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ストーカー編

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 カイル君一行は山ルートに入った。



 今までは、平坦な道のりであった為馬車で移動していたが、山のふもとからは急に坂道が険しくなる。ここからは徒歩だ。

 ドラゴンの巣があるとされる山頂付近までは最短で1日半かかるだろう。



 僕は彼らの一番後方について歩く。何かあった時に全体を見るのに良い位置だ。





 標高が高くなるにつれて気温が寒くなり酸素の薄さにて呼吸が辛くなる。知識として知ってはいたけれど実際に体感するのは全く違う。呼吸を深くしっかりしなくては高山病にかかりそうだ。



 アンディが方位磁針で行く道を示していく。彼の言う通りならば、もう少しでドラゴンの巣に辿りつけるそうだ。

 この辺りは一層霧が濃い。1キロ先の景色が見えない。


「リン、大丈夫か?」

「カイル君」


 少し止まって周りを見渡していた僕にカイル君が声をかけた。彼は一番先頭を歩いていたのに、後ろにいる僕の位置まで戻って確認してくる。




 あぁ。僕に体力がないから疲れたと思っているのだな。疲れた時は魔術でヒーリングを行えば何十時間でも歩けるのだ。(後でガタがくるのだけど)


「もう少し先まで進めるか?」

「平気だ。君は僕に構う事はない」

 魔術を使えば動けるのだ。心配は不要だと首を振った。しかし、休憩するとカイル君は言った。



 むき出しの岩に座りながら、各自飲食を済ませる。



「無理せず下山してもいいんだよ」


 アンディが僕を見てそう言う。まるでお荷物は要らないとばかりのセリフだ。

「アンディ、最低。ここから一人で下山って、そっちの方が無茶でしょ」

 意外にもフルラがマシな事を言っている……。こういう時、人間の本質が出るのだろうな。

 透明化しておいた方がこのような戯言も言われず楽なのだが、山登りクエストに無駄な魔力消費は避けたかった。


「ドラゴンの巣、方角的にはここで間違いないけど、霧が多くて確認できないな」

「ここで間違いないか?」

「あぁ」


 カイル君たちは、地図を広げて場所を確認し合う。

 次に動こうとした時に、風むきが急に変わり一際強い風に霧が動いた。

 霧が動いたことで前方が見える。

「あれだっ!!」


 山頂付近の岩と岩の隙間に洞窟が出来ていた。

 僕にはただの洞窟にしか見えないが、アンディがここだと自信を持って言った。


「洞窟の入り口が牙のように尖っている。俺が聞いた情報と同じだ。」


 カイル君達は頷きあって、洞窟へと向かった。洞窟の手前でカイル君達が松明に火をつける。


「凄い。こんな大きな洞窟初めて見るわ」


 洞窟内はまだ奥行きがあり、フルラが驚きの声をあげた。洞窟の入り口も大きかったが、入ってみるとさらに広い大きな空間が広がっていた。

 空気の通り孔がゴォオオっと音を立て、まるで動物の叫び声のようだ。



「この洞窟、長居は出来ないな。異臭がする」

「うん。それに寒い」



 動かなければ凍りつきそうな寒さであった。凍てつく寒さに皆震えている。果たして、ここはドラゴンの巣なのだろうか。金品はあるのだろうか。

 それを確かめるためにも洞窟の奥まで確認しなければならない。



 真っ暗闇をただひたすらに歩いた…………


















「先生」



 子供の声がする。

 誰? おかしい。ここには子供の声など存在しないのに。



「リン先生は凄いです!!」

「……え?」



 子供のキラキラと輝く目が僕を見つめている。見覚えのある子供だった。



 あれ? ここは? どこだ?



 急に視界が明るくなった気がする。自分がどうしていたのか分からず呆然とする。

 僕は一体……?



