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アルフェリア 6

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 クリスが館長室をノックすると、中から入れとスライブの声が聞こえた。

「館長、話ってなんだよ」と、クリスは部屋に入ると四人掛けのソファに座り足を組んだ。

「クリス、今回の魔獣に関しての報告をしてくれ。それと、二人の時はスライブで良い」

「そうか、なら叔父さん。今回の魔獣は以前からの報告通り四つ足の獣型だった」

「叔父さんは、止めてくれるか。十歳も年が離れている訳ではないからな」

 そう話すスライブは、クリスの無くなった母の年の離れた弟だ。母からは、叔父の存在を知らされていなかった。偶然、クリスがギルドに登録する際にスライブは彼の素性に気が付いたのだった。

 母の家族は、この自由都市国家アルフェリアの住民だった。専従者だった祖父に憧れた弟のスライブはギルドで専従者として働き、今の地位へと上り詰めたらしい。きっと影では並外れた努力があっての地位だろう。彼は腕より頭の方が切れるタイプなのだ。

「へへっ、冗談だよ、スライブ。魔獣は殺さなかった。多少、痛めつけてから寝床の洞窟に放り込んで帰って来たよ」

「対処方法は合っている。殺さないで良かった」

「凶暴化していなければ、殺す必要はないよな。下手に駆除してしまうと、新たな魔獣が生まれる可能性があるんだろ?」

「詳しい事は分からないのだが、生態系のバランスを取るためなのか、殺しても新しい魔獣が現れるのは確かだ。今の魔獣より凶暴なのが出現したら困るからな」

「例えば、人型とかか?」

「そうだ、言い伝えではない。本当に人型の魔獣は、居るのだからな」

「そうだったな、スライブは一度だけ姿を見たんだろ」

「ああ、パーティーを組んで遠征している時にな。太古の森で遭遇して俺以外の仲間は全滅したよ」と、スライブは夕日でオレンジ色の光が差し込む窓の外を見た。

「太古の森、失われた遺跡もある場所だな。お宝が多いと聞く場所だし冒険者なら一度は、訪れたいと思う場所だよな」と、ボソッと呟いたクリスは立ち上がった。

「もう良いか? 俺は、帰るけど」

「ご苦労だったな。もう良いいよ。今回の仕事の報酬は、受付で貰ってくれ」

「分かった、じゃあな」

 部屋で一人になったスライブは、本部への報告書に嘘の記述をする。魔獣に襲われたパーティーを助けた方法は、運よく隙を見て逃げ出せた事にした。大まかなクリスの能力を知っているスライブは、常にクリスが厄介ごとに巻き込まれないよう注意していた。どの世界でも強大な力を欲しがる権力者は多いから。

 昼から壁際わの広場で、クリスは子供達を相手にチャンバラごっこをする。壁とは、アルフェリアを守る高さ10メートルの外壁の事だ。中立を宣言する自由都市国家であっても、自国を守るための防衛に抜かりは無い。都市全体を外壁と堀で強固に守られたアルフェリアの中は、安心して暮らせる。

 一番年上の男児ケルクは、剣に見立てた木の棒を手にクリスに挑む。その姿を見るケルクの弟マロスは、兄の勇ましい姿に声を上げる。男児の遊びに興味が無いのか、マロスの傍でしゃがみ込む姉妹のルルとミミは、花摘みをしていた。

「うぉりゃー、今日こそクリスに勝つ」、ケルクは身を屈めてクリスに突っ込んできた。

「そんなへっぴり腰じゃあ、何時まで経っても勝てないぞ」、ケルクの振り下ろした棒を避けたクリスは、軽く彼の背中を押した。

 ズッシャーと、地面に滑り込む様にケルクは転んだ。

「にいちゃん、がんばれ! ブロンズのウィムジーにまけるな!」と、マロスが声援を送る。

「おいおい、まるで俺が弱いみたいじゃないか」

「ベビーシッターをするウィムジーが、つよいわけないよ。ギルドでつよいひとは、みんなガイジュウクジョにいくよ」、真顔で答えるマロスにクリスは、誰が入れ知恵したんだよと思った。

「まだ、ちびっ子なのにハッキリと言ってくれるじゃないか」

 クリスは、ギルドからの仕事として、ベビーシッターをしていた。露店や商店で働く親たちの代わりに、夕刻まで子供達の面倒を見る。男の子は、生意気だが、女の子は大人しくしてくれるので可愛い。

 転んでいたケルクは、立ち上がると涙目で棒を構える。膝の擦り傷から血がにじんでいた。

「まだ、負けてない。よそ見するなよ、クリス」

「ケルク、年上のお兄さんを呼び捨てにするのは良くないぞ」

「うるさい、うぉりゃー」と、棒を真っすぐにしてクリスを突こうとした。

「う、う、うわぁ・・・やるなケルク。って、冗談だよ」、クリスは最小限の動きでクリスの棒を脇で挟んで止めた。

「何でだよ、どうして避けるんだよ」

「それは、お前の剣筋がまだまだ未熟だからだよ」

 クリスは、棒を引き抜こうと必死に腕に力を入れるケルクの頭にチョップした。

「これで、俺の勝ちだよ」

「ちぇっ、つまんないよ。大人げないぞ、たまには俺にも勝たせてよ」

「そんな気持ちでいると、何時かルルとミミに負けてしまうぞ」

 ケルクは、摘んだ花で冠を作りお互いの頭に乗せ合う姉妹の方を見た。

「女に負けるわけないだろう。なに言っているんだよ、クリス」

「この間、森で会った魔族の勇者は女の子だったぞ」

「うそだー、勇者は男に決まっているのに」

 はぁ、どこからその結論に達するんだろう。クリスは、大した実力も無い大人達の受け売りに踊らされる子供が可哀そうに思えた。

 広場に向かって人影が近づいて来る。

「おーい、クリス」、息を切らせながらやって来たのは、アルフだった。

 右手の怪我も治りしっかりと剣を握れるようになった彼は、クリスに剣技を教えて欲しいとしつこく付きまとっていた。

「子供だけでなく、俺にも教えてくれよ」

「今日は、仲間と一緒に害獣駆除じゃないのか?」

「午前中で終わらせてきたよ。だから、夕方まで剣技を教えてください」

「俺なんかじゃなくて、ランドに教えて貰えよ。あのおっさん、一応シルバーなんだから。剣士として、それなりに強いぜ」

「冒険者は、駄目だ。訓練を受け、実戦経験のある騎士から教わりたいんだよ」

「仕方ないな、ちょっとだけだぞ」と、クリスはケルクから木の棒を貰った。

「そんな棒で相手するのか? その立派な白い鞘に収まる剣を抜きなよ」

「物騒な事を言うね! この剣を抜くときは、敵を倒す時だけだよ」

「何なんだよ、それ。自分ルールなのか?」

「何でも良いだろ、これが俺のやり方だから」

 アルフは、剣を構えて間合いを取る。クリスが手にする棒は短い、アルフは自分の方が有利だと感じ素早く剣を横に振り抜いた。

「大振りだな、動きが鈍いからもっと動作を小さくしろ」

 剣を右左に振り回し前に進むアルフに対して、クリスは後ろに下がりながら剣を避けた。

「ちっきしょー、どうして当たらないんだよ」

「そんな剣筋では、獣は倒せても人は倒せないぞ」

 ならばと攻撃方法を変えるために、アルフは足を止めた。もう一度、クリスとの間合いを取り直す。呼吸を整えた彼は、息を止める。はっと息を吐き、クリスに剣を突いた。

 アルフの目の前からクリスの姿が消えた。

「惜しいな、攻撃としてはさっきよりマシだが」

 不意に耳元から聞こえるクリスの声に、アルフは、自分の目の前からどうやって隣に移動して来たのか不思議でたまらない。

 クリスは回転を利用してクルリとアルフの突きを回避した。そのまま突っ込んできたアルフに並ぶと、体当たりしたのだ。

 ドンと横からの衝撃でアルフは、勢いよく地面に転がる。仰向けになり青空が見えた。空を遮る様にアルフの視界に入ったクリスは、棒の先端を彼の胸に置いた。

「はい、これで俺の勝ちだ。お前の攻撃は、単純すぎるな」

「ちくしょー、剣技を習うどころじゃないよ。全然、当たらない」

「悔しがるな、お前は剣に頼りすぎている。もっと、全身を上手く使え」と、クリスは寝転がるアルフに手を差し伸べた。

 見物していた子供達が声を上げる、「うわぁー、ウィムジーにまけちゃったよ。あのお兄ちゃん、弱いね」

 腹を抱えて笑うクリスを横目にアルフは、顔を真っ赤にして子供達に向かって叫んだ、「クリスは、弱くないよ。元騎士だから強いぞ」

 変な情報を子供達に吹き込むなよと言わんばかりに、クリスはアルフの背中を軽く叩いた。
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