足掻くオメガ

モト

文字の大きさ
上 下
12 / 15
同棲編

六 6

しおりを挟む
スーパーへの買い出しにマンションを出て歩いていると、見慣れた後ろ姿が目に入った。

「よぉ。近藤。一人?」
ポンっと近藤の肩を叩く。近藤はビクっと驚いて俺を見た。
「あー。なんだよ。六じゃんか。縁かと思ったぁ…!」
縁…この前の爽やかアルファか。
「何ビクついてるんだよ。」
そう言うと近藤は言葉につまった。
「アー…。うん。世の中には聞かない方がいい話もある。胸やけする話だから。」
「胸やけ?バイキングでも行ったか?」
「そう言う意味じゃねぇよ。何でもないし。」
近藤の顔が少し赤い。

まぁ、話したくない事なら別に聞かないけど。

スーパーへ行く途中だと言うと、買い足すものあったから一緒に行かせてと近藤が言い、ぶらぶらと二人で歩き初めた。

「六は、その様子じゃ料理するんだよね?」
「あー…うん。簡単なモノしか作れないけど。でも、働き出してからは東吾が作る方が多くなった。アイツが作った方が上手い事は分かってるけど、家賃は東吾が払ってくれててさ。料理くらいはと思ってるわけ。」
「おー!心構えがそこら辺のオメガと違う!」
そう言うと近藤は偉い偉い!と俺の頭を撫でる。近藤以外の男にやられたら頭ヨシヨシなんてされたら腹が立つが、近藤には腹が立たないから不思議だ。
「近藤は料理しねぇの?」
「…俺だってやろうと思う。でも、俺が台所立つと縁が毎回興奮するから料理どころじゃないんだ。」

俺の心配事って情けねぇ~。と頭を抱える近藤。

あぁ、確か、あの爽やかアルファは絶倫なんだっけ?

前、レストランに来た時の二人をぼんやりと思い出す。
楽しく弾む会話。笑顔。二人の仲睦まじい姿。

この世界のアルファとオメガは発情による性交渉が多い。俺みたいな事故で始まるケースは決して少なくはない。
だけど、近藤を見ていると思う。
もし、始まりが事故でなくて、きちんと告白をして始まっていたなら…。
少し妄想してしまう。

中学校の部活帰りに、俺は東吾の腕を引っ張って告白するんだ。きっと、馬鹿みたいに震えてて。
あぁ、でも。東吾は相手にしないだろうな。告白して玉砕するのがオチだ。
玉砕か…それはそれでいいかもしれない。番になる前なら離れられた……。

「分かってるぞ!他人から見たら幸せな悩みな事くらいっ!」
近藤の声にハッとなる。
「別に何も言ってねぇだろ。」
「いや。すげぇ眉間にシワ寄せてたから。ごめん?」
横で近藤が両手を合わせてペコペコしている。
「別の事考えていたんだ。こっちこそ話し中にすまん。」


話しているとスーパーに着く。
買い物かごを手に近藤とブラブラ店内をうろつく。
今日は何にしようかな。肉が食べたい。すき焼きとかにしようかな。
「今度料理教えてよ。」
「あ?そんな大した料理出来ねぇって。目分量だし。適当だぞ。」
「でも、料理の上手い番は文句言わないレベルなんでしょ?」
お世辞にも適当としかいいようのない料理を東吾は上手いと言う。時々失敗した焦げ目のある料理ですら文句言わない。
「ありゃ、なんでもいいんじゃねぇか?」
すると、近藤が目をキラキラさせてこちらを見る。

「六が作ってくれるっていうのが嬉しいんだろうね。にょはははは。」
ニマニマとゲスな笑いをする近藤。何がにょはははだ。
腹の立つ笑顔をした近藤のおでこに軽くデコピンする。イテッとおでこを押さえてむぅっとする近藤。
近藤も買い忘れたバターとチーズを購入しレジに並ぶ。

「でもさ、大事にされているって事だよな。なんか安心した。」
近藤が人懐っこい笑顔でニコっと笑う。
大事にされている。学生時代からずっと。それが俺にはとても勿体ない。
「そうだな。」

頷いているのに近藤は何か腑に落ちない顔をした。
「じゃ、なんで番の話になるといつも切なそうな顔すんの?」
「……。」

レジの順番がきたから商品をレジへ持っていく。レジの係の人がピッピッと商品を打っていく。
会計の数字が増えていくのを眺める。598円、1290円、400円、598円…
合計金額を見て、財布から金額を出してわたす。チャリンと小銭の音。

鈍そうな近藤にも見透かされた。呆れた。
俺はどんな顔をしているんだ。不安げな顔をしているのだろうか。
強い俺は保てていないのだろうか。

そう思うと心臓がドッドっドと早くなる。


スーパーの外に出て、足早に近藤に別れを告げた。
「え!?六っ!!なんか、顔色真っ青だぞ!!」
近藤が俺の腕を引っ張った。
「離せっ!!俺は大丈夫だっ!!」
バッと強く腕を上げた為、近藤が軽く尻持ちをついた。
「あ…っすまん。悪かった。」
どうかしてる。近藤はオメガ。少し力を入れて振り上げた反動で尻持ちついてしまうひ弱なオメガ。力が弱くてアルファの庇護なしでは生きられないオメガなのに。
俺は近藤に手を指し伸ばす。
「俺は大丈夫だ。」
にかっと明るく笑う近藤は、俺の手をとり簡単に立ち上がった。