 僕はぐるりと周りを見渡した。魔術の本、僕の周りには子供たち。皆、見知った顔ばかり。魔術の基礎が黒板に書かれている。僕の字だ。

 ……そうだ。ここは魔法学校の教室ではないか。



「師範。どうされましたか?」



 驚いて身動きできない僕の肩をポンと誰かが叩く……。



「マキタ……かい?」

「はい。私です。師範、身体の具合がよくないのでは?」



 身長の高いマキタが腰を低くし、僕に視線を合わせてくる。彼の整った顔が目に入る。



 師範……? マキタは僕の事をそう呼んでいただろうか。



「師範、失礼いたします」



 マキタが僕のおでこに手を当てた。熱の有無を確認している。



 そうだ。何もおかしくはない。僕はマキタから師範と呼ばれていたじゃないか…。



 僕は魔術学校の教師で子供からは先生、大人からは師範と呼ばれている。

 僕の事情を知る優秀なマキタは僕のサポート役を務めていた。



「いや、体調不良ではないよ。むしろ身体の具合がいい」



 自分の腕が目に入る。

 あれ……? 僕の腕はこんなに肉付きが良かっただろうか。それにこの身体……。



「やはり、お加減が?」



 なんだろう。この違和感。喉に魚の骨が引っ掛かったようにもどかしい。



「いや……、もう大丈夫だよ。さぁ、授業はおしまいにしよう」



 丁度チャイムが鳴った。



 授業が終わった後も、子供たちが僕のそばから離れなかった。



「魔術を見せてください!」と強請るので、簡単な魔術をみせてあげる。

「先生は魔術を唱えたり、唱えなかったり、魔術陣をかいたり、色々な方法で魔術を使うのですね!」

「そうだね。魔術には色々な術式があるんだ。沢山学んで使い分けするといいよ」

「じゃ、先生はすべて使い分けなさっているのですか!!」



 すごぉいっと子供が僕の首に抱き着く。



「ふふ」



 子供は体温が高くてとてもいい匂いがする。どの子もとても愛らしい。



「コラ! そのようにひっついては、師範が重たいでしょう!!」  



 僕にくっついていた子供をマキタがはがす。



「マキタ、子供相手にムキになりすぎだ」

「で、ですが、子供とは言え師範に抱き着くのはあまりに……う、羨ましいではないですか」





 すると、周りの子供たちが大爆笑して、マキタは顔を真っ赤にさせた。



「はは……」



 日常だ。いつもの日常。何もおかしくない。





 王宮の敷地を通って、魔術学校から王宮の奥の自分の部屋に入る。



 小さなその部屋に入って、床に魔法陣をかく。

 毎日の作業だ。結界に不具合はないかを確認する。



「うん。今日も国は平和だね」



 ラウル王国の結界を張っている事実を知る魔術師は、マキタを含めた上位魔術師10人程だ。



 国の結界をたった一人が作っているなど誰が考えるのだろう。



 昔ながらの伝統、柵……しかし、根拠はある。精鋭の魔術師500人あれば国の結界は出来るだろう。ただ、様々な人間が集まって作るという事は、力の種類も違う。

 違うモノ同士が引っ付くことは強くなるだけではなく、時には亀裂が生じるのだ。





 僕が師から一番を受け継いだ瞬間から、結界に自分の魔力を供給する。日々、結界を張るための魔力が僕の身体から出ていく。



 一番になったからと言って、僕自身が強い攻撃が出来るわけではなかった。僕が使える魔力では限られた魔術しか使う事が出来ない。



「師範。少し寒くなってきましたね」



 マキタが羽織ものを僕の肩にかけた。魔術で没頭していると、何かと気を利かせて持ってきてくれるのだ。



「……そちらの本は、魔力を上げる方法ですか?」

「うん」  



 僕は自身の魔力上げについて文献を読み漁っていた。



「僕が頑張れば国はより安全になり皆が楽しく暮らせる。こんな素晴らしい事はないよ」



 僕は責務を全うすることに悲観していなかった。平和なら、僕は恩師のように穏やかに老衰することができるのだ。むしろ皆の為になるのならこの身を削っても平気だった。



