上 下
27 / 61

奇襲作戦 3

しおりを挟む
静寂の森と帝国との国境は、ベルシーニ川によって隔てられている。

北の山脈から湧き出た水を緩やかな流れで運び、流域の大地に恵をもたらす。そんな700メートルほどの川幅の大河に、帝国は数十キロに渡り高さ5メートルほどの壁を作り上げたのは、40年ほど前のことだ。

エルフ族に戦争を仕掛けた帝国は、大敗を期した。反撃を恐れ攻め入られないように、土塁と石を積み上げ壁を築いたのだった

暗闇の中エルフ達は、続々と川沿いに集結していた。

帝国側からは、鬱蒼と茂る木々が邪魔をして森の中の様子は見えていない。
風が吹くと葉がこすれる音やフクロウの鳴き声が聞こえて来る程度だった。
それ以外は、いつもと同じ静かな夜だ。

帝国軍の拠点は、先人たちが築いた帝国と静寂の森を結ぶ旧街道の先にあった。旧街道を結ぶ橋の先にある、40年以上開くことの無いゲートの向こう側に。

ゲートの左右には、塔が在る。塔の最上階では、偵察隊が静寂の森に向けて銃を構えていた。

各塔には兵士が二名ずつ滞在し、交代勤務で国境を監視している。

「今日もいつもと、変わらない夜だな」

壁にもたれた兵士は、自分のポケットを探っていた。

「ああ、いつもと同じだ。着任してから、一度もここでエルフを見たことが無いよな。まあ、楽な仕事だから良いけど」

「早く交代の時間にならないかな。なあ、仮眠を取る前に、一杯やるだろう?」
6時間ごとの交代勤務、ルーチンワークと化した監視は、何も起こらないのが当たり前になっていた。

「おい! 何か動いたぞ」

銃を構えていた兵士は、森の中に人影を見たような気がした。

「どうせ、動物だろ。何も起こりゃしないよ」

壁にもたれていた兵士は、くしゃくしゃの箱から煙草を取り出し火をつけた。
天井を仰ぎながら煙を吸い込む。

帝国兵士の見た人影は気のせいでは無かった。

森の茂みに身を隠すエルフ軍隊長シュルツは、小声で傍に集まる部下に指示を出していた。

「いいか、魔法士は、前列に並べさせろ。ゲート前は、兵力を集中させるために弓矢隊と魔法士の混合部隊で待機しろ。絶対に合図があるまで動くな」

かく乱作戦の開始である。最初の攻撃は、出来るだけ広範囲で始めたい。そのためにも、魔法士を中心に小隊を組み配置させたかった。

エルフ達と一緒に、茂みからゲートの様子を伺っていた春馬は、緊張するリリカの頭に手を置いた。

「なあ、リリカ。エルフ族は、みんな魔法が使えるのか? 魔法攻撃が中心になるなら、頼もしいけど」

唐突な質問に、直ぐ答えられなかった。

頭の中からまとまった知識が、出てこなかったのだ。しゃがんだリリカは、眉間に指をあてた。

「本の知識だけど、魔法を限定しなければ、エルフ族は基本的に魔法が使える種族なの。彼等に与えられた神の加護だから」

「なるほど、魔法はエルフ族の特権で得意分野か」

人間族もエルフ族と同様に魔法は使えるが、誰でも使えるわけではない。そのかわり、科学分野の知識を得る事が許された。

獣人族は魔法と科学分野の両方苦手だが、身体能力は高い。それぞれの種が何らかの能力を与えられている。

小さな声でも聞こえるように、肩と肩が当たるぐらいまで体を寄せて来たリリカは、春馬に顔を近づけた。あまりの近さに春馬の胸中は穏やかでは無かった。

「ねえ、春馬。帝国はマラガを占領したら、ビュグベルさんに話していたように、本当にここも攻めて来るの?」

「それは・・・、攻めて来ると思うけど、今直ぐには来ないと思うよ」

「直ぐに、来ないの? どうして」

「マラガは攻めやすいけど、アルフヘイムは攻略が難しいからな。それにエルフ族は、遠方から魔法や弓矢で攻撃してくるだろ。銃を持つ帝国軍は、魔法や弓と撃ち合いをしたく無いのさ」

「えっ、春馬、嘘ついたの?」

「嘘は、言っていないよ。準備に時間はかかるけど、マラガを占領したら必ず攻めて来るよ」

不安な気持ちが無意識に働いているのか、気が付けば話をするリリカは、春馬にもたれかかっていた。

おしゃべりをしている間に、エルフ軍の攻撃準備が整った。

ヴェルガは奇襲攻撃の段取りを、エルフ軍の隊長シュルツは攻撃開始のタイミングを聞きに来た。

「私たちは、どのように動きましょうか」、ヴェルガの部下達も一緒だ。

「春馬殿、兵の配置は整いました。いつでも攻撃できます」

国境への攻撃と国内の奇襲攻撃、いよいよ作戦を実行する時が来た。

想定以上にエルフ軍は多くの兵を出してくれたし、これで準備万端だ。失敗したら言い訳できないなと、春馬は覚悟を決めた。

「それでは、一斉攻撃を始めてください。壁を中心に攻撃して欲しい、修復に相応の時間がかかるくらい、破壊してください」

「承知した、直ぐに取り掛かります」、隊長は足早に伝令を発した。

「ヴェルガは、俺たちと一緒にここから下流へ移動する。帝国軍の兵士がいるのはゲート付近だけのようだから、壁を超えるには手薄な所の方が良い」

「では、護衛に集中すれば良いですか?」

「そうだ、万が一何かあると困るので、いつでも援護できるよう待機していて欲しい」

「承知しました、ご武運を祈ります」

ヴェルガと部下達は、姿勢を正し腕を胸に当て敬意を表した。

攻撃開始を確認してから、グレートウルフは移動を始めた。

魔法を中心としたエルフ達の攻撃は、遠くから見ても凄まじい物だった。
無数の光の矢が、夜空を照らしていた。

それは、ミサイルが飛んでいる光景に似ていた。光の矢は、容赦なく国境の壁や塔を破壊する。

魔法攻撃と弓矢隊の矢が一斉に降り注いだ、ゲート付近の攻撃が一番強烈だった。

「わあ、すごい。光魔法を初めて見たけど、明るくて奇麗」

「あれが、光魔法か。光と言うより、まるでレーザー光線だな」

攻撃を受ければ国境に駐在している帝国軍は、必ず反撃してくるものだと思っていたのに。エルフ軍の一方的な攻撃が続くだけだった。

「それにしても、帝国軍は攻撃してこないよな」

エルフ達の攻撃を受けた帝国軍は、只々混乱するだけだったのだ。

何十年と続いた静かな夜が、彼等にとって当たりになるほど、平和ボケしていたのだ。攻撃される事自体が想定外の彼等に、反撃など出来るはずもない。

監視をしていた兵士と兵舎で休んでいた者達は、必死に身を隠していた。

「わわわ、畜生、どうなっているんだよ」

塔の中で煙草を吸っていた兵士は、口を開けたまま壁を背にして、両手で頭を抱えしゃがみ込んだ。バラバラと天井から小石が、落ちてくる。

「たたた、助けて、誰か、助けてー!」

目の前に迫りくる光の矢に驚き、銃の引き金を引くのを忘れた兵士の身体は硬直して動かない。

「ど、どこから攻撃され・・・ウッ」、兵士の目に光の矢が飛び込み、そのまま貫通した。

遠くからだと綺麗に見える光だったが、照らしているのは戦場だ。もはや、反撃する戦意を失った帝国兵の死体ばかりを増やすだけの。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

悪役令嬢の私は死にました

つくも茄子
ファンタジー
公爵家の娘である私は死にました。 何故か休学中で婚約者が浮気をし、「真実の愛」と宣い、浮気相手の男爵令嬢を私が虐めたと馬鹿げた事の言い放ち、学園祭の真っ最中に婚約破棄を発表したそうです。残念ながら私はその時、ちょうど息を引き取ったのですけれど……。その後の展開?さぁ、亡くなった私は知りません。 世間では悲劇の令嬢として死んだ公爵令嬢は「大聖女フラン」として数百年を生きる。 長生きの先輩、ゴールド枢機卿との出会い。 公爵令嬢だった頃の友人との再会。 いつの間にか家族は国を立ち上げ、公爵一家から国王一家へ。 可愛い姪っ子が私の二の舞になった挙句に同じように聖女の道を歩み始めるし、姪っ子は王女なのに聖女でいいの?と思っていたら次々と厄介事が……。 海千山千の枢機卿団に勇者召喚。 第二の人生も波瀾万丈に包まれていた。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...