上 下
17 / 61

獣人族の国 1

しおりを挟む
眠り足りないリリカは、大きな欠伸をした。

馬車の前では、タムルの娘ココとメナが一緒に行きたいと、駄々をこね両親を困らせている。

「わたしたちも一緒に行きたいの!」

困った顔をするタムルは、娘たちに留守番するようにお願いするが、娘は自分達の主張を変えようとはしない。

「リリカを送り届けたら、町で商談をしたいから駄目だ。大人しく留守番しようよ」

「いやいや、ココもメナも大人しく、いい子にするからつれてって」と、娘たちは食い下がった。

見かねたタムルの奥さんは、娘達を自分のそばに呼び寄せた。

「タムル、昨日のように危ない目には合わないと思うから、一緒に連れて行ってあげて。この子たちがいない間に、出来なかった家事もしたいし」

奥さんに頼まれると断れないのかタムルは、「仕方がない。商談中、大人しくすると約束できるか?」

「やったー、約束する」、ココとメナは喜びの声を上げ母親に抱き着いた。

照れくさそうにするタムルは、リリカの方を見た。

森の中を進む馬車の中で、リリカと双子の娘が村で流行っている言葉遊びやおしゃべりを楽しんでいた。

荷台からはキャッキャと、女の子達の笑い声が聞こえる。

御者を務めるタムルは、このまま何事も無く城下町まで平穏であって欲しいと願っていた。昨日クマに襲われた件も気になるが、悪い事は良く立て続けに起こるものだから。

森の中の小さな湖のほとりで、昼休憩をとるために馬車を止めた。

荷台の中から敷きものや昼食の入ったバスケットをせっせとタムルの娘達が運び出してくれた。タムルの奥さんが用意してくれたサンドイッチは、新鮮な野菜とチーズとハムが挟まれとても美味しく絶品だ。

ピクニックをするように穏やかな時間を過ごた後は、順調に獣人の国へと馬車を走らせた。

森を抜けると視界が広がり、目の前に広大な麦畑が現れた。

太陽に照らされる穂は、黄金色に輝きながら風に揺られる。

所々に小麦を引くための風車小屋があり、大きな風車がグルグルと回っている。その奥には、高い塀に守られるお城が見えてきた。

「うわー! あのお城がマラガですよね?」

「そうだ、あれが獣人の国マラガ王国だよ」

「もう直ぐ着きますね」、リリカは初めて見る城と街にワクワクしていた。

城がはっきりと見える距離まで近づくと、大勢の人が城門前に並んでいた。更に城門から北の方へ眼をやると、馬車を引く人や荷物を抱える人など大勢の人が、行列を作って城を目指していた。

「いつもこんなに大勢の人が、訪れるの?」

「いやー。こんなに人が並んでいるのを見るのは、初めてだよ」

昨日の噂話を思い出した二人は、嫌な予感が頭を過った。

「何かあったのかも知れない。急ごう」

タムルは馬に鞭を入れ手綱をしっかりと握りしめた。スピードを上げた馬車は、揺れが激しくなる。荷台の中に居た子供達は、飛ばされないようにリリカの腕にしがみついた。

城門から北へ伸びる道と東からの道が交差する場所で、馬車は止まった。

タムルは列に並んでいた獣人達に、何が起こっているのか状況を聞く。

「北の方で何かあったのか?」

列に並ぶ獣人の一人が答えた、「帝国軍が、北の国境を超えて来た」

「帝国軍だと! 噂は本当だったのか」

「それはそれは、今まで見たこともない大群だったよ。国境で戦闘が始まったと思ったら、あっけなく突破されてしまった」

並んでいた他の獣人が、抑えきれず焦る気持ちを口に出した、「早く城内に入れてもらわないと、奴らがすぐに来てしまう」

獣人達の騒ぎ声は、荷台に居たリリカの耳にも入り不安になる。

「恐れていたことが始まっているのね。噂話は、本当の事だった!」

心配していた通り帝国の侵略は、無情にも現実に起こっていたのだ。しかも軍隊は、直ぐそこまで迫ってきている。最悪な状況になりつつあった。

「リリカ、俺たちも早く城内に入ろう」

頷いたリリカは、双子の娘をしっかりと抱き寄せた。

「ココちゃん、メナちゃん、馬車から出ちゃ駄目だよ」

荷台から外に出たリリカは、北の方角に目を凝らした。

小高い丘の上に軍勢らしき影が現れ始めたのに気が付く。

人間より視力の良い獣人達は、丘の上で隊列を組む帝国軍が大砲を準備しているのが見えたので、恐怖で混乱し始めた。

「もう駄目だ、帝国軍が来た! 大砲を撃ち込んで来るぞ」

「ああ、助けて、早く城内に入れて・・・」

「こんな時にマラガの兵士は、何をしているんだ? 誰も助けてくれないのか」

「どこに逃げれば良い? 早く、早く城内に!」

城門へと続く列は、次第に乱れていく。長い列の至る所で、騒ぎが起きていた。このままだと我先に城内に入ろうとする群衆で、身動きが取れなくなってしまう。

どうしようかとタムルが迷っている内に、帝国軍の砲撃隊の準備は整った。後は、上官の砲撃命令を待つだけだ。

「ああ、早くしないと砲撃が始まってしまう」

「本気でこの国を侵略するつもりだな」

タムルがそう呟くと、手旗信号を送る兵士が旗を振った。

順番に大砲から炎が上がり、ドン、ドン、ドンと、大きな音が響いて来る。

「砲弾が来るぞ! リリカ、危ないから地面に伏せろ」

丘の上から放たれた砲弾は、リリカの近くで落ちて大地を抉り弾けた。

「キャー・・・」と、後ろから叫び声が聞こえた。

リリカが振り向くと大勢の獣人達が、地面に倒れて動かない。

飛び散った金属の破片や石などを受けた人が、血を流し倒れている光景を目の当たりにした。

帝国軍からの砲撃は絶え間なく続き、逃げ惑う獣人達に浴びせられる。

砲弾の雨が降り注ぐ中、着弾する爆発音でリリカの耳は、次第に聞こえ難くなった。彼女は、段々と音が遠く離れて行くのを感じていた。

「逃げろ、リリカ!」、タムルの叫び声はリリカの耳には届かなかった。

間に合わない、直撃してしまう。

とっさにタムルは、彼女をかばうために後ろから覆いかぶさった。爆発と共に砂煙が上がり、バラバラとタムルの体に砂がかる。

地面に倒れ込んだタムルに、リリカは何が起こったのか、分からなかった。
戦場で冷静に判断できる人間など、そうは居ない。ましてや大人でもパニックになる状況で、冷静を保つなど酷な事だ。

「タムルさん、大丈夫ですか?」と、リリカは彼の体を揺すった。

ゴロリと仰向けになった彼は、心配するなと唇を動かしたが、リリカに彼の声は聞こえなかった。

額から血を流すタムルの姿に、リリカの体から血の気が引いて行く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...