に北の要塞へ到着した二人は、ルストニア将軍の執務室へ案内された。

 ルストニア将軍は、ダンディルグ王国の三代将軍の一人だ。

 屈強な武人の風格を漂わせる彼は、叩き上げの軍人。

 平民と身分の低かった彼は、一兵卒から将軍まで成り上がったのだから、国民からの人気も高い。

 その割に目の前にいる将軍は、戦果をくぐり抜けて来た証と自慢出来そうな傷跡もなく、気さくな感じの中年男性だった。

「ようこそ、北の要塞へ」

「お久しぶりです、ルストニア将軍。こちらは、アルフェリアの冒険者でクリスです」

「初めまして、クリス君。噂は、聞いておりますよ。まずは、お二人におめでとうと言うべきかな」と、軍人らしからぬ爽やかな笑顔を見せた。

「ルストニア将軍、初めまして。そして、お言葉、有り難うございます」

 クリスの挨拶が終わると、将軍は疲れた表情を見せ、椅子の背もたれにもたれかかった。

「ふう、堅苦しい挨拶は、もうそれくらいにしないか、カレン。面倒くさくて仕方ない」

 天井を仰ぐ将軍の姿にカレンは、両腕を組み説教でも始めそうな雰囲気になった。

 らしからぬ二人の態度にクリスは、何なんだこの二人の関係はと、疑問に思う。

「もう、師匠たら。せっかく将軍になったんだから、もう少し威張る様な感じを出さないと駄目ですよ」と、本当にカレンは説教じみた事を口にした。

「そう言うなよ。気さくな方が、部下も慕ってくれて統率しやすいんだよ。それに、威張るのは好きじゃないしな」

「えっ、師匠て。ルストニア将軍は、カレンの師匠なのか?」

「あー、何て言ったら良いのかな。剣術の師匠でもあり、育ての親でもあるから、血は繋がつていないけど、私にとっては父みたいな人かな」

 父親と聞いたクリスは、思わず全身から力が抜けそうになり腰に手を当てた。

「はあー、そんな大事なことは、会う前に教えといてくれよ」

「ははは、相変わらずだなカレン。でも、父と思ってくれている事は素直に嬉しいな。それに、お前が男性を、それも、夫を見つけて来るなんて夢にも思わなかったよ。カレンに認められたと言う事は、クリス君は勇者より強いのだな」

「はい、師匠。クリスは、私より強いです。それに、強いだけで選んだ相手じゃないのよ。私だって女なんだから、ちゃんと彼を好きになったの」

「そんな会話を聞いてると、照れるな。では将軍改めて、今後ともよろしくお願いします」

「ふっ、ははは、そんなに堅くならなくて良いよ。じゃじゃ馬だったカレンが、ちゃんと女性らしいくなったんだから。こんなにめでたくて嬉しい事は無いよ。クリス君、有り難う、二人の幸せを祈っているよ」

「じゃあ、挨拶は終わりにして、私達がここに来た理由だけど。グルグでグランベルノ王国の兵が国境に来たと聞いたんだけど、本当ですか?」

 カレンの問いかけにルストニア将軍は、無言のまま彼等を部屋の外に連れ出し、カルラシア側の城壁へと向かった。

 説明をするより実際に目で見た方が良いと判断しての事だろう。

 噂通りグランベルノ王国軍と睨み合っているのなら要塞内はもっと慌ただしいはずだが、城壁へ向かう間、特に変わった様子は見られなかった。
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