「大丈夫か?」
近藤の手が俺の顔に触れた。

違う。これは弱いんじゃない。近藤は笑って人の手をとれる人間だ。明るく人の失敗を許せる強い人間だ。

ハァハァハァハァ‥‥
貧血か……?
「お、おい。六。」
近藤の心配する顔を見ながら意識が遠のいていった。









ない。

質素な部屋。借りてきた本。散らばった雑誌。
自分の荷物はたいして所持していなくて、大きめのバック一つで全てまとめられる。
このボロアパートに越してきて、俺は何も欲しくなくなった。
元々、物欲が強い人間じゃない。けれど、この靴がカッコいいから欲しい、最新のゲームが欲しい。色々そう思う事はあったはずだったのに、すっかりその物欲がなくなってしまった。

なぜだろうか。


あぁ。そうか。一番欲しいモノを諦めたからだ。
一番欲しいモノと離れたから何も欲しくなくなったんだ。

これは感じたくない感情だ。

一番欲しいモノを欲しいと思わないようにと強く気を張った。
どうしても頭が整理出来ない時は、走ったりトレーニングして頭が真っ白になるくらいに身体を動かした。
何も考えてはいけない。この感情は押し込んで押し込まなくては。


これは、少し前の俺。学校を卒業して一人で黙って出て行った。
自分から勝手に東吾から離れた。頑張った俺。頑張った先にあったのは思い知るという事。

俺は東吾から離れられないのだと思い知った。

東吾に迎えに来てもらって本当は心が狂喜していた。荒ぶるままに抱き寄せられ身体を繋げ、意識をなくしても東吾が中に挿って繋がっていることに異様もなく満たされた。
あの深い痛い辛さをもう感じる必要はないのだと思った。

「一緒に暮らそう。」
そう、東吾は言った。
同棲は、したくなかった。
東吾が俺の住んでいるアパートに住み出すと言うまで渋っていた。今はやっぱり同棲したことを後悔している。


東吾は知らない。
俺は勝手にお前から離れたのに、お前と離れる事がどういう事なのか思い知らされている事実を。それから、離れることに強く恐怖を感じていることを。


弱くなってしまった俺……。
アイツのふとした時に、優しい手つきに、何気ない会話に。俺はイチイチ腹が立つくらいに胸が痛くなる。

東吾は優しいだろう。俺を求めるだろう。俺に愛を囁くだろう。何が不満なんだ。何も東吾は悪くない。逃げては追いかけてくる誠実さ。確かな愛情。


助けてと自分の感情が何を助けられたいのか分からないのに唸ってくる。


俺は恐怖を感じるほどに。
この男を深く愛してしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

おっさんの一人遊びからはじまる二人の関係

志野まつこ
BL
自己開発しまくりの熊みあるノンケ38歳が後ろ手に手錠をかけてセルフ拘束プレイを楽しんでいたところ外せなくなり同期の男前に助けを求めるもブチ切れられてヒンヒン言わされるいつものアホエロ。男前×熊さんタイプ。 他サイトでまーさんが主催してくださったBL企画に参加させていただきました。他サイトでも公開しています。

副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

無一物
BL
護衛専門の傭兵団で副団長を務めるルカーシュは、三十半ばの地味で貧弱なお堅い男だ。 弱肉強食の傭兵団で、鍛練場に一度も姿を見せず、他の団員達から『臆病者』と言われ嫌われている。 「俺はお前じゃないと駄目なんだ」と団長に口説かれ祖国を捨てて付いてきたのに、気が付けば十数年、団長はルカーシュに指一本触れて来ようとしない。それどころか、美青年の養子といちゃつく姿を目撃し、遂にルカーシュの堪忍袋の緒が切れた。人はキレた時、一番やってはいけない事をやらかす…… 少し感情表現のおかしい受けと、脳筋にぶちん男とのドタバタ劇。 攻めが無体を働きますがハッピーエンドです。

無職になった俺に与えられた職は、騎士団長の嫁でした。

モト
BL
無職になり実家に帰って絶賛就活中の俺。・・・面接受からない。まず面接すら断られる。日雇いバイトすらない!!どうしてだよ!?俺の顔が凶悪犯に似てるとかじゃないだろうな? 「兄貴、いい就職先あるんだけど・・・」と騎士の弟が教えてくれた。持つべきモノは出来いい弟だな!!だがな、その仕事が、騎士団長の嫁だなんて聞いてないぞ!?弟よ。俺を騙したな!? 攻が強引すぎて話が通じません。受が好きすぎで重すぎます。 R18は保険ではありません。 ほぼコメディで話は流れていきますが、後半になるにつれ、愛しさと切なさとコメディが半々くらいになってきます。愛だけが残ります。 ムーンライトノベルズでも投稿しています。ラストは違います。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

【完】BLゲームに転生したオレは鬼畜王子から逃げだしたい

たれぽんた
BL
高熱でうなされている王子殿下が、一瞬目を開いた。 オレを見るその顔を見て、この世界は前世で妹にやらされたBLゲームの世界だと気が付いてしまった。 初投稿です。 設定ゆるゆるです。 拙い作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。 アルフォンスのスピンオフ『攻略対象から悪役令息にジョブチェンジしちゃう?』始めました。 殿下視点の『鬼畜・・・かもしれない王子の話』始めました。 恐ろしいことに! 第8回BL小説大賞の! 奨励賞をいただいてしまいました((((;゚Д゚))))))) 皆様への感謝といたしまして、 番外編を追加させていただきました。 ありがとうございましたm(_ _)m あれ? 完結しなかったっけ? 急に思いついたのでまた番外編をあげてみました(;^_^A

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

処理中です...