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恋は突然に

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俺、山川 拓郎は、大手お菓子メーカーに勤める会社員だ。

小学生の頃、お菓子が大好きな友達の影響を受け、何となく将来はお菓子の会社に入りたいと思っていた。
そのなんとな~くな気持ちのまま、まぐれで就職できて、早4年が経とうとしている。


「あぁ……、有給明けの出勤、気が重い」

有給休暇4日。贅沢にゲーム三昧で過ごした。これが男のバカンスよと昨日まで思っていたけど、終わってしまえば、外で遊ぶなり有意義に過ごせばよかったとジワジワ後悔が押し寄せてくる。

それでもって、今が朝、会社行く前だ! 連休明けの会社へ行く前って何だろうね。何が嫌って訳じゃないけれど、とにかく嫌なんだ。

二歳児になる甥っ子が二言目に「いや」って言うのと一緒。その嫌に理由はないんだ。連休明けの社会人の朝は皆、二歳児なんだよ。

大きな溜息をついて、会社のロビーに入ると、何か騒がしい。

「ん?」

同時に出勤してきた社員は何かを噂している。受付の女の子は、いつもより力の入った化粧だ。

少し、浮ついているような空気に首を傾げながら、エレベーターに乗り込んだところ、後ろから後輩の松本が急いで入って来る。

「山川さん、おはようっす!」

「松本、おはよう。なんか騒がしくないか。今日は誰か来客予定だっけ?」

「あぁ、山川さん、4日ぶりの出勤ですもんね。うちの社長が海外店舗から急遽帰ってきたんですよ!」

松本は息を荒げるが、俺はピンと来ない。
社長は、二年前に新しく就任した前社長の息子だ。たけど、働き出してから一度も会ったことがない。

「社長ね~」

社長が来た! と言われても平社員の俺が直接関わるわけでもないしなぁ。

「分かりますよ。俺も実際に会うまではその反応してましたから! でも、社長が海外から戻ってきた日に朝礼で凄いスピーチしたんですよね。それを聞いて社員全体がピリッとしましたから」

「へ~」

海外からきた“スーパーエリート社長”というだけでは、ここまで男性社員の心を射止めないだろう。そんな上手いスピーチをする社長は、普段は無口で無愛想らしい。


「無愛想で悪いが、広めたいこと、分かってもらいたいことは必ず伝える」

そう言ったそうだ。

松本の話から想像するに、職人気質の頑固さのある社長なのだろう。厳しそうだなと思いながら、自分の課に入ると、え……と固まる。



——4日前と空気が違うじゃん。



皆、パソコン前で集中してカタカタとタイピングしている。勿論、営業時間前だ。

……ここはおれの課か? うちの課の皆、そんなに朝から熱意のあるタイプじゃないだろう。どっちかと言うと、朝から自社のお菓子とお茶をぼりぼり食べるような課じゃないか。


「山川っ! お前も通したい企画があれば今の内に作っておけよ!」

「社長が企画会議に参加されるのよ! もし企画が通れば海外にも販売する可能性もあるからって社長本人が言われているわ!」

企画が通れば、冬のボーナスは大幅に上がるわよぉ!! と皆の目が金のマーク¥¥になっている。

「…………」

その熱意についていけないと席に着いてパソコンを起動する。

俺だって休み明けだし、確認するために少し出勤早めに来たのに、調子が狂うな……。



「あっ! 山川くん、この四日間休んでいたから、社長のこと教えてあげるわ~!」

向かい側のデスクに座る柏木さん。普段は薄化粧なのに、今日はすげぇ厚化粧で爪もピカピカしている。

「いや、社長より、業務の事……」

「社長ってぇ~、なんかぁ、男の中の男って感じなのぉ」

「あっふ、それ分かるぅ」

さらにその横に座る小嶋さんが同意する。小嶋さん、パーマ当てたんだ。クルクルしているね。

「分かっちゃう~!? 小嶋チン、流石ぁ」

休んで社長を知らない俺に、親切に熱く語ってくる。というか、滾る想いを聞かせたいんだな……。



お菓子メーカー『カロッソ』の現社長、田中 清一郎。日本では大手だが、海外では無名に等しいカロッソのネームバリューを高めた。国のニーズを完璧にリサーチし展開していく手腕を見込まれ、26才の若さで社長に就任。現在は俺と同じ28才。

社長は、ひと昔前に流行したモテる男性の条件『三高』だそうだ。高身長・高収入・高学歴+迫力ある美形らしい。

『美形すぎ、スーツの上からでも分かる筋肉♡ 脱いだら凄そう』『野球拳したい』『一分以上見つめられたら濡れちゃう』『全貯金払って抱かれたい』『隠し撮り写真500円よ』

——まぁ、分かったのは、社長のことじゃなくて俺の課の女子がおかしいってことだ。



「俺、外回り行ってきま~す……」

男は企画に燃え、一部の女は社長に萌え、その異様な空気に耐え兼ね、課から出た。

企画には興味があるけれど、あまり皆が企画に熱中すると他作業が疎かになりそうだし、今回は身を引いた方がよさそうだ。

ここまで皆をヤル気にさせたスピーチをするって凄いことだ。社長はただものでないことだけはよく分かった。





それから、5日経過した。その間、本社一の美人が社長に告白して、言い終わる前に「興味ない」とバッサリ切り捨てたとか、取引先のお嬢さんが脱いで社長に迫ったが軽くあしらうだけで済まされたとか、何人もの女の子が玉砕していた。

仕事上ではにこやかにしても、私生活ではどんな美人が迫っても、社長は表情一つ変えないそうだ。


敏腕美形社長はサイボーグなのではと囁かれ始めている。それでも、類を見ない超エリートに目を光らせる女豹達は沢山いた。



ピン。

丁度、エレベーターで一階についた。開いたエレベーターの向こう側は玄関ロビーだ。

目の前から重役が歩いてくる。その一番前を長身の物凄い美形がいた。

俺は、サササっとロビーの端っこに移動した。


おぉ……、あれが噂の社長か。

平社員が社長を拝めることは滅多になく、初めて社長を見た。

長身で逆三角形の筋肉のついた身体付き、足がやたら長い。そして、きっちりセットされた髪に整い過ぎた顔はまるで二次元から出てきたようだ。

……なるほど、これは女子たちが悩殺されちゃうわけだ。


内心で苦笑いすると、社長とパタリと目が合った。

あ、やべ。
見つめ過ぎたと慌てて頭を下げた。
下げた頭をあげると、まだ彼がこちらを見ている。……止まって見てる。
社長が目を見開いて、こっちを凝視している……よな?

……? これ、ひょっとして不躾に見つめ過ぎちゃったから睨まれている? 彼にとっては視線など慣れたモノだと思っていたけれど、虫の居所が悪かったのだろうか?

じぃ……。

おぉお!? なんで、そんな俺のことを見てくるんだよ!? 

俺の左右周りに誰かいるのかもしれないと辺りを見るけれど、俺以外そこにはいない。
いや、俺が見るから向こうも見てくるのかもしれない……。

その視線に耐え兼ねて、もう一度頭を下げて急いで離れた。ロビーから外に出る瞬間、再び後ろを見ると……

……まだこっちを見ている。そして、俺が振り向いたのを見て、なんと……

——笑っている。


だ、誰だ!? 社長が仕事以外では無表情で無愛想な人間だと言ったのは!?
いや、今は勤務中だから、にこやかなのか!?

ゾゾと背筋に悪寒が走りながら、慌ててその場を離れた。

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