 でも、そんな僕を唯一…………



「……あれ?」

「師範?」

「…いや、僕は一体何を思い出そうとしていたのだったかな」



 何か今大切なことを思い出しかけた気がする。



 頭がモヤモヤして晴れない気持ちであったため、僕は王宮の外を歩くことにした。

 青空の下を歩けば頭がスッキリするかもしれない。



 よく整備のされた歩道を歩く。道端には花がキレイに植えられている。その花を見ながら歩き、次の角を曲がれば……。





「よかった。やっと王宮から出てきた。ずっと会いたくて待っていた」



 ドクン。

 僕は目を見開いた。

 声をかけた人間は、赤毛色の髪の毛にそばかすのある男の人だった。



「君は……、また……懲りずに……」



 テンプレートのように僕の口から言葉が出た。



「アンタが出てこないなら、王宮の門を壊して突破してしまう所だった」



 赤毛の男は自信満々でそれを言った。



「……」



 それを言ったのは、この男だっただろうか。

 こんな赤毛をしていた?

 だが、僕は確かにこう言われた事があった。……言われた?言われたって誰に?



「無茶を言わないでくれたまえ」

「それくらい会いたかったんだ」



 そして、僕の手を掴んだ。



「……っ」



 僕の口が勝手に動こうとする。次、僕は何を言う。

 そうだ。僕は彼に帰れと言うのだ。



 ……違う。僕はこんな赤毛の彼など知らない。これを言ったのはこの男じゃない。

 違う……違うのだ。



 頭が強く違うと拒絶した時、僕の身体の動きが鈍くなるのを感じた。なんだ。おかしい。身体がここから動こうとしない。



「はっまさかっ!!」





 これは術だ。

 僕は術をかけられている。何の術だ。この世界は現実だ。だって記憶にあるじゃないか。

 じゃ、何かを忘れている?



「思い出さなきゃっ!!」



 自分に魔術をかける。僕の身体の周りは光で包まれた。



「お、おい。大丈夫か……? なぜ?」

「くっ……」





 自分に攻撃をかけ、ようやく手足が動けるようになった。でも思い出さない!!

 まだ足りないのか。この術から抜け出すにはどうしたらいい。



 僕は赤毛の男の傍から離れた。



「待ってくれ! アンタが……」

「違うっ!」



 違うっ! 僕は必死に彼から逃げ王宮へ戻った。







「師範、どうされました?」

「先生」

「リン様」



 通り過ぎる度に優しい彼らから声が聞こえる。



 あぁ。違う違う違う…………!!

 この世界は間違っていない。胸が痛くなるような大好きな彼らじゃないか。



 角を曲がれば、小さな身体とぶつかる。



「痛っ!!」



 子供……! 驚いた子供だが、僕をみて嬉しそうに微笑んだ。



「先生」

「き、君は……」

「先生、ありがとうございます。何の取り柄もなかった僕に魔術を教えてくれたから、魔術で生活が楽になりました」



 子供が僕の腕をひっぱる。



「先生のおかげです」



 そう……そうだ。君の事も覚えている。

 彼は貧しい家で食べるのにも困っていたから声をかけた。魔術で生活が楽に暮らせるように魔術を教えたのだ。

 よかった……。



「そうかい。君の弟たちは元気かい?」

「はい。弟たちも先生に会いたがっています。是非また家に遊びに来てくださいね」

「ふふ」



 じゃ、とっておきの甘いお菓子を用意しなくちゃぁね……。





「……あっ!!」



 また、頭がぼんやりしていた。ここにいてはダメだ。



 僕は、子供の手を振り払い、自分に再び攻撃魔術をかける。自分に攻撃魔術を行った時だけ、痛みで意識が戻る。



「先生っ!?」

「ごめんっ! 君の家には遊びに行けないっ!!」



 僕は子供に背を向けて走りだした。



「待ってっ! 先生、待ってくださいっ!!」



 あぁ、ごめん。逃げたいわけじゃないよ。優しくしたい。

 でも、忘れている何かが大きすぎると僕に伝えてくる。その何かを思い出したいのに思い出せない!



 その時、ドシンと建物に何かがぶつかり大きく揺れた。



 目の前に突如として異形のモンスターが複数現れた。先ほどの衝撃は異形が落とされた衝撃か。

 落とされた? 上から?



 何故……、結界は…?



「嫌だ。まさか……」



 先ほどの子供に異形が向かった!



「わぁああ!! 先生ぇっ!!」



 異形が子供を上半身を咥える。先程、子供から離れた事を後悔する!!



「せんせぇ……見捨てないでぇ!」



 異形に咥えられた子供の縋る目に僕は目を逸らさなかった。



 もちろんだよ。



 僕は魔術印を指で結び子供に強い硬化魔術をかける。

 僕は、子供に向かって走った。子供の上半身を腕に抱き、異形の攻撃を備えながら魔法弾を放つ。

 子供の身体を引き抜く瞬間、鋭い牙が僕の腕に噛みついた。完全に腕が落ちてしまう前にもう片方の手で魔法弾を頭に撃ち込む。一匹仕留めてもまた一匹現れる。



 続々と異形が現れる。



「うわぁぁああ!! 先生っ、どうして逃げたの! モンスターが来るのが分かっていたんでしょ!? 僕を置いて行こうとしたんでしょ! 一人だけ生き延びようとしたんでしょっ!!」



 子供が僕を責める。



「先生はずるい。酷い偽善者だ!」



 子供が持っていた短剣を僕に突き刺そうとする。



 そうか……。術が解けかかっているから僕の精神を壊そうとしているのか。やはり、この子供もこの空間も偽物。

 術の中でも僕自身が死んでしまったら本体も死んでしまうのだろう。

 子供の短剣を持つ腕を掴んだ。



「大丈夫。僕が守るよ!」

「……え?」



 僕は傷ついた腕で彼をしっかりと抱きしめた。



「絶対守るよ。……例え、君が偽物でも」

「……」



 複数のモンスターから人々を守る。ここが偽物の世界でも関係ない。

 僕は……僕は全てを守ると決めたじゃないか。だから僕はそのために努力をしている。可愛い彼ら、優しい世界……それから。



「僕は強い。最強の魔術師だ」



 僕は魔術印を結んだ。











「ハァハァ……」



 魔術を駆使して現れた異形を全て倒した。



 大きく息を切らしながら周りを見る。状況がまだ飲み込めない。

 もし、術の世界なら異形がどんどん溢れてもおかしくはない。



「そうだ。君、大丈夫かい?」



 腕の中にいた子供が僕を見上げた。子供から敵意は感じられなかった。



「どこも傷がなくてよかったよ」

「……」



 子供は返事をしなかった。





 その瞬間、バラバラと世界が壊れる……。

 また、異形が現れたのかと交戦に備える。子供を抱き寄せようとした時、腕の中にいた子供がいなくなっていることに気付いた。



 ……術が解けかかっているのか。

 でも、どうして術にかかったのか、誰と行動していたのか思い出せない。バラバラと空間が崩れるだけで夢から覚めるにはまだ足りない。



 忘れてはいけない人がいる。早く思い出せと全身が訴えている。



 僕は子供が落とした短剣を手に持って自分の足に突き刺した。







「——————っ!!」

 悲鳴を上げそうになる痛みを唇を噛んで堪える。



 しかし、その痛みのおかげで思い出した。

 僕は、カイル君達とドラゴンの巣に向かっていた。そうだ。カイル君————……。



























「う……っ」



 目を開けると真っ暗だった。



 異常な寒さで戻った事を実感する。皆は無事なのか……カイル君は……???



 僕は照明魔術で辺りを照らす。

 初めから魔術を使っておけばよかったと後悔する。



「……ドラゴンめ。やってくれるじゃないか」



 洞窟内は冒険者の亡骸が沢山あった。この洞窟はドラゴンの強力な呪いがかけられていたのだ。

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