獣人王の想い焦がれるツガイ

モト

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キス

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「————ん」

 身体を強張らせながらも、キスを受け入れた。
 ケイネスの唇はふわりと柔らかい。ちゅっと音を鳴らして離れ、今度は角度を変えて唇を食べるみたいに甘噛みされる。
 背中に回された手で引き寄せられてケイネスの熱い身体に密着する。ドクドクとどちらの鼓動なのか分からない程、互いに鼓動が早く大きい。

 唇に甘く触れるだけのキスに舌が加わる。俺の口腔内に舌がゆっくりと入ってきた。
 逃げてしまう舌をケイネスの舌がゆっくり絡みついてきて、ゾクンと身体に重い衝撃が走る。

「ん?」
「—————はっ、ぷはぁっ! はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」
「コバ、……息を止めたら死んでしまうよ」

 はぁはぁと荒い呼吸をする自分の背中をケイネスが撫でてくれる。その手が優しく撫でてくれているのに、髪の毛や耳も触り出すので全く緊張が解れない。

 ケイネスがコバの唇を指でなぞり始めるので、また息を止めてしまう。

「鼻でゆっくり息を吸って、吐いて」
「……ひ、無理。もう」

 言われた通りするまで彼の視線を感じるので、言う通りに呼吸する。

「すまない。またキスしたい。慣れてくれ」
「っ」

 呼吸が整わない内にまた唇が降ってくる。
 しかし、今度は長いキスではなくて、唇が触れ合い舌を軽めに口の中に入れては離れる。

 「ん、……んふっ、ん、……んっ」

 俺の呼吸に合わせるように舌と唇が絶妙な間隔で何度もくっついて離れる。途中、逃げ出したくて顔を横に向けると追いかけて来て、何度も何度もなだめるような優しいキスをされる。

 それが、どれくらいの時間続いていたのだろうか。
少しずつ一回のキスの時間が長くなる。長く深く優しいキス。
 ケイネスのキスはケイネス本人のように気長だが、コバが離れることを許さない。

 ……な、んだ……これぇ……? 気持ちよくなってくる。

 唇が触れる回数分、快楽物質が出ているみたいに気持ちがいい。どんどん何も考えられなくなってきた。
 半開きになった唇はケイネスの舌を自由に行き来を許し、強張らせていた身体は力なく彼の身体にもたれていた。

 舌……絡んでいるのも……吸われるのも……ジンジンする。

 彼の体温が上がるにつれ匂いが益々香る。指先から痺れるほど気持ちよさを感じた。
 口の中から溶けてしまうような甘いキス。キスの快楽に酔ったようにされるがままに身を委ねる。

「……はぁ……ん……」
「コバ……」

 時折、唇から離されれば額や頬にキスを落としてくる。
 柔らかい触れ合いにぼんやりしながらケイネスの好きにさせていた。
 ふとケイネスが視線を外すと悲しい顔に変わった。
 俺の手を握ると、指を眺めて「指の傷が治ってよかった」と呟く。

「…………」
 ケイネスは自分の痛みのように表情をしている。
 見た目は傷だらけだけど、その分、皮膚が分厚い。見目悪いだけ。

 平気だ。傷なんてすぐ治る。
 ぼんやりした頭でそう思うだけで返事はしなかった。彼はコバの指を労るように撫でる。

「君が傷を負っても平気だと言う報告を受けて私は切ない」

 そう言って、ケイネスは手の甲を口づけた。俺は丈夫なのに、彼はか弱い少女を相手にしているみたいだと思った。

「……痛いことも、嫌なことも、時間が経てば治る、なくなる。心配することじゃない」
「でも、時折、傷を思い出して痛くなるだろう?」

 ケイネスは俺を抱きしめた。
 無性に彼の腕から逃げ出したくなり、首を振った。だが、殊更強く抱きしめられる。

「…………君にずっと謝りたかった。ルムダンでのこと……」
「っ!!」

 その言葉に俺は夢見心地が一瞬で覚めた。腕を突っぱねてケイネスの身体を押し返した。

「忘れた。アンタも気にするな」

 この話はおしまいとばかりに立ち上がった。俺は自分の足でしっかりと歩ける。
 部屋に戻ると声かける前にケイネスは俺の手を掴み立ち上がった。

「君を傷つけた私がルムダンでのことを言うべきではないと、今まで言えなかった」
「もういいって」
「ルムダンで私は……」
「よせ! もういいって言ってんだろうっ!!」

 俺は思わず大声を出してしまった。ハッとして気まずさに下を向いた。
 聞きたくなかった。折角ケイネスと話が出来るようになったのに、再び胸が潰れそうな痛みを感じる。
 ケイネスの顔を見ると、申し訳なさそうな顔をしている。
 それを見て、“見るんじゃなかった”と思い彼に背を向けた。
 俺にとって、彼との出会いは謝られることではなかった。否定されたくなかった。
 
 彼の手を両手で払い背を向けた。
 だけど、言うなと言っているのにケイネスは俺の背に話しかけてくる。

「ルムダンの山で君に恋をした。嗅いだこともない良い香り、宝石のようなキレイな瞳、赤茶色の髪の毛とまつ毛。白い肌。一目で惚れてしまった」

 コバは思っていた言葉ではなく目を見開いた。
 ドクンッと鼓動が高まり、そして振り返った。

「君はとても優しい。見ず知らずの私を懸命に助けてくれた。手当ての時もずっとドキドキして、君が触れてくれれば傷の痛みもなくなった。こんな愛おしい気持ちは初めて感じたんだ。声が出れば君に好きだと言いたかったんだ」

「……」

 好き?
 あのとき、俺だけじゃなかった?
 俺はじりっとケイネスに足を近づけた。

「すまない」

 今更どの面下げて言う台詞だと謝罪するケイネスの口を俺は手で塞いだ。
 コバの表情は穏やかでケイネスが思っていた反応と違って言葉が出て来なくなった。

「いいんだ」

 俺は、眉尻を下げて、瞳からは次第に涙が浮かんでくる。

「いいんだよ、アンタも苦しんでいたってことだろう」

 ポツンと瞳から出てきた涙。

「……コバ」

 ケイネスが初恋だ。
 俺が初めて感じた恋心。
 一目見て気に入って、胸をときめかせて、殺風景だった自分の心に初めて芽生えた気持ちだ。だけど、どう思い出しても苦しくて辛かった。

 あの時、無自覚に彼を求めて行為をして……自分だけがこんなに好きだと思えば哀れで惨めでみっともなくて恥ずかしくて堪らなかった。

 彼の汚れた服一つ、いつまでも捨てられないほど、俺はずっと彼への想いを大事にしたかったのだ。

「嬉しい。俺、嬉しいよ、……てっきりあのときのこと……俺だけが……俺だけなんだと思っていたからっ」

 瞳からポロポロと涙が溢れてくる。ケイネスは驚いた顔をしながら、コバの身体をギュッと抱きしめた。

 ケイネスの告白で、ずっと思い出すのが辛かった出会いがやっと優しく思い出せる。

「ずっとずっと、出会った時からコバが好きだ」
「————へへ……へへへ」

 ケイネスの腕の中から逃げたい気持ちは消え、俺はゆっくりと彼の身体に腕を回した。
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