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失われた国 2

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建物の崩れた石が、ちょうど良いベンチ代わりになる場所を見つけた。

焚火を前にして並んで座るリリカは、春馬にもたれながら静かに寝息を立てていた。他の乗客たちもみんな寝ているのだろう。パチパチと木が燃える音だけが、聞こえてくる。

御者の男達が交代で夜の見張りをしてくれている安心感から、深夜になると春馬も寝てしまった。

人の気配がする、そう感じたリリカはそっと目を開けた。

白い雲のような人影が、いくつも目の前を通り過ぎて行く。

見張りをしていた男は、腰を抜かしてしまったのか、地べたに座り込みうめき声を上げている。

か細い声が響き渡る、「私たちの魔法士様が、帰ってきてくれた」

何を話しているのだろう。どうしてここに現れたのだろうと、気になったリリカは隣で眠る春馬の体を揺すった。

「春馬、ねえ春馬、ちょっと起きて」

目を擦りながら起きた春馬は、一気に眠気が吹き飛び自分の目を疑った。

目の前を白い人影が列をなして歩いている。

ぞろぞろと、奥の神殿跡へ向って。

寝ぼけて夢の中に居るような感じがしたので、自分の腕を抓って見た。

「・・・ッ、痛い! 幽霊か・・・」

夢でも幻でも無い、目の前を進み奥へと移動して行く白い影は、現実に見えている何かだった。

「これが、噂のお化けか? 襲ってくる気配は無いよな」

揃って立ち上がったリリカと春馬は、白い人影について行く。何も言わなかったのに、二人とも体が自然に動いた。

「春馬にも声が聞こえますか?」

意識を集中した春馬に微かな会話が聞こえて来た。
闇に消えそうな声で白い影達が囁いている。

「・・・これで争いもなくなる」

「やっと・・・元の生活が出来る」

「魔法士様が、助けに戻ってくれた・・・」

霊とおぼしき人達の会話が聞き取れる。

「ああ、聞こえる。魔法士様が戻ってきたと、話しているけど」

神殿跡の真ん中にやって来た二人は、白い人影に囲まれているのに気が付いた。とっさに光の剣を出した春馬は、両手で柄を握る。

「リリカ、どうする。幽霊を退治するか?」

「待って。襲ってこないと思うから・・・、少し様子を見たい」

まるで二人の訪問を喜んでいるかのように、輝きを増した白い影達は両手を天に仰ぐポーズを取る。一糸乱れず同じ動作と同じポーズを繰り返す。

ネックレスの石が騒いでいる、そう感じたリリカは胸元から服の中に隠れていたペンダントトップを取り出した。

深紅の輝きを放つペンダント、それを見た白い影達がひれ伏す。

あまりの眩しさに春馬は、腕で目に入る光を遮った。

「ま、眩しい!どうなっている」

リリカは、手のひらにペンダントトップを置いた。

方々に散らばる光が深紅の石に集まると、レーザー光線の様に天に向かって延びて行く。真っすぐ夜空に向かって伸びる赤い光の柱を前に、二人の周りを取り囲んでいた白い影達が次々と丸く変化した。

宙に浮く光の玉は、順番に空へ吸い込まれるように上昇した。

見上げると、光が星に変わる様な不思議な光景が広がっていた。

全ての光の玉が天へ吸い込まれると、ペンダントが放つ光は失われた。

綺麗な光景に見とれるリリカの横で春馬は、不穏な気配を感じ警戒する。

まだ終わっていない、今度は重たい空気に包まれるような感覚に襲われた。

「リリカ、そこから動くな!」

「あっ、地面から黒い影が、這い上がって来るよ」

鼓動が高まり吐き気がするほど邪な気持ちに心が支配される。まるで、裏に潜む人格を引きずり出そうとする力に、翻弄されているみたいだ。

地面から這い上がって来た黒い影は、うめき声を上げながら叫んだ。

「あああ、金、金、金・・・、金が欲しい・・・」

「もっと力を、もっと女を、・・・全てを手に入れたいのに・・・」

「欲しい、もっと、もっと、もっと欲しい・・・」

不気味にうごめく黒い影は、体を引きずりながら進み二人を取り囲んだ。
まるで波紋のように、外へ、外へと二重、三重に輪を作る。

影の増殖に反応したのか、春馬の腕輪が輝き始めた。

石が光ると言うより、月明かりや周囲の光を吸い込む様に見える。

「俺に黒い影を断ち切れとでも、言っているのか?」

半ばやけくその春馬は、踵を軸にして右から左へと水平に剣を構え回転した。

「うりゃー!」、二人を中心に光の輪が現れ外へ向かって大きくなった。

光に触れた黒い影は、次々に蒸発し消えて行く。

全ての影が消え去ると、辺りは澄んだ空気に包まれた。

「春馬、あれは何だったんだろう? 嫌な空気は無くなったけど」

「分からないけど、欲望の塊だったのか? 魔法士の帰りを純粋に待っていた霊と、死んでも欲に縛られた霊が出て来たのかもな」

リリカの光は白い霊を昇天させ、春馬の光の剣は黒い霊を浄化した。

何も知らない二人は、静かになった神殿跡の中で暫く星空を眺めていた。

「何か、不思議な光景だったな。もしかしたらリリカのネックレスが、ここの幽霊を呼び起こしたんじゃないのかな?」

リリカは、手のひらにあるペンダントトップを握りしめた。

「うん、そうかも知れないね」と、しおらしく答えた。

「伝説は本当だったんだよ。リリカの先祖もパートナーと一緒に、人助けをしながら旅をしていたのかもな。この国の人々は、滅んだ後も魔法士が再び訪れるのを待っていたんじゃないのか」

何気に隣を歩くリリカを見た春馬は、月明かりに照らされる彼女が綺麗に見えた。言葉なく目を合わせてお互いに微笑む。

彼女からの信頼は、日に日に増しているのだろう。

旅を始めた頃に比べリリカは、心も身体も成長した。

しかし、彼女の表情が大人びて見えたのは、今宵の月明かりのせいに春馬はしておいた。
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