上 下
4 / 29

4

しおりを挟む
 魔法学園では基礎科目以外の授業は選択性である。個々の特徴や才能を生かすために何を学ぶかを自分で決める。

 魔法は「火・風・水・土・光・闇」の六つのエレメントが含まれている。かつては個々の属性によりクラス分けをしていた。


 しかし近年は属性別ではなく自主性を重んじ選択制である。属性を強化することは強さに繋がる近道だが、必ずしも自身の属性がやりたいことと繋がっているわけではないからだ。

 ちなみに非魔法使いは、どの授業でも受講可能である。

 普段、俺はセスと授業が被らないように避けている。

 だが今日、俺は彼と同じ授業を選択していた。

 皆の手本となるように教師に指示されたセスは壇上に立ち、水を雪に変える魔法を披露している。白い雪の結晶が出来上がる様子はとても美しく、皆が見惚れていた。
 こんなに美しいものを創り出しているのにも関わらず、セスの表情は不機嫌そのもの。怒っているようにも見える。

 だからか、凄い魔法を目のあたりにしているというのに、静かなものだ。そして、授業が終わっても彼は誰かと談笑することなくひとりでいる。

 俺は待っていましたとばかりに席から立ち上がり、セスに近づいた。

「やぁ、ゴリ……いや、セス。相変わらず綺麗な魔法を使うね。感心したよ」

 俺が声をかけると、セスは目を見開く。

「なんだい、昨日の態度とは違うって言いたいのかな? 俺にも色々君に言いたいことがあってさ」
「言いたいこと?」
「そうだ。君は嫌かもしれないけれど、どうか今から一緒に来て欲しい」

 セスは無表情のまま、頷きもしない。

 だが、俺が「お願いだよ」ともう一度頼むと、彼は「分かった」と首を縦に頷き立ち上がる。そんなセスに内心ほっとして、俺は彼と共に教室を出た。

 案内した場所は、先ほどとは別の校舎で誰も使っていない物置と化した空き教室だ。
 誰もいないと確認してから入り、セスに椅子を勧める。

「まあ、座りなよ」
「……」

 セスは少しの沈黙ののち、素直に椅子に座った。立っている俺の方が彼より視線が高くなる。

「……昨日、怒らせたから話しかけてくるとは思わなかった」

「おや、撤回してくれるのかい?」

 セスは小さく「無理だ」と呟く。苦虫を嚙み潰したような表情をするため、仕方ないと用意してたものを彼の目の前にぶら下げる。

「穴の開いたコインに紐? なんだこれは?」

 魔法使いであるセスは、催眠術のやり方など知りもしないだろう。

「ねえ、セス」

 俺は彼を見つめた。こんな風に至近距離で彼と視線が合うなんて久しぶりだ。驚かせたのか、その大きな身体がぎくりと強張る。

「何も考えず、今はただ俺の声を聞いて欲しいんだ」
「……」

「頼むよ。一生で一度のお願いだから」

 静かな場所で集中して自分の声を聞いてもらうことが、術の成功率を高める。
 セスが拒否をするようならば、脅すことも考えていたが、彼は静かに頷く。
 俺はほっと胸をなでおろし、彼の目の前でコインを左右にぶら~、ぶら~と揺らしはじめた。
 怪訝そうな表情をした彼が自分を睨むが、コインを見るように促す。

「いいかい、今からセスは俺の声だけ聞くのだ」
「……」

「君は俺の話がぁ、とてもとてつもなく聞きたくな~る」

 ぶら~、ぶら~。

「君の瞼はだんだん、だんだ~ん、重くなる~」

 彼は元々表情が乏しい。かかっているのかいないのか反応が分かり辛い。が、繰り返しコインを揺さぶる。
 続けていくうちに彼の瞼が重そうになっていく。半目となりついには瞼を閉じた。

 顔が落ちるのを慌てて支える。

「わっ」

 俺はセスの表情を覗き込んだ。瞼を閉じたままだ。

 ──え、本当に催眠術にかかった?

 術の成功に驚きながら、早速指示を出す。

「ゴホン。セス~セス~、君は今、俺の言葉に返事をしたくて堪らない。返事をしろ」
「はい」

 よし。と内心ガッツポーズをしながら本題に進む。まずは、嫌われている現状をどうにかしたい。

「君はだんだん俺が好きにな~る。俺のことを傷つけようとは思わなくな~る」

 セスが小声で「何故」と言う。

 ン?

「……俺がお前を好きになって欲しいのはなぜだ? リュリュが俺を好きだからか?」
「は? ——いや、質問は許可しない。はいと答えろ」
「はい」

 質問されたから催眠が解けたのかと思ったけれど、セスの瞼は深く閉じられ催眠はまだ解けていないようだ。

「いいから。セスは何も考えずに俺のことを好きになれ」
「はい」

 素直な返事に安堵し、指示を続ける。

「俺の事を嵌めようとする企みを忘れたまえ~」
「……」

 返事がない。

「ごほん、俺はセスの味方~。俺のことを傷つけようとは思わなくな~る」
「はい」
「ならば、俺のことを嵌めようとする企みを忘れたまえ~」
「……」

 ──おいっ、なんでだよ! はいって言えよ! このゴリラ! 

 こうしている間にゴリラの眉間にシワが。

 いけない。そろそろ本当に催眠術が解けかかっているのかもしれない。
 俺は術が解けてしまう前に最後の指示を出した。


「とにかく、悩むな! 俺のことを嵌めようと企んでいる時間をごっそり忘れるのだ!」

 俺は彼の返事を聞く前にパンッと両手を叩いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

裏切られた腹いせで自殺しようとしたのに隣国の王子に溺愛されてるの、なぁぜなぁぜ?

柴傘
BL
「俺の新しい婚約者は、フランシスだ」 輝かしい美貌を振りまきながら堂々と宣言する彼は、僕の恋人。その隣には、彼とはまた違う美しさを持つ青年が立っていた。 あぁやっぱり、僕は捨てられたんだ。分かってはいたけど、やっぱり心はずきりと痛む。 今でもやっぱり君が好き。だから、僕の所為で一生苦しんでね。 挨拶周りのとき、僕は彼の目の前で毒を飲み血を吐いた。薄れ行く意識の中で、彼の怯えた顔がはっきりと見える。 ざまぁみろ、君が僕を殺したんだ。ふふ、だぁいすきだよ。 「アレックス…!」 最後に聞こえてきた声は、見知らぬ誰かのものだった。 スパダリ溺愛攻め×死にたがり不憫受け 最初だけ暗めだけど中盤からただのラブコメ、シリアス要素ほぼ皆無。 誰でも妊娠できる世界、頭よわよわハピエン万歳。

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

処理中です...