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愛欲編

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 とても心地のよい温かさに包まれていた。

 なんだろう。温かくてフワフワした気持ちになる。抱き着くとなんだか懐かしい。大きくて安心する匂いがする。忘れていた安心感を感じる。

 その匂いをクンっと嗅ぐと、その物体が微かに動いた。

 動く? その瞬間、夢見心地が一気に覚めた。

 そのキレイな鎖骨から上を見上げると、困った顔のヘーゼルカラーの目が合う。

「おはよう。よく眠れたか? 悪いが、あんまり身体を密着しないでくれ。勃ったの収まらねぇ」

「………っ!」

 抱き枕にするように彼に抱き着いている自分。パッと彼から離れ起き上がる。

「わあぁぁ!? 僕は、何をやってぇ!! 何故君が一緒に寝ているんだい!?」

 何も一緒に寝る事はないだろう。あ! ベッドがなかったのか!! ならしょうがない!! 僕が悪い!!

「言っとくけど抱き着いてきたのもリンからだからな。手を離さなかった」

 ドスン。とどめの一撃を刺された。

「………う。それは非常にすまなかった」

「おかげであちこち元気になって大変だった」


 ベッド上に座っている彼を見る。ズボン履いていてもその膨らみが分かってしまう。彼に反して僕の方が照れてしまう。


「……前っ! シーツで隠したまえ!」

「好きな奴に抱き着かれたら、そりゃ不可抗力だろう。むしろ、手を出さなかった鋼の精神力を褒めもらいたい」

 これは、夜中にいきなりやってきた上に、彼を責めるのはお門違いだろう。


「……すまなかったね」

 語尾が小さくなってしまった。

「謝るなよ。俺からしたら嬉しいだけだし。俺に抱き着いて子供みたいに眠るリンは非常に可愛かった。よく眠れたか?」

 久しぶりに凄く眠れた。頭もスッキリしている。寝不足が弱気の原因だったのかもしれない。

「うん。おかげさまでよく眠れたよ」

「ならよかった。朝食にしよう。あ、上手い朝食を出す店があるから一緒にいこう」

「……」

 断ってもよかったけれど、眠ったせいか小腹が減っている。



 カイル君の家から出て彼の横を歩く。いつもは混雑している王都の商店街だが、早朝で人が少ない。

 すれ違う人たちに挨拶を交わす彼。一緒に僕のことも紹介をしてくれる。カイル君の連れだからか僕にも親しみある挨拶をくれる。

 こういうのは、久しぶりだ。彼が案内する店に入った途端、甘い匂いが香る。カウンターに座ると彼はメニューを開いた。



「……凄いいい匂いがするねぇ」

 普段、お店で食べる機会が少ない為、ワクワクしてしまう。

「警戒心の仮面が外れる時のリンの顔、可愛いな。——この店はハニートーストが上手いんだ。どうする?」

「じゃ、それで」



 頷くと、慣れた様子で店員に注文する。カウンター席から店員がトーストを切ったり焼く作業を眺める。



 暫くするとハニートーストが目の前に運ばれた。厚切りトーストに蜂蜜がたっぷり、そしてシナモンが少しかかっていた。



 厚切りだった為食べきれるか心配だったけれど、トーストがふわふわもちもちで全部食べ切ってしまった。凄く美味しい。食欲がなかったのが嘘みたいだ。



「旨いだろう」

「うん」



 素直に頷く僕の頭を軽く撫でられた。嫌な気がしない。なんだか、彼の前で取り繕う事が難しくなってきた。


 大満足で店を出ると、もう一軒行きたいところがあると、彼に手を引っ張られた。
 今日は、彼の言いなりになってしまう。


 連れて行かれた先は、倉庫のような場所だった。

「……」

 何故、このような場所にと思っているとカイル君がその倉庫のドアを開けた。


 中にはビリヤード台と一人の男が寝そべっていた。その男の周りには空になった酒瓶が置かれている。警戒していると、カイル君が大丈夫だと言い、ぐいっと腕を掴まれて中に入った。

 室内の男は、いびきをかいて眠ったままだ。


 赤紫色のソファに座らされると、カイル君自身は奥の部屋から大きな地図を持ってきた。
 そのソファ前のテーブルに大きな地図を広げる。

「これは……」

 ラウル王国の全土の地図であった。×印が沢山ついている。

 この×印の意味をすぐに気づく。これはアンデッドが出現した地域だ。一般人には公にしていないのに、よくこんなに調べたものだ。

 赤いペンで丸印がされているこの印はなんだろうか。

 僕の目線の動きを察知したカイル君が丸印を指さした。

「アンデッド対策にこの場所に聖水と罠の配置をしている。俺のあり余る魔力で作った罠だ。なぜこの地域にしたかと言うと、この地域は交通整備がよく南にも東にも移動しやすい。ここに戦える奴らを配置している」

「……え」

 驚いた僕にカイル君はニヤリと笑った。

「Sクラスモンスターばかり倒して金を集めた。それで戦える奴ら募った。国を守るのが魔術師だけではないだろう」

 驚く僕に、カイル君がアンデッド対策に考えている事を述べていく。
 その方法は、王宮に引きこもって力だけがある魔術師達と全く違う。生きた情報だった。

「突然の来襲に民間人が逃げやすいように。だろう?」

「……うんっ」

 以前、僕が彼に民間人の保護を優先すべきだと言った事があった。その言葉以上、彼は行動に出ていた。
 最近のアンデッド出現で、人々の安全が一番頭を抱えていた点だった。


「魔術師のように的確に敵の出現位置を把握できているわけではない。だが魔術師ができない事を俺たちがする。そこで、リンに情報を渡してほしい」


 彼と目が合う。力強い目だ。


「……勿論! 手伝うよ」

 興奮するままにそう頷いていた。そうだ、皆が協力すればいいのだ。

 しかし、魔術師の権力を重んじる上部の者には秘密で行動した方がいいかもしれない。アンデッドが増え続けている今、上部とかけあって説得する時間が惜しい。


 カイル君の案を一通り聞いた。民間人の避難経路、避難場所、罠の配置、冒険者の指示。

 地図だけの上辺だけの情報ではなくて、実際にはどういう人たちが暮らしているのか、そこまできちんと考えている。


「……凄い」


 彼の計画に嬉しくなる。僕は自分の結界を強くすることばかり考えていた。


「リンの悩みは少し解消したか?」

 地図から顔を上げるとカイル君がこちらを見て微笑んでいた。

「……」


 僕が悩んでいた事、彼に全く話した事はなかった。彼も何も聞かなかったのに。

 そうか。君はそういう人だったか。


 感激していると、手前で寝ていた男がのそりと起き上がった。 


「あぁ~!? なんだよ。カイル、やけに熱心にアンデッド対策しているなと思ったけど、そういう事かよぉ!? こんな別嬪さんの為だったのか!!」

 髭が所々生えている。不摂生なその姿……。


「アンディ、お前には用事はない。寝ていろ」

 アンディと呼ばれた男は、僕をマジマジと見て「あー…男かぁ。残念」と勝手に残念がっている。

「俺は、アンディ。アンタがカイルの想い人か? 男でもキレイな顔だな」

「リンは答える必要はない。おい。そんな酒臭い姿で彼に近づくな。蹴飛ばすぞ」

 蹴飛ばすぞと言った瞬間、本当に蹴飛ばしている。
 ひでぇっと蹴飛ばされたアンディが大袈裟に痛がっている姿に思わず笑ってしまう。


「くく。くくく。君ってば、意外と乱暴者だよねぇ。あはは」


 アンディが驚いている。アンディの目をカイル君が手で押さえた。


「俺でもレアなものを、初見が見るな」

 その様子がまたおかしくて僕は笑いが止まらなくなった。